第2話 勇者の掟―9
「え――!?」
明らかに様子がおかしい。
蜘蛛の口や眼からは、得体の知れない黒い靄が溢れ出している。
そして蜘蛛は、それまでの緩慢な動きからは想像もつかないような速さで糸を吐き出す。
糸はぼくらではなく、街道の反対側の木に巻きついていた。
「この子……いったい何をするつもりですの!?」
「この射線……やばい、早く馬車を走らせろッ!!」
ナギが叫び終わるのとほぼ同時だった。
蜘蛛は糸を引き込む力を利用して、自らの体を反対側の木にまで飛ばした。
丸めた体はまるで巨大な岩。
そしてその勢いは、ロケットのようなとてつもない早さである。
「やべぇ!!」
蜘蛛の巨体が、馬車の幌に命中する。
幌の上部は一瞬で粉々に砕け散り、馬車は横倒しに転がった。
「うわあっ!?」
馬と共に御者も地面の上を転がっていく。
この勢い、直撃したらただじゃ済まないだろう。
「な、ななななんですのいったい!? こんな行動、私の知識の中にはありませんわ!?」
「シュー、お前は馬車の人たちの無事を確認してくれ! ここはオレがやる!!」
ナギの指示を受け、ぼくは横になった幌に向かっていった。
蜘蛛の眼がギョロギョロと忙しなく動いている。
そしてその眼は、右四つがナギ、左四つがぼくに狙いを定めたようだ。
「お前の相手は、オレだっつーのッ!!」
蜘蛛が動き出すより早く、ナギの両手からは辺り一帯を真っ赤に染め上げるような炎が放たれた。
「私より強力な魔法を!?」
さりげなくショックを受けるデンス。
炎は蜘蛛の体を直撃するが――黒い靄が、まるでシールドのように炎を弾き返してしまった。
「おい、どうなってんだよ!? 炎が弱点じゃなかったのか!?」
「魔法騎士の私が……こんな少年に負けるなんて……」
「聞いてんのかバカッ!! 炎が弱点じゃないのかよ火属性女!!」
これで、ナギが使った“ゆうしゃパワー”は本日二回目。
あと一回で決着をつけないと、切り札がもう使えないということになる。
「みなさん、大丈夫ですか」
幌に辿り着いたぼくが中を覗き込むと、大人は二人が気絶していて、もう一人は恐怖で震えて動けないようだった。
ぼくらが連れてきた少女はというと、何故か無傷の状態で、ひょいと壊れた幌から顔を出している。
「大丈夫だった? 怖かったよね」
ぼくが声を掛けても、少女は無言で蜘蛛を見つめたまま。
やがて少女は、しゅっと腕を突き上げてみせた。
「ちょ、な、何やってんの!? あいつは動きに反応するんだって!」
ぼくが制止しても、少女は言葉が通じないので、何度も腕をしゅっしゅっと突き上げている。
いったい、何の意味があってそんな動きをしているのか。
案の定、蜘蛛の次の標的はぼくらに定まったらしい。
「やばい、どうしようナギ! こっちに来ちゃうみたい!」
「あ、ああ……どうすりゃいいんだ、クソっ」
ナギにも良い案はないようである。
絶体絶命の状況、ぼくらは、こんなところで魔物に殺されてしまうのか……!?




