第2話 勇者の掟―7
「おいおっさん、急いで馬車を出発させろ――」
しかしそのナギの判断は、既に手遅れなのだと思い知ることになる。
草木を掻き分け、獣道から姿を現したのは――ゆうに五メートル近くはある巨大な蜘蛛だった。
蜘蛛の手足は太く、一本一本が丸太のような大きさである。
頭部には八つの赤い複眼がついていて、忙しなく動く巨大な顎からは――だらんとぶら下がった人間の腕が見えていた。
「魔物……!? なんでこんな人の生活圏に!?」
御者は慌てて馬に乗ろうとする。
しかし、そこに蜘蛛の吐き出した白い糸が伸びていった。
「うわぁっ!?」
蜘蛛の糸は見事に御者の体を絡め取り、馬の上から引き摺り下ろす。
「た、大変だよナギ!!」
「動くな、シュー!! こいつ、動くやつに真っ先に反応するみたいだぞ!!」
高度を下ろしナギの側に寄ろうとしたが、その一声でぼくはピタッと動きを止めた。
その間に、蜘蛛は前足で器用に糸を巻き取って、御者を近くに寄せようとしている。
「た、たすけっ……助けてくれえっ!」
歯の根をガチガチと鳴らしながら、御者は悲痛な叫びをあげたが、ナギは一歩も動かない。
「ねぇナギ!! おじさん、殺されちゃうよっ!」
「るせぇ、分かってるよっ!! だけど、まだだ……まだ、方程式が見えてこねぇっ」
ナギの聡明な頭脳を持ってしても、巨大蜘蛛を撃退する方法はすぐには導き出せないようだ。
仕方ないだろう、こんな生き物ぼくらの世界には存在しない――だけど、このままじゃ御者のおじさんを見殺しにすることになる。
蜘蛛の前足は鎌のように鋭く尖っており、凄惨な事態があったことを物語るように赤く濡れていた。
そしてその鎌は、次なる獲物の命を奪おうと高く振り上げられる。
「チッ、下策だがしゃあねぇ……っ!」
意を決したようにナギが動いた。
蜘蛛の頭が持ち上がり、八つの眼が同時にナギに向けられる。
「囮になるつもり!?」
そう、ぼくは思ったのだが――蜘蛛の視線は再び目の前の御者に向けられた。
さすがに、動くものよりも食糧の方が優先順位は高かったのか。
「げっ、間に合わねぇ!」
しまったと顔をしかめるナギ。
最悪の光景を想定し、ぼくが顔を背けようとした、次の瞬間だ。
「ブルーム・フルーレッ!!」
何だかよく分からないけど、何かの技名だとは分かる、そんな格好良い感じの叫び。
チューリップの花のように咲いた炎の輪が、蜘蛛の顔面を直撃した。




