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第2話 勇者の掟―8

 蜘蛛は怯んだように後ずさる。

 飛び散った炎が御者を包んでいた糸に引火して、晴れて御者は自由の身になったが、


「あつい、あちちちちちちちちちっ!!」


 要するにそれは火だるまの状態である。


「氷よ、行けっ!!」


 ナギが飛ばした氷の渦によって、なんとか事なきを得た御者は、命からがら蜘蛛の間合いから逃げ出してきた。


「こ、殺す気かあんたはあああああああああっ!!」


「あら? あのまま蜘蛛に首を跳ね飛ばされるよりかは、よっぽど良いでしょう?」


 そう、不敵な笑みを浮かべて言ったのは、いつの間にか幌の上に乗っていたデンスだ。

 片手は腰に、そしてもう片手はレイピアを優雅に構えている。


 まさに救世主登場、かなり絵になるシーンである……鼻血さえ垂らしていなければ。


「気をつけなさい。そいつはエルシール・タランチュラ。エルシール大森林に生息する蜘蛛で、その強靭な顎で噛まれれば人間の体などひとたまりもないですわよ」


「よく知ってるな。有名な魔物なのか?」


「ほーっほっほ! それは私のような、か弱い少女が一人旅をしているのですもの。旅の危険には博識でなくってよ」


「いやそれはいいから、魔物の情報をくれって!!」


 絶妙に噛み合わないナギとデンスの会話。

 たぶん、ナギはデンスみたいなタイプは、非常に嫌いだと思う。


「そうですわね……基本的には大森林の奥に生息する蜘蛛で、臆病な性格で人を襲うという話はあまり聞いたことがないのですけども。しかし、私が来たからには安心なさい」


 幌の上から颯爽と飛び降りるデンス。

 華麗な手捌きで動かしたレイピアの剣先が、光の模様を描いていた。


「ブルーム・フルーレ!!」


「いやだから情報は!?」


 光の魔法陣が炎の輪に変化し、再び蜘蛛めがけて飛んでいく。


「見なさい、細かい毛に覆われたエルシール・タランチュラの手足を! あれは剣による斬撃を防ぐ反面、引火しやすいという弱点を持っているのですわ!」


 デンスは華麗に着地を決めた。

 その言葉通り、炎はあっという間に蜘蛛の表面を覆っていき、その巨躯が炎に包まれる。


「そして私は火属性の女……。このデンス・パトリシエの前に、あの程度の魔物など相手になりません」


「火属性ってなんだよ……。まあ、あとは森に引火しなきゃいいけども」


 燃え盛る炎の中、崩れ落ちる蜘蛛のシルエットを見て、ナギはほっと胸を撫で下ろした。

 ひとまず一件落着のようで、ぼくは高度を落としナギの肩に乗る。


「まあシュー様っ!! 上から見ていらしたのですね!?」


「う、うん。でも助かったよ、デンス」


「どうです、頼りになりますでしょう? トゥルスティーンとではなく、私と一緒に旅をしてみませんか?」


 どさくさに紛れてスカウトされてるけど……ぼくは曖昧に笑ってやり過ごすことにした。


「おい、そんなバカなやり取りは止めとけよ」


「バ、バカだなんて! ぼくがナギから離れるわけないじゃないか!」


「ん? ナギ? その方はブベラなんとかトゥルトゥルトゥルスティーンではなくて?」


「だから、ちょっと黙ってろお前ら!! あの蜘蛛……なんか様子が変だぞ!!」


 ナギに言われて、燃えたはずの蜘蛛に視線を戻すと。


 蜘蛛の体から出ている煙……いや、黒い靄のようなものが、炎をさらに包み込むように蜘蛛の体躯に集中する。

 そして、次の瞬間――黒い靄が弾け飛んだかと思うと、炎は一瞬にしてきれいさっぱり無くなっていた。

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