鶏が先か卵が先か
「雛には二種類あるんだってば。雛は卵がなきゃ生まれないし、その卵は雛がいなきゃ生まれないんだよ」
それはそうだけど。
リルケは手を出し、ソッと木箱を傾ける。
すくっと伸ばした足が目立つ黄色いヒヨコが十羽ばかり、藁と一緒に床に滑り出て来た。
ヒヨコはくっつきあったまま、困惑気に固まっている。
リルケは優しい手付きで、一羽を手の平に包んで持ち上げた。
「ラジニ兄様は、あまりヒヨコを触ったことはない?」
「触るどころか、本物なんて殆ど見たこともないよ」
僕はオズオズと、ヒヨコの方に近付く。
僕の影に驚いて怯えたのか。
ヒヨコたちがあたふたとして、てんでばらばらの方向に走り出す。
リルケは持っていた一羽を箱に戻し、別の一羽を掴み止めるが、そんなことでは間に合わない。
「ああ。逃げてしまう」
ちょこまかと走って行くヒヨコを、僕は追いかける。
馬房の馬留め柵の下を潜り抜けた。
小屋の板壁が一枚、内側から蹴破られたみたいに三角形にちぎれかけて奥にズレていて、隙間が出来ている。
ヒヨコはそこから出て行ってしまう!
僕は通り抜けられる筈もないのに穴の側まで行くと、そこでもまた奇妙なことに通り抜けられてしまった。
目の前にあった黄色い物を、僕ははっしと捕まえる。
「あれ?」
無造作に掴んでしまったから、本当のヒヨコだったら、痛い思いをさせたかも知れない。
だが僕が掴んでいたのは、プラスチック製の黄色い雛鳥のオモチャだった。
四つん這いの状態から身体を起こすと、周囲には柱のように人の形をした物が何体何十体と立っていた。
無機的な白い膚に、可動式の球体関節を剥き出しにした、裸の人形たちだ。
巴旦杏型の、大きな硝子玉の虚ろな目玉。
髪の長い短いはあるけれど、男でも女でもない。
物言わぬ人形たちが立ち尽くすそこは、不気味な雰囲気がある。
それらの人形が動き出しても怖いが、皮靴を鳴らして近付いて来る足音があった。
一瞬リルケかと思うが、リルケは長靴を履いていた筈。
人形の合間を縫って現れたのは、もちろんリルケではなかったけれど、これも僕の知り合いだった。
灰色の半ズボンに、青いVラインの入った白い毛糸のベスト。
教授か誰か大人の物を失敬したのか、足首まである白い上っ張りを羽織っているけれど、それは。
「イリス。それに君は、リトルガァル!?」