逃げた先には
僕もチビも、言い合わせたように素早くその場から逃亡にかかる。
犬たちも、猫に劣らず年老いていたようだ。走る速度もそれほど早くないし、最初から息をゼイゼイさせている。
だからと言って安心とはいかない。
何にしても、工場から出るところがあるか。
見つけられなければ、いつかは追い詰められてしまうだろう。
僕もチビも焦っていたから、最初に入った穴の方に戻ると言う考えも浮かばなかった。すぐに自分が、どこにいるかも分からなくなる。
「んもーっ。謎が解けるんじゃなかったのー」
誰への文句なのか分からないことを言いつつ、僕は逃げる。
チビの姿は、いつの間にか見えなくなっていた。犬も一匹に減っている。
どこかで別れてしまったのだろう。
チビは、捕まったりはしていないはずだ。僕より、ずっと逃げるのがうまい。
僕が無事なぐらいだ。チビは問題ないだろう。
そのまま走って行くと、通路は行き止まりになった。
突き当たりに、場違いな白木のドアがある。
犬は引き離しているが、道を引き返す時間があるかどうか。
鍵が掛かっていたらどうしよう?
扉は開いた。
中は、空じゃなくて人がいる。木屑の敷かれた床に蹲る人影は、小さかった。
振り向いた男の子は、僕も良く知る人物だ。何と言っても。
「えっ。リルケ?」
僕の二つ年下の、八歳の弟。
六人兄弟一大人しくて、生真面目。
末っ子のノエルが生まれた時は赤ちゃん返りをしたり、ママにべったりくっついているのが好きな子だった。
それが田舎の大叔母さんちの寂しい屋敷に嫌がることなく出向いたんだから、人は分からないものだ。
リルケは僕に気付くと、
「ラジニ兄様。ヒヨコの仕分けを、手伝って欲しいんだ」と、言う。
僕は後ろ手に、ドアを閉める。
廃工場から出ると、そこは大きな納屋だ。
木屑を撒いた通路に、リルケは作業用の青いカバァオゥルを着て座っている。足元はゴムの長靴だ。
今は空っぽだが、棒の差し渡された房が並んでいるので、牛か馬を飼う為の小屋なのだろう。
リルケの身体にも、焦げ茶の縞のしっぽと耳がついているが、もう気にならなかった。リルケも僕の弟なんだから、猫に決まっている。
リルケの前には、木箱が置いてあった。
「雌雄の見分け方は本で読んだことあるけれど、実際に出来るかなぁ」
「嫌だなぁ。ラジニ兄様。雌雄じゃないよ。鶏から生まれた卵のと、卵から生まれた鶏で分けるんだよ」
「何だって?」
僕は、頓狂な声を上げる。