ホテル
「はいはい、後々」
さち子は、手でマモルを追い払う素振りを見せた。
「なっ、一大事なんだよ!」
さち子は、はぁ、とため息をついた。
「……あのねぇ、あなたは私の中での優先順位は最下位なの。 忙しいから、またね~」
立ち上がってカーテンを閉め、完全にシャットアウトすると、スマホを手に取る。
さち子は今日、SNSで知り合ったミノルと近所のホテルで会う約束をしていた。
(みんなやってるんだし、ちょっとくらいいいじゃない……)
少し遅れるとメールを入れ、約束の10分後、駅前に到着。
すでに、ミノルが待っていた。
ちなみに、ミノルは大学生である。
「ゴメンー、ちょっと遅れた」
急ぐ素振りで相手に近づく。
「全然! 今ついた所だから。 何か食べる?」
「うーん、じゃあ、コンビニで何か買ってこっか」
SNSで他人と会うようになったのは、同じ既婚者の友達の勧めであった。
さち子は、体目的とはいえ、自分にここまで需要があるということに内心驚いた。
外見を褒めてくれる上に、エスコートまでしてくれる。
次第に、ちやほやされることに快感を覚えるようになった。
(旦那は絶対褒めてくれないし…… 恥ずかしいのか知らないけど)
さち子は正直、旦那のことを男らしいと思った事が無かった。
高校の卒業式で告白され、場所は体育館の裏。
その時だけは、勇気があって格好いいな、と思った。
(でも、最初だけだったなぁ……)
初めてのデートでは気合いを入れてきたものの、次第にだらしない所が目立つようになり、すぐにマンネリになった。
付き合って5年目。
お互い社会人になって、さち子は問い詰めた。
「プロポーズしてくれないなら、別れたい」
「ま、待てよさち子…… 今、考えてるから」
それから1年後、煽られるようにして、旦那はプロポーズに踏み切った。
「ちょっとトイレ行ってくるね」
「……」
ミノルは、体を小さく丸めて、眠っている。
(……もう、私のことに飽きてる)
さち子はトイレに入ると、ミノルの番号を着信拒否にした。
これ以上、ミノルと会うことはないだろう。
結局、さち子を抱きたいから優しくしてくれるだけであり、その目的が達成されたら、扱いは一気にひどくなる。
(……分かってるわよ)
さち子は、しゃくり上げる声を聞かれぬよう、トイレの水を流した。
(……なんだか、疲れちゃった)
美味しい思いをすれば、後で辛い思いをする。
さち子はこの半年、ずっとそれを繰り返してきた。
トイレから出て、着替えを済ませると、そそくさとホテルを出た。
歩いていたら、少しずつ元気が戻ってきた。
「……帰ったら、あいつの相手でもしてやるか」