地下の海
ヘルトリンク教授は櫂を取ると天井に上げ、青い物をこそいで、取り出した三角紙に擦り付けた。椅子の背に縛った胴乱に、それを入れる。
作業が済んだので、また出発だ。
グラッドストン教授がブレェキを壁から外すと、再び小舟は滑り出す。
そのあと何度か、壁や天井に光苔が生えていたが、もう停まらなかった。
そんなにスピードも出ていなかったし、時間が掛かったとも思えないが、前から明かりが差してきた。
やがて、洞窟の出口の丸い形になって見える。
小舟は、闇とは違う薄明りの中に出て行った。
小舟はそのまま平坦になった地面をズルズル滑り続け、波打ち際で自重で停止した。
大人二人はベルトを外し、滑落が小舟に与えた影響を調べ出す。
洞窟の出口がある壁からここまで、三十メェトル近くある。
頭上は靄が掛かっていて、巨大な地下空洞を示す天井は見えない。光源が何かも分からなかった。
光る植物に見られるような、青や緑の光でもないし、壁が薄くなってマグマの赤が覗いているような危険な色合いでもない。
地下だと言われなければ薄曇りの海辺だと言われても、少しも疑いは湧かなかった。
地面は赤茶けていて、植物は見当たらない。
グラッドストン教授から聞いていたから、ヘルトリンク教授も舟のメンテと言った雑務に取りかかれたのだろう。
ヘルトリンク教授なら、何か植物がないかとフラフラと彷徨い出してもおかしくはない。
代わりに僕が、波打ち際に近付いた。
砂浜や岩場はなく、海辺からストンと深くなっていた。水は澄んでいるが、すぐに黒くなってそれ以上見通せない。
波は穏やかで水面から十センチほど上にあるだけの地面まで、乗り越えてくることはない。
僕はポケットを探る。
ナッツバァでも入っていないかと思ったが、出て来たのは白い綿毛だった。天使の羽から抜けた物だろう。
僕は数枚を、水に撒いてみた。
寄せ波に乗って壁に叩きつけられたり泡立つ波に飲み込まれて沈んだり、数枚は静かな水面に流れ出てそのままヒラヒラと漂っていた。
やがて黒い水の中からキラリと光る煌めきが、幾つか浮かび上がってくる。綿毛を餌と間違えた魚が、水面に口を突き出して羽を吸い込もうとした。
「甲冑魚みたいな古代の魚では、ないんですね」
僕は、教授達に向かって言う。
魚は手の平ほどの長さがあって、頭でっかちのおたまじゃくしみたいだ。色は桃色と、可愛らしい。
グラッドストン教授が船に船外機を取りつけながら、返事を寄越す。




