不気味の谷
イリスの後ろに、もう一人いた。イィハトブ劇団の団員の、女の子だ。
リトルガァルは、薄いピンクの看護服を着ている。頭には看護帽ものっけて。
でも両手には、ドライバァをがっきと握り締めている。
二人の瞳は硝子で透明にキラキラと輝いているし、覗く膝は球を填めた物だ。
「人形の方のイリス?」
「じゃあ君は、猫の方のラジニかい?」
イリスの刻まれ、赤く塗られた唇は動かないけれど、声はする。
「違うよ。僕は僕だ」
「じゃあ僕も僕だと言いたいけれど、僕は君のようにはっきりとは言い切れないかな。だって猫ってのは、人に左右されない独立不羈の生き物だもの」
「でも。人形の方が、人には近いよ」
僕は、ピョコピョコ跳ねている自分のしっぽを床に押さえつける。僕のように余分な物は付いていないし……。
イリスは、
「人の形と書くから、形は人で間違いない。心は、心はどうかな?」
リトルガァルの切り込みの入った口が、顎が落ちるように下にスライドした。
うっ。
失礼だとは思うけれど、その動きがとても気持ち悪い。
笑みを張り付けた人工的な赤すぎる唇と、焦点の合わない硝子の目玉。
下手に人に似ているぶん、嫌悪感を催させる。
「心は、人の形をしていないかも知れないよ」
浮かんだままの虚ろな笑みと相まって、その発言に僕はギョッとなる。
「怖いことを言わないで。イリスだってリトルガァルだって、人の心を持っているよ。怒ったり喜んだり、悲しんだりする」
「でも、それは人の心と同じ物だろうか。猫の君の心が、人の心と同じかも分からないよ」
「でも」
僕は思わず詰まる。
心を並べて比較することはできないから、本当は差異のあるものを同じだと思っているだけかも知れない。
それに、差異があるのは悪いんだろうかと言う気もする。差異があること自体は悪くない筈だ。
何より。
「そうだ。人は人に生まれるんじゃない。人になるんだよ。そう先生は仰った。人間ですら、その心が人間に相応しいか言いきれないんだよ。だから僕らは誰も、相応しいと思う心の姿に近付く為に努力するんだと思う」
言っている内に、それが正解だと僕には分かる。
僕は立ち上がり、抱き付くようにイリス達に向かって腕を広げた。
「だから僕も、人形も、人の心を持てる筈」
途端に、イリスの笑みが本物になった。
固そうなのに、吊り下げられたようにだらしなく立っていた人形たちの身体に、柔らかさが生まれる。