幕間 8
全身が千切れそうなくらい痛い。
頭の上で無数の罵詈雑言が飛び交っている。
今、ぼくを足蹴にしたこの足は、誰の、何回目の蹴りなのだろうか。
「おう、コラァ!! 正義の味方気取って、いい気になってんじゃねぇよ!」
髪を掴まれて、強引に頭を持ち上げられる。
溜まっていた鼻血が一気に流れ出して、息苦しさにむせた。
「そんなつもりは……ないよ。ただ、高校生が、よってたかって中学生からカツアゲするなんて、さ。見ててもあまり気持ち良いものじゃないし……」
「まだ言ってんのか、ゴラァ!!」
不良の拳が、ぼくの腹部に深く突き刺さった。
息が出来なくなる痛みと苦しさに、腹を押さえて、芋虫のように地面を転がる。
…………ああ、みじめだ。
どうして、こうなることは分かっているのにどうして、ぼくは困っている人を見過ごすことが出来ないのだろうか。
相手は高校生三人……みんなぼくより体格がいいし、非力な中学三年生一人じゃ太刀打ちできないことは、初めから分かっていた。
だけど、クラスでも目立たない、いつも何かに脅えた目をしたあの子。
その暗い表情の原因がこいつらだって、偶然通りかかって分かって……ぼくの体は、考えるよりも早く動いていた。
「つかさぁ、マジウケね? コイツ、せっかく助けに入ったのにアイツ一人で逃げてんだもん」
「だな。今度から、コイツも一緒にパシってやろうか? そうすりゃ、アイツももう逃げられないって思い知ることになるぜ」
「おいおい、あんまやり過ぎるとアイツマジで自殺するんじゃねーの」
ゲラゲラと下品な声で笑う、不良三人組。
「んなもん、俺たちの知ったこっちゃないっしょ。自己責任ってやつだろ、昨日ネットで見たぜ、その単語」
「なにそれ、どーゆー意味」
「は? 俺に聞くなって、自分でググれよ」
三人組はそんなやり取りをすると、ギャハハハと意味もなく大笑いを始めた。
人の気持ちを理解しようとしないで……本当に腹が立つ……!
「……最低なやつらだな」
思わず、ぼくの口からはそんな言葉が零れていた。
ギャハハという三人組の下品な笑い声が、ピタリと止まる。
「あ? お前マジでバカっしょ。まだボコボコにされてーの?」
「それこそ自己責任ってヤツじゃね? コイツがそうして欲しいんだからよ、しかたねーから殴ってやんだよ」
ああ、また、どうしてぼくはそんなことばかり言ってしまうのだろうか。
また、痛みが来る。
暴力と罵倒の嵐が来て、このままぼくは殺されてしまうのかもしれない。
だけど――だけどそれに負けて屈服した時が、本当に心が死んだ時なんだ。
だからぼくは、絶対にこんなヤツらなんかには――
「ちーっす、バイク便ならぬチャリ便です」
一台の自転車が、裏路地の前で止まった。
その異様な姿に、不良三人組の動きが固まる。
ガスマスクを付けて、鉄パイプを肩に乗せてきた少年。
その右手には、謎のスプレー缶が構えられていた。
「ご注文の品、お届けに来やした」
少年は一瞬の躊躇いも見せずにスプレー缶を発射した。
臭いで分かる、何かの殺虫剤の類だろう。
「うわあああ!? なんだてめ――」
「ご注文の品は」
顔にスプレーの直撃を受け、身を屈めた不良の後頭部に、少年は容赦なく鉄パイプを叩き付けた。
「自己責任の意味、のレクチャーでよろしかったっすか」
うつ伏せに倒れ、全身をピクピクと痙攣させる不良の一人。
他の二人は、突然現れたガスマスクの少年の狂気じみた行為に、恐れをなして後ずさった。
「や、やべぇ!! なんかやべぇのが来たぞ!!」
「逃げろッ!! とにかく逃げろッ!!」
残った二人は裏路地の反対方向へと駆け出していく。
「あ、そっちは――」
ガスマスクの少年は何か言いかけたが、裏路地の向こうでは、一人の少女が顔を出していた。
「なんだテメェ、どけッ!!」
「きゃっ!?」
通せんぼをするように立ちはだかった少女に、不良は容赦なく拳を振り上げる。
突然の出来事に、少女は驚いて悲鳴をあげたが――
「ぐはぁっ!?」
華麗に拳を避けた少女のカウンターの掌底が、不良の顎に炸裂していた。
不良は為す術もなく失神し、その場に膝から崩れ落ちる。
い、今のはマンガで読んだことがあるぞ。
顎への一撃は、脳震盪を引き起こすのだ。
「い、いっけない。こんなつもりじゃなかったのに、お父さん仕込みのとっさの護身術が……」
「うそつけ。完全にタマ取る気だったろ。今の一撃は」
少女の言葉に、ガスマスクの少年は呆れ返ってそう言った。
「こういうの、ドジっ子っていうのかな……。あ、ドジならてへぺろで許される? てへ――舌噛んだああああああっ!!」
少女は天然なのか、本当のドジっぷりを見せ付けつつ、潤んだ目で最後に残った不良を見る。
不良は逆方向に逃げようとしたが、既にそこにはガスマスクの少年が待機していた。
「な……何なんだよ。何なんだよお前らはああああああああああああああああっ!!」
「だから……偶然通りかかっただけのチャリ便と」
「偶然通りかかった、正当防衛をしただけのドジっ子ですっ!」
勢いのついた少女の回し蹴りが、不良の側頭部にクリーンヒットする。
長身の少女が放ったその一撃は、圧巻の一言だった。
背中まである黒髪が美しく弧を描き――ぼくの眼前には、くまさんのプリントが入ったパンツが露わになっていたのだから。
「え……もしかして、見た?」
最後の不良をノックアウトした後、少女は怖い顔をしてぼくに迫った。
「へ? い、いや、何も見てないよ。何も見てないってば霖!! ねぇ凪、見てないで止めてよ!? ぎゃああああああああ!?」
結局ぼくは、凪と霖に助けられながらも、何故かその後、半死半生のダメージを負うことになるのだった……合掌。




