第二話 変態の詳細
「おー、ここが貴方の部屋ですか」
少女は俺の部屋を物珍しそうに見回し、あれこれと手に取ったりしている。
「これはなんでしょう? ここを押せばいいんですか? ・・・ひゃっ!?」
電気スタンドでびびるのか・・・。
俺はそんな少女を監視しながら、組み立て式の机を用意し、その周りに座布団を二つ敷く。
「おい、とりあえず聞きたいことがあるから、ここに座れ」
「あ、はい」
エアコンのリモコンを珍しそうに触っていた少女に呼びかける。
俺が正座で座ると、少女もそれに倣い俺の向かい側に正座で座った。
「さて、色々と聞きたいことがあるんだが・・・」
きゅるるる。
俺が質問をしようとした瞬間、少女の方から切なそうな音が聞こえた。
そして、少女が恥ずかしそうに片手を上げた。
「すいません、何か食べ物をください」
こいつ・・・。
何か言おうと思ったが、疲れがどっと出てきて言う気が失せた。
俺は先程コンビニで買ってきたあんぱんをビニール袋から出し、少女に差し出す。
すると少女は目を輝かせ、嬉しそうに飛びついた。
「はむはむ・・・ んぐ。なかなかおいしいですね、これ」
「そりゃそうだ、なんで俺の一押しのパンだからな。生地もふわふわとしていて美味いが、何よりもそのあんこが最高でなって違―――う!」
少女の耳がぴん、と伸びる。
「なんで和んでるんだ! 俺はお前に聞きたいことがあるんだよ!」
少女はそんな俺の様子を驚いた目で見ながら、しかしあんぱんを食べる手と口は休めない。
「はぁ・・・ まあそれを食べながらでいいから質問に答えてくれ。なんで、お前は俺の家を探していたんだ?」
俺がそう言うと、少女は俺を制するように片手を突き出した。
「ふいまふぇん、やっふぁりふぁべおふぁってふぁらで」
「・・・食べ終わるまで待てって?」
少女はこくこくと頷く。
早く教えてもらって、さっさとこの変態を外へ放り出したいのだが仕方ない。
こいつは俺の首筋にナイフを突きつけ、自分の要求を通そうとする過激派だ。ここは大人しく言うことに従った方がいいだろう。
「はむはむ」
「・・・」
「もぐもぐ」
「・・・」
「んぐ」
「お、食べ終わったか」
「他にも何かください」
「おい」
俺がゆらり、と立ち上がると、少女は頬を上気させながら、何かを期待する目でこちらを見る。
「そうですか! 殴るのですか!? 蹴るのですか!? やれるものならやってみてください! というかやってください! さあ! さあ!!」
こいつ・・・。
まさかと思い、少女の太ももを軽く、本当に軽く蹴ってみる。
「あぁんっ・・・」
艶っぽい声をあげられた。
少女の傍にしゃがみ込み、今度は二の腕を軽くつまんでみる。
「んんっ・・・」
またも艶っぽい声をあげられた。
俺は恐る恐る、少女に尋ねる。
「お前・・・まさかマゾか?」
その言葉に、少女の体がびくんと震える。
「ハア、ハア・・・。よくぞ見破りましたね、北上楓・・・! あ、今の蹴るのをもう少し強めにお願いします」
「嫌だ」
俺がはっきりと断ってやると、少女は愕然とした表情で俺を見る。
「なんで虐めないんですか!? こんなに可愛い女の子を叩いたり蹴ったりして、ストレス発散をしようとは思わないんですか!?」
「いや、俺そんな趣味ないし」
そう言ってやると、少女は俯き、ぷるぷると震えだした。
「・・・あ」
「ん?」
「ありえない、ありえないでしょうそんなの!世の中の男性の方々は、女を虐げることが好きなはずです! 嫌いな人なんて、そんなのは男じゃありません!」
少女はいきなり顔を上げ、俺の目をまっすぐ見つめながら、変態的な言葉をつらつらと語り始めた。
「いいでしょう! それなら私にも考えがあります。貴方が一回私を虐める度に、情報を一つづつ教えてあげます。どうですか? これなら私を虐めざるを得ませんよね!?」
少女は鼻息荒く、俺ににじり寄る。
「・・・」
「どうしたんですか!? さあ、私を殴ってください! 蹴ってくれても構いませんよ!?」
俺は、少女をお姫様抱っこの形に持ち上げ、部屋のドアを開けた。
「なんですか? まさか別の部屋で私を虐めようというのですか? あ、部屋が汚れるからとか、そんな理由なんですか? え?なんで玄関のドアを開けるんです? まさか外でするつもりなんですか? 貴方も結構素質がありますね。あ、待ってください! 閉めないで!」
俺は少女を玄関から放り出し、そのまま鍵をかけた。
「何だったんだマジで・・・」
あの後玄関が壊されそうな勢いで叩かれたが、俺が警察を呼んだと嘘をつくと、大人しくなった。
さすがのあの変態も、警察には弱いと見える。
「まあいいや、今日のことはすべて忘れよう」
目的を達成し、満足した俺は部屋に戻り、買ってきた雑誌を取り出して読む。
―――ジジっ。
「ん?」
どこからか日で何かを炙るような音が聞こえたような気がした。
気のせいか・・・。
俺は再び雑誌に目を落とした。
―――パシャっ。ピキッ。
今度は、水がかけられたような音と共に、ガラスが割れるような音が聞こえた。
窓の方からしたか?
俺は窓の方に近づき、カーテンを開く。
すると―――
「んしょ、んしょ。もう少しで・・・ あっ」
窓ガラスに張りつき、ひび割れて穴が開いた部分から、窓の鍵を開けようとしていた変態と目が合った。
俺は無言で少女の腕を引っ込めさせ、鍵を開け、窓を開ける。
「お、自分から中に入れてくれるのですか。優しいのですね。まあ、すぐに鬼畜な男になってもらうのですが・・・ あっやめてください! 手を剥がそうとしないでください!落ちるじゃないですか! あっ」
俺は窓の縁を掴んでいた少女の手を無理やり引きはがした。
そしてそのまま、少女は真っ逆さまに落ちて行った。
「ふう、これでよし―――」
「そうはいきませんよ―――!」
透き通るような声と共に、先程落ちていった少女が飛び上がってきた。
そして、窓の縁へ座るように着地する。
「私のジャンプは凄いんです。これぐらいの高さなら簡単に届きますよ」
俺は楽しそうに笑う変態を見て、力なく項垂れた。
「ほらよ」
俺たちは再び、机を挟んで相対していた。
そして頭をこつん、と叩いてやると、少女は首を傾げた。
「? なんですか?」
「叩いたら情報を教えてくれるって言ったよな、今叩いたからさあ教えろ」
すると少女は微妙な顔をして。
「ええー・・・ ヘタレですね。貴方」
「うっせ、俺は女の子を虐める趣味は無いんだよ」
それでも嬉しそうに笑う月子。
「まあ、今回はこれでいいでしょう。次からはもっと強くお願いしますね? それで、なんで私が貴方の家を探していたか、でしたよね?」
「ああ」
「口で説明と長いのですが、簡単に言うとここに住むことになりました」
「・・・は?」
俺が間の抜けた返事をすると、少女は白い外套を脱ぎ去った。
変態ゆえにその下には何も着ていない、ということはなく。
少女が着ていたその服は、日中俺がよく見かけるものだった。
つまり、制服だ。
それも、俺の通う学校の。
「そうですね。まずは自己紹介が必要でしょう。あ、これは私が勝手にすることなので、叩かなくても大丈夫ですよ」
少女はそう言って、俺の目をじっと見据える。
「私の名前はケザーマルク・クリスティア・ムーンライト。月の民の王族、ムーンライト一族の長女です。北上楓、つまり貴方に会うために月から来ました。これからここに住まわせていただきますので、どうかよろしくお願いします。あ、それと地球では『北上月子』と名乗らせていただくので、そこのところお願いします」
少女、いや月子は三つ指をつき、深々と頭を下げた。
どうしよう。
こいつが何を言ってるかわからない。
このドMが月の王族の第一王女?
そんな王族なら亡んだ方がいいんじゃないのか。
いや、そうじゃない。
問題は・・・
「・・・なんでその王族サマが、普通の一般人の俺の家に住むんだ」
問題はこれなのだ。
俺はこんな変態なんて知らないし、月に住んでいる人がいることも初めて知った。
安穏とした人生を過ごしてきた俺には、関わり合いになる理由がないのだ。
そう考えていると、少女が息を荒らげながら口を開いた。
「先日、月の書庫で暇つぶしに地球人一覧のリストを見ていたらですね、貴方のことを見つけたのですよ。先程もお話ししたように、『何の平坦もない人生を好むが、それを守るためなら相手が誰だろうと危害を加える』・・・と、書いてありました」
誰がそんなことを書いたのだろう。
ぶっ飛ばしてやろうか。
だんだんと気分が沈んできた俺とは裏腹に、楽しそうに月子は続ける。
「それを見て、私はビビッと来ました。この人こそ、私が添い遂げるべき相手だと・・・! そしてその次の日、地球へのホームステイに志願して、ここに来ました。これがその証拠です」
そう言って月子は、スカートのポケットから一枚の紙を取り出した。
俺はそれを受け取り、確認する。
「・・・確かに書いてあるな」
「でしょう? これが、私が地球に来た理由です」
ふざけんなと叫んでやりたいが、ここはぐっと我慢する。
それよりも重要なことがある。
「なあ、これホームステイの期限が書いてないんだけど」
そう、いつまでここにいるのか、ということが一切書かれていないのだ。
普通、ホームステイというのはいつからいつまで、といった感じに滞在期限が設定されている。
なのに、この紙にはそれが一切書かれていない。
それについて問い詰めてやると、月子はへらへらと笑いながら答える。
「月の民のホームステイは、相手の意思を無視して勝手にするので、こちら側が好きなだけ滞在することができるのですよ」
「ふざけてんのか」
さすがに我慢できなかった。
相手側の意思は無視? 期限は自分が勝手に決める?
なんだそのホームステイ。
そんなことが許されてたまるか。
「あ、断ればこの辺り一帯を焼き尽くすって父が言ってました。ホームステイ先に断られるなんて王族の恥、だから消すとかなんとか」
「いや、めちゃくちゃすぎるだろそれ」
なんという横暴。
「証拠として、こんなものまであります」
月子はどこからかタブレット端末のようなものを取り出し、スッスッと画面を操作する。
そして見せてきたものは、一つの動画だった。
それに映っていたものは、ホームステイ先が断ったらどうなるか、というものだった。
遠い星のことなのだろうか、見慣れない景色の中で頭からうさぎの耳を生やした連中が何やら宇宙人と思しき者達と交渉をしていた。
そしてそれが失敗するや否や、上空に待機させてある空母のようなもので絨毯爆撃をしていた。
泣き叫ぶ人々。高笑いをしているうさぎ耳の集団。
なにこれ。
「これが王族の力です」
自慢げに胸を反らせながら、月子が笑う。
「つまり貴方にはもう逃げ場がないってことです。さあ、もう二時を回っています。明日から学校ですし、早く寝ましょう。私はどこで寝ればいいですか?」
月子が時計を指差しながら、立ち上がって俺の部屋をウロウロとし始める。
俺は頭を抱えて今すぐ布団に潜り込み、全てをなかったことにしたい気分だったが、こいつから目を離すと何をされるかわかったもんじゃない。
なので・・・。
「え、私が貴方のベッドを使っていいんですか?」
「ああ、正直納得してないが、あんなものを見せられたら断るわけにもいかないだろ」
俺は自分用の布団を敷きながら、月子に自分のベッドで寝るように指示した。
俺のベッドはちょうど壁際にある。その脇に俺が布団を敷いて寝れば、こいつが何をしようとすぐに対応できる、という算段だ。
「ふふふ・・・。楓くんの香り・・・」
枕に顔を埋めてゴロゴロ転がっている月子を見て、間違えたかな、と俺は深く溜息をついた。
「明日からは、好きな人と学校で・・・。私、楽しみで眠れそうにないです」
笑顔でそんなことを言われ、ちょっとドキッとしてしまった自分が恥ずかしい。
こいつは変態なんだ。
俺の平穏な人生を送るという目標の障害だ。
だから、毒されてはいけない。
「ッ・・・ もう寝るぞ!」
俺は恥ずかしさを紛らわせるように大声で電気を消し、布団に潜り込んだ。
白猫さんです。
前回書き忘れましたが、この小説は二話ずつ投稿していくつもりです。
それだけです。
今回も至らぬ点は数多くあると思いますが、生暖かい目で見てやってください。