幕間 6
「ねぇ、霖――」
夏期講習中のとある日、その日の勉強を終えたぼくは、 霖と一緒に帰ろうと思い隣のクラスへ声を掛けに行った。
「ぶぇっ!?」
が、唐突に後ろから口を塞がれて悶絶する。
なんだこれは!?
今からぼくは拉致されてしまうのか!? 怪しい組織に戦闘員として改造されてしまうのか!?
……なんて、そんなはずはなく、こんなことをするのはただ一人、そう凪である。
「な、なにすんのさ凪。離してよ」
「まあまあ、待てって。あの様子を見ても、まだ声をかけられるのか? お前は」
おっさん臭いしたり顔で言う凪。
西陽が差し込む教室の中、楽しげに霖が会話している相手は、今年から入った講師である御堂先生である。
「べ、別に声をかけたっていいでしょ……。……友達なんだし」
「ばっか、あのイケメン野郎はな、某日本一の大学でも首席になるほどの超天才なんだぜ? お家柄もどっかの銀行の創業者とかいって、超絶に出来た完璧人間だ。そんなヤツと霖の貴重な会話の時間を、お前が奪っていい道理はない」
ぐぐぐ、正論だけにグサグサ突き刺さる、凪の言葉。
「だ、だけど珍しいね。凪が他人をそういう風に評価するなんて。さすがに、御堂先生は立派な人だもんね」
「ハァ? オレは別にアイツが素晴らしい人間だと言った覚えはねーぞ」
…………。
ちょっと褒めてみたらこれである。
「だいたいそんな有数の頭脳を持つ人間ならよ、塾講師のバイトなんかしてねーで研究してろっつーの。そのタイムロスこそが無駄な時間だろ」
「で、でも御堂先生、最初の挨拶のとき、一般社会の常識も知りたいからバイトを始めたって」
「その言い方からしてもう高飛車なんだよなーっ。なにが一般社会だよ、社会に一般なんてものはねーっつの。お前にはお前の社会があるだろ。だったらまだ、庶民共に会話を会わせる為に思考の研究をしに来たって言われた方が、素直に受け止められるわ」
「ゆ……歪んでるね凪。さすがの歪みっぷりだよ」
別に凪は、御堂先生に嫉妬の感情を持っているわけではない。
頭の良さだったら、きっと凪も負けないくらい良いと思うし、顔だって凪もカッコイイと思う。
そう、ただ凪は、
「ああいういかにも善人って人……嫌いだもんね」
「さすが親友。よく分かってるじゃん」
究極的に天邪鬼で、完膚なきまでの皮肉屋なのである。
「だいたいアイツ、外面はいいけど眼鏡の奥の目が笑ってないんだよな。あれは絶対、庶民を見下しているヤベー思想のやつだぞ」
「言いがかりが凄いな……。でも、だったら尚更、霖から御堂先生を引き剥がした方がいいんじゃないの?」
「そうとも言える。さすが親友。オレにはそれ以上に霖の貴重な時間を奪う資格があるってことだな」
あまりにも酷い論理の展開に閉口するしかなかったが、ぼくと凪は一緒にクラスに入っていった。
「おーい、帰ろうぜ霖」
凪が声をかけると、御堂先生がチラリとこちらを一瞥する。
「すまない、今は大事な今日の授業の補足を行っているんだ。話なら後にしてくれないか?」
「はぁ? それくらい、オレだって教えてやれるっつの。ほら、行こうぜ霖」
凪の態度の悪さに頭を抱える。
霖の手を取り、強引に教室から連れ出そうとした凪だったが――
「待ちたまえ」
その凪の腕を捻り上げるように、御堂先生が手を出した。
「確か君は……隣のクラスの凪くんだったかね。自身の実力を信じることも大切だが、あまり過信はしない方がいい」
「へぇ? その言葉、そっくりそのままお返ししてやるぜ?」
突然始まった険悪な雰囲気のやり取りに、それまで楽しそうにしていた霖は、右往左往するだけだった。
「ちょっとシュウ! いきなりなんなのこれ!?」
「い、いや、ぼくに聞かれましても……」
小声で聞いてきた霖の迫力に、ぼくはたじたじになる。
だけど、確かにこうして凪とやり取りをしている御堂先生の目は、まったく笑ってないように見えた。
……こっちから喧嘩を売ってるから、当たり前のことなんだけども。




