君は天使
人形から生きた人間になると同時に、元人形たちの背中から真っ白な翼が水のように吹き出してくる。
白衣の代わりにイリスの背中からも、白い翼が生えて、身体を包み込むようにしていた。
「ありがとう。君はやっぱり素晴らしいよ、大好きな僕の友達」
ああ。以前、落ちてきた天使なのだとイリスが言っていたのは、本当なのだ。
「まぁ、ちょっと抜けてるけど、男の子なんてそんなものだしね」
人形から人間の女の子になったリトルガァルの口から飛び出してきたのは、人を小馬鹿にするような台詞だった。
翼が生えても、リトルガァルの性格は天使にはほど遠い。
チェッ。
心の中で僕は舌打ちをする。
これだから女の子ってのは……。
性別自体は不明な人形だけれど、リトルガァルは女の子の心を選んで目指したに違いない。その目標は、完璧なまでに達成されていると言ってよかった。
満ち足りた表情を浮かべ、天使たちが空に昇って行く。天使の一人は嬉しそうにヒヨコを拾い上げて、一緒に飛び離れてしまった。
リルケの所から来たヒヨコ……。
まぁ、いいや。
彼らと一緒に行っても、不幸せになることはないだろう。
元々空の上で、床だった場所が抜けたのか。僕一人が取り残される。
翼から抜け落ちた羽が、雪のように舞っていた。
「イリス。リトルガァル。このまま完全にどこかに行ってしまうなんて、ないよね? また会えるよね」
僕は置いて行かれる淋しさで一杯になりながら、呼びかける。
「もちろん。君が幻想第四次空間の旅人である限り」
イリスの声が、羽に紛れて降ってくる。
僕の足首の高さまで、羽で埋め尽くされた。
翼の生えた天使の群れはどんどん遠ざかり、やがて高い空に刷かれた層雲と一つになって見分けが付かなくなる。
最後に一枚ヒラリと羽が着地して、降ってくるのもおしまいになった。
不意に、大きなくしゃみの音がした。くしゃみによるものではないと思うが、巻き起こった風に羽は吹き流されていった。
「おっと、失礼。鼻がムズムズして。白鳥の大群でも渡って行ったかな」
男の人の低くて逞しい声。
「はて。渡り鳥の季節でしたかね」
それに対するのはこちらも男だが、細くて皺枯れた声だ。僕にはどちらも聞き覚えがある。
「さぁねぇ。専門以外はとんと分かりませんから」
「ご同様に」
僕は、声が聞こえる方に歩いて行く。
地面が断崖になった端から屈むようにして覗くと、思った通りの声の主がいた。
「グラッドストン教授とヘルトリンク教授」
ヨシュア大学の教授。グラッドストン教授の専門は考古学、ヘルトリンク教授は植物学者だ。