調教師
「これで、トドメよっ!」
さち子がフライパンを振り上げた時、か細い声? が聞こえた気がした。
(……やっぱり、気のせいか)
フライパンの柄を握りしめ、全力で振り下ろす。
縦に構えたフライパンが、ライオンの額に命中した。
「グ、ハァッ……」
ズウン、と巨大が横たわる。
ふぅ~、と汗を拭うと、マモルが呟いた。
「さち子、横」
「……ん?」
横を向くと、キックボードに跨がった女子が、こちらを睨み付けていた。
セーラー服を着ており、見た目のあどけなさから、高校生かと思われた。
「待ってって、言ったじゃん」
「……ご、ごめん。 てか、あなた、もしかして……」
機動隊が、調教師が来るまで待て、と言っていた。
この目の前の少女が、その調教師なのだろうか?
少女は、ライオンに近づくと、こう言った。
「……何で逃げ出したの? もう少し我慢すれば、私たち、自由になれたんだよ」
(……複雑な事情がありそうね)
「どう思う? マモル」
「……さあ」
マモルはスマホを手に持ち、何やら動画を編集している。
「……って、動画上げてたのあんただったんかい!」
「いいじゃん、人気になれたんだし」
無断で動画を上げたマモルには、後で文句を言うとして、今はライオンと少女の方が気になった。
「ねぇ、失礼じゃなければ、事情を教えてくれない?」
少女はこちらを一瞥すると、少し考える素振りを見せたが、いいわ、と答えた。
「……私たちは、サーカスの団員で、恋人同士だったのよ」
少女の名前は鈴子。
親がサーカスの団長を務めており、幼い頃から団員として各地を転々としていた。
そんな中、新しく一人の男性が入団してきた。
イケメンだったこの男は、鈴子と恋仲になる。
「ここを抜け出して、2人で生きていこう」
しかし、その会話を他の団員に聞かれ、告げ口される。
何やかんやあって、男の団員は呪いをかけられ、ライオンの姿になってしまったとの事だ。
(……美女と〇獣っすか)
「1年間、ライオンの姿で働けば、サーカスを抜けてもいいってパパに言われたの。 あと、ほんの1ヶ月だったのに……」
少女は目に涙をためた。
「……鈴、子」
その時、ライオンが最後の力を振り絞り、語りかけてきた。
「……団長の、言うことは、嘘だ。 俺は、それが分かっていたから、抜け出した。 ガハッ」
「もう喋らないで!」
「……俺は、ずっとお前のそばに、いる」
そう言い残すと、突然、ライオンの体が光りに包まれた。




