第一話 襲い来る変態
あーっとっざいましたー」
俺は適当な挨拶の店員に見送られ、コンビニを出た。
「うーん、眠い」
欠伸をしながら、家へと続く道を歩く。
吐く息は白く、本格的な冬の訪れを感じる。
俺が手に提げているビニール袋には雑誌、ウーロン茶、あんぱんなど、コンビニに置いてある物の代表格とも言えるものが入っていた。
ふと見上げると、漆黒に染まった空に、ぽつんと黄色く丸い月が浮かんでいる。今日は綺麗な満月だった。
家に着くまで暇なので、何か考えることにする。
・・・そうだ、自分の将来について考えよう。
俺は、常日頃から平穏無事な日々を送れるように、様々な努力をしている。その最たるものが、危険に近づかないようにすることだ。
君子危うきに近寄らず、という諺がある。賢い人は、自ら危険に巻き込まれるようなことはしない・・・という意味だったと思う。
そんな俺の将来、将来・・・。
やっぱり、普通の大学を出て普通のブラックでもホワイトでもない普通の企業に就職、普通な彼女と結婚して、普通な家庭を築くことだろうか。
まあ甘い考えだとは思う。普通の大学はまだしも、普通の企業に就職することが難しいだろう。何より、俺に彼女なんて―――
「そこのあなた――――!」
俺がそこまで考えた時、闇夜に透き通った声が響き渡った。
俺は驚いて、辺りを見回す。
しかし、誰かがいるような感じはしない。
「気のせいか・・・」
俺は疲れているようだ。早く帰って寝ないとなぁ。
俺はそう考え、一歩踏み出す。
「待ってくださいっ!」
先程と同じ少女の声と共に物凄い轟音を響かせながら、何かが目の前に落ちてきた。
辺りにはもうもうと土煙が立ち込め、前が見えなくなる。
「げほっげほっ・・・な、なんだ?」
手をぶんぶんと振ると土煙がだんだんと晴れ、視界が開ける。
涙目になりながら、落ちてきたものを確認しようと前に出ると―――
「げほげほっ、そこのあなたに聞きたいことがあります」
咳き込みながら、見知らぬ少女が俺に話しかけてきた。
電灯に照らされて輝く金髪と、透き通るように青い目が、とても神秘的に思えた。
少女は白い外套を纏っており、まるで大きいてるてる坊主だ。
何より気になるのが、頭につけているものだった。
それは一対のうさぎの耳だった。まるでバニーガールがつけているような、白く長いうさぎの耳だった。
俺が動きを止めたのを見て、少女は俺に近づき、質問をする。女の子特有のいい匂いがして、なんだか居心地が悪い。
「すいません、この辺りに北上楓という人が住んでいる家は―――」
俺はそこまで聞くと、少女に背を向けて走り出した。
平和な日々を送りたい俺の信条は、危険を避けること。見知らぬ人(?)に自分の名前を出されたんだ。まともなわけがない!
「あっ、待ってください!」
後ろを振り向くと、先程の少女が物凄い速度で追いかけてきているのが見えた。
俺は十字路を右に曲がり、家へ続く裏道に入る。
「なんで逃げるんですか! まさか、貴方が北上楓さんだったりします?」
恐ろしく勘がいいなこの子!
俺は無言でひたすら走る。
普通に進むだけでは追いつかれそうだったので、道にあるゴミ袋の山ををかたっぱしから崩し、足止めを図る。
そして少女は俺の目論見通り、ゴミ袋の山に突っ込んだ。
しかし。
「せいやー!」
「なっ!?」
背後で物凄い音と共に、ゴミ袋が吹き飛んだ。
そして先程と変わらない速度で少女が現れ、俺に追いすがってくる。
「くそっ、これならどうだ!」
俺は道路の脇にあった看板を両手で掴み、後ろへ放り投げた。
だが、これも。
「ていっ!」
少女は手刀で看板を弾き、速度を落とすことなく走る。
俺は何度も手近にあるものをぶつけようとするが、その全てを悉く躱され、弾かれる。
「ふふふ・・・。人の話を無視し、躊躇なく私を攻撃する・・・。まさに書いてあった通りの人です! もっと、もっと私を酷い目にあわせてください!」
「はぁ!?」
真後ろでそんなことを叫ばれ、思わず大きな声が出る。
書いてあった通りというのも気になるが、なぜこいつはこんなにも目を輝かせながら俺の妨害を受け続けるのだろうか。
いや、それよりもこの変質者に捕まったが最後、俺はどうなるかわからない。
もし捕まってしまったら、俺は―――
「捕まえ・・・ 惜しい!」
少女の伸ばした指が、パーカーのフードに引っかかりそうになる。
このままじゃやばい。
俺は一旦考えるのをやめ、走ることに専念する。
「捕まえたら、まずは家を教えてもらいますよ!」
「やれるもんならやってみやがれ!」
どうやら俺は、思わず大声を出してしまうくらいに追い詰められていたらしい。
しかし、ここで逃げ切ってしまえば問題ない。
俺は角を左に曲がり、少女を引き離そうと、走る足に力を込めた―――!
「さあ、キリキリ歩いて家の場所を教えてください」
数分後、俺は後ろ手に縛られ、少女の前を歩かされていた。
あの後、角を曲がって直線を走るまではよかった。
しかし、少女が三角飛びの要領で壁を蹴って俺の前に立ち塞がり、慌てて引き返そうとしたら押し倒され、手錠で手首を縛られてしまった。
「はぁ、それにしても疲れました。やっぱり走るというのは疲れますねぇ。・・・いい加減口をきいてくれませんか?」
俺は先程から一度も喋っていない。
一度言い返してしまったが、もうこいつと喋ることはない。隙を見て逃げ出してやろう。
そんなことを考えていると、首筋にぴたり、と冷たいものが当てられた。
「すいません。いい加減に教えてくれないと、私どうにかなっちゃいそうです」
どうやら相当過激な方だったらしい。
「お、おお前、俺がその、お前が探してる人なわけないだろ? 北上楓? 誰それ? 俺はそんな人知らないぞ?」
首に当てられている何かが怖くて、それが何かを確かめることができない。
俺は声を震わせながら、精一杯の抵抗として嘘をつく。
「いえ、貴方は北上楓であっているはずです」
そんな俺の言葉を切り捨てるように、少女が断言する。
「北上楓という人は、平穏で何もない生活を好み、危険に自ら近づこうとしない。そしてその平穏を守るためならなんだってする。そういう人だと聞いています」
どうしよう、心当たりがありまくる。
というか、誰にも言っていないことを、なんでこの見知らぬ少女が知っているのだろう。
「顔に出てますよ。やっぱり貴方が北上楓さんですね」
俺は思わず口を抑えてしまう。
少女は俺のそんな様子を見て、クスクスと笑う。
「冗談です。でも、今の反応でわかっちゃいましたね」
こいつ、カマかけやがった!
「さて、楓さん。家の場所を教えてくださいますか?」
俺はその言葉に答えず、ただ無言で歩く。
そして、大きな川の上にある橋が見えてきた。
この橋は石でできているのだが、かなり古いものなので、手すりがところどころ途切れてしまっている。
「お、ここを渡るのですか。ここは危ないですね。落ちないように気を付け―――」
俺は橋に一歩踏み入れた瞬間、少女を突き飛ばした。
そして、少女は手すりの隙間から、川へと落ちて行った。
「あっ!?」
「ざまあみやがれ!」
ざぶんという入水音を後ろに、俺は縛られたまま走る。
さすがにこの高さから落ちれば、あの犯罪者もただでは済まないだろう。
このまま交番まで行って、今までのことを話し、手錠も外してもらおう。
そんなことを考えつつ、橋を渡りきる。
すると―――
「ふう、そんなことだろうとは思ってましたよ」
「なんで!?」
先程突き飛ばした少女が、白い外套の裾を絞りながら俺の目の前に立っていた。
「水底を蹴って、ここまで飛んできました。冬場なのに川に突き落とすなんて、貴方もなかなか鬼畜ですねぇ」
少女がへらへらと笑いながら、俺に語り掛ける。
「これでわかったでしょう? 私からは、絶対に逃げられません。これは絶対です。貴方がどれだけ私を攻撃したり妨害しても、意味はありません。私が喜ぶだけです」
そんな恐ろしいことを言われ、一瞬意識が遠くなる。
なぜ、この少女は俺を追いかけ回すのだろう。
いや、それよりもなぜ、俺について詳しいのだろう。
まさか、俺のストーカーではないのか?
こんな変な奴にストーカーされるなんて、俺はどこで人生を間違えてしまったのだろう。
「まあ、そんな貴方に私は惚れてしまったのですけどね」
俺が悶々としていると、少女が、なんでもないことのようにぽつりと言った。
「・・・え?」
「詳しいことは家に着いてからにしましょう。手錠が嫌なら、外してあげます。ほら、早く場所を教えてください」
俺の後ろに回り手錠を外した少女に、冷たい何かを首筋に強く押し当てられ、俺は自然と歩き出した。
「はえー、ここが貴方の家ですか。なーんかパッとしませんねー」
「ほっとけ」
俺の家を見るなり、少女が失礼なことを言い出した。
こんな夜更けに、しかもびしょびしょに濡れた少女を家に上げるとなれば、家族から変態の誹りは免れない。
俺は恐る恐るといった足運びで、玄関に近づく。
「あのー、なんでそんなゆっくり歩くんです? あ、お邪魔しまーす!」
「ちょっ!?」
少女は俺の脇をすり抜け、大声をあげながら玄関のドアを開く。
俺は慌てて少女を抑えつけ、口に手を当てて声を出されるのを防ぐ。
「――――!――――!!」
「頼む、静かにしてくれ!」
俺はゆっくりと、家の中を覗く。
幸い、誰も起きてきてはいないようだ。
ほっと胸を撫でおろし、少女に語り掛ける。
「いいか、そんな格好のお前を連れ帰ったら、俺は家族から変態のレッテルを貼られるだろう。それだけは避けたい。だから、黙っててくれ。・・・おい?」
少女が抵抗しなくなったので、思わず顔を覗き込んだ。
端正な顔は月明かりに照らされ、紅潮しているように見える。
鼻息は荒く、口を抑えている手は濡れているような感触があった。
目はとろんとしていて、心ここにあらずといった様子だ。
俺が慌てて手をどけると、口から熱く火照った息が吐き出される。
「こ、こうやっていきなり抑えられるのもいいものですね・・・。なかなか気持ちよかったですよ・・・」
この変態は何を言っているんだ。
少しでも心配してしまった自分が馬鹿らしい。
待て、心配?
どうして俺がこんな変質者の心配をする必要がある。本来の自分を思い出せ、俺!
相手がちょっと可愛い女の子だからって、毒されてはいけない。こいつはあくまで変態、本来なら関わり合いになるべきではないのだ。
「ふう、とても良かったです。またしてくださいね。さあ、今度は静かに入りますよ」
「あっこら!」
少女は忍び足で玄関に入り、靴を脱ぎ始めた。そして、階段を上って行ってしまう。
考え事をしていた俺は一歩遅れ、少女を追いかけるために急いで靴を脱いだ。
今回は友人達と4000字くらいで小説を書こうということになったので初投稿です。
至らぬ点も数多くあると思いますが、どうぞ生暖かい目で見てやってください。