磨き鰊工場の秘密
「内側の右手にはパイプが這い回っているから、それを伝えば下まで降りられる」
チビは言うと穴から建物の中を窺い、安全を確認すると、まるで煙や蛇のように身をくねらせて穴の中に滑り込んでしまう。
次は僕の番だ。
穴が広がったのか、僕が縮んだのか。穴を通り抜けることが出来てしまう。
これも夢の法則だろう。
パイプが見えたので、それに手を伸ばすとパイプに指が触れる。
後は木登りに馴れた習慣だけで、無意識に下へ下へと向かう。
床に足が着いて改めてパイプを見れば、直径一センチほどの細い物だ。
錆びだらけで、レースのようにところどころ穴も開いて、壁に留め付けた金具も幾つか腐食して外れている。
人間には無理でも、もちろん子猫なら……ね。
僕とチビは、薄暗くひんやりした廃工場の中をこっそりこっそり歩く。
缶詰工場時代のものか、魚のいい匂いが染みついている。
チビは当てがあるのか、警戒はしつつも目的ありげに歩いて行く。
すると緑色の若布みたいなゴムのカァテンを吊った奥から、何やら怪しげな気配がした。
沢山の生き物のざわめきと、目の細かいサンドペェパァみたいなものでショリショリとこする音がする。
間違いない。ここで磨き鰊が作られているのだ。
その音は、鰊を磨く音か。
逸る気持ちのままにカァテンの端から頭を差し込んで覗いた途端、壁のように並んだ猫の列に迎えられていた。
僕達が来るのを知っていて、待ち受けていたと思しい。
白く濁ったり潤んだものもあるが、老いてなお眼光鋭い目が、僕達を見据えていた。
本当に年寄り猫がいた!
毛が長いの短いの、縺れたの薄くなって禿げたの、青い目・金の目・黒い目。
猫達は思わせぶりに、片手で茶色い棒のような物を押さえている。
鰊、それも磨き鰊だ。
「磨き鰊の秘密は、秘密に閉ざされなければならない」
「好奇心旺盛な子猫を掴まえて、老いるまで〈眠りの缶詰〉に閉じ込めてしまえ」
「八つ目までの命を取り上げて、質に取るのだ」
老猫たちは、意味は分からないものの、何やら怖ろし気なことを言う。
「我等の守り手よ。禁忌に手を出した子猫たちを掴まえよ」
老猫たちの脇から、細身の黒い犬が立ち現れる。
最初からいたのだろうが、影に紛れて分からなかったのだ。
僕は犬が苦手だ、なんて取り繕っている場合ではない。
犬なんて、大大大っ嫌いだ!!!
特に、人を追いかけたり吠えたり噛みつこうとする奴は。