第1話 これが勇者ですか?―6
ナギからの、山賊団のボスに対する、どうナギをいたぶるかの提案である。
まったく意味が分からない――山賊団のボスはそんな表情をして、一種の恐れすらナギに感じていたようだったが、やがてふっと合点したようだった。
「もしかしておめぇ……あれか!? そう言えば、俺がお前に執心して、この女を手放すとでも思ったんだな!?」
ナギの肩がピクリと動く。
図星――そう感じ取ったのだろう、山賊団のボスは、少女の首に小太刀を当てたまま、そのまま前に進み出てきた。
「ぎゃはは……さすがガキだ、所詮は浅知恵だな!? いいぜ、そんなに言うならよぉ、俺が徹底的に可愛がってやるよ!! そんでもって、おめぇもコイツと一緒に売っぱらってやるぜ。顔は悪くなかったから、好事家にはウケるかもなぁ!?」
そんな下卑たセリフを吐きながら、大股で、ずかずかと歩み寄る山賊団のボス。
その足が、ナギの頭の上で振り上げられた。
「違うだろ……もうちょい前だろ? しっかり頭を狙うならよ」
「はぁぁぁ!? そこまで言うなら、望みどおりにしてやんぜ!! オラ、たっぷり地面とキスしやがれッ!!」
丸太のような足が振り下ろされる――だけど、“ぼく”とナギだけが分かっていた。
もうちょい前という合図、それは、山賊団のボスの急所を確実狙うための、単なる伝令だということ。
それまで踏ん張っていた両手両足の力を解放すると、十キロはありそうな大きな金塊が真下に落下し、山賊団のボスの後頭部を直撃した。
「…………は、あ?」
ふらふらと数歩後ずさった後、山賊団のボスはそのまま大の字に地面の上に倒れた。
恐らくは、何が起こったのかも理解出来ていないはずだろう。
「う、う、うわああああああああああああああああんっ!!」
それまで声を出すことすらしなかった少女だが、解放された途端に緊張の糸が切れたのか、その場にへたり込んで大声で泣きじゃくる。
「大丈夫? 怖かったよね、よく頑張ったね」
ぼくは少女の目線にまで高度を落とすと、精一杯の愛くるしさで少女を励ました。
少女の涙は、ぼくを目の当たりにした驚きで、一瞬で引っ込んでしまう。
「おう、お前もよくオレの意図を汲んでくれたな。さすがだぜ、シュー」
ナギはパタパタと自分の衣服についた土を払うと、ぼくの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「ちょ、そんな汚い手で触らないでってば! 後で洗うの面倒なんだから!」
「別にいいだろ!? どうせ洗うのはオレなんだからさ! シューの手足じゃ届かないじゃん!」
突如言い争いを始めたぼくらのことは、少女の目には相当奇妙に見えたに違いない。
大きく透き通ったその瞳に、ぼくの姿がしっかりと映り込んでいた。
ぼくの名前はシュー。
ナギの親友であり、ペットでもある――空飛ぶブタだ。
そしてそう――これは、何の力も持たない空飛ぶブタのぼくが、異世界を自分のモノにするまでを描いた――そんな感じの、物語である。