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第5話 ぼくらの世界(後編)―12

 ――そう、それは昨晩のことだった。


 色々なことがあってすっかり疲れていたぼくは、ヴーツェに貸してもらった民家の一室で、泥のように眠りこけていた。

 異変に気付いたのは、耳元でごそごそと布が擦れる音がしたからだ。


 同じ部屋で寝ていたナギが、そっと部屋を出て行こうとしている。

 普通なら、トイレか何かに行ったと思ってスルーするところなんだろうけど……妙な胸騒ぎがしたのは、ナギがいつになく真剣な顔をしていたからである。


 温泉でランドと小競り合いをした後も、ナギはまだ本調子でなく、天狗との敗北を気にしていたようだった。


 傷の具合は不思議な湯の力でだいぶ良くなっていたが、心の傷はすぐには良くならないものだ。

 嫌な予感がして、ぼくはそっとナギの後ろをついていく。


 こういう時、空中に浮いていられるのは非常に便利で、何の物音も立てることがないぼくは、ナギに気付かれることなく尾行に成功した。


「……悪い、話が――」


 ナギが訪ねたのは、別の部屋で寝ているランドの元だった。

 控えめなノックの後、部屋の扉が開いてランドが顔を出す。


 ランドはナギの表情を覗き込むと、親指を立て外に出るよう促すのだった。



***



「オレさ、知らなかったんだ。世の中にはあんな強いやつがいて……今のオレじゃ太刀打ちできないってことを」


 大木の真下にて、ナギとランドは並び、隆起した根っこに腰掛けていた。

 大森林の夜は、様々な虫の声が四方八方から響いている。


「そうか……それを、ずっと気にしてたのか?」


 揺れる葉の音。

 木々の切れ間からは二つの月と、無数の星が輝いているのが見える。


「別に、ガキみたいに悔しがってるわけじゃねぇよ。ただ、目の前に高い壁があることに気付いて、どうやったらそれをぶっ壊せるのか、オレはオレなりに考えてて……」


 そこまで話して、ナギは急に言い淀む。

 ん? と首を傾げるランドに対し、あーっとナギは大声を出した。


「だからさ……。教えて欲しいんだよ、オレに、剣のこと。……勇者って言ったって、順番が逆で、この剣を手に入れたから勇者って名乗れてるわけでさ。本当は知らないんだ……どうやって戦えばいいか、なんてことは」


 それを言いたくて、ナギはこんな夜中にランドを訪ねたのか。

 ナギはすっと立ち上がると、改めてランドの前に立ち、深々と頭を下げた。


「頼むよ、おっさん……。オレには、あんたしか頼れるアテがないんだ」


 きっとナギにとって、こうして頭を下げている姿は絶対に他人に見せられないことなのだろう。

 今まで見せたことがなかったナギの殊勝な態度に、ランドは驚き半分、喜び半分のぎこちない表情をしていた。


「分かった、分かったから顔をあげろって……。いきなりそんなクソ真面目な態度を取られると、こっちもペースが狂っちまうよ」


「……じゃあ、いいのか? これから、剣のことを教わっても」


 ホッとしたように顔を綻ばせたナギの手を、ランドはぐっと硬く握り締める。


「……師匠」

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