第一章 二人の竜の騎士(ドラグライダー)
東の、トゥエル=パロ統一帝国への、西側諸国連合の反攻作戦数日前。
空中で、騎士が駆る竜同士が、激しくぶつかりながら闘っていた。
竜と言っても、我々が思い浮かべる様な伝説上の生物ではない。人の手で作り出した、飛行艇だ。
その姿は、単発プロペラ推進の艇の向きを前後逆にして、方向舵と、昇降舵の替わりに、円筒形の腕を付けた感じだ。
しかし、通常、肉抜きされた骨組みに、薄皮の様な装甲では、ぶつかるどころか少し接触しただけで、空中分解してしまう。
──空中白兵戦闘──
これを可能にしているのが、この世界特有の鉱石、浮遊石を加工し、電圧を掛ける事で、周囲の物体の自重を軽くする性質を利用して得た〝自重制御装置〟による戦車以上の装甲と、上下左右自由に向きを変える事が出来るプロペラに、羽ばたく、昆虫の羽の様に加工した浮遊石による、〝空中自在起動装置〟──そして、各種多彩な武器を操る円筒腕[ガス圧で動かす腕]である。
開発コード〝ヴァルキュリア〟 正式名〝竜〟と名付けられた、他を圧倒する決戦兵器だ。
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「グッ!」
相手竜の左円筒腕から放たれたワイヤーソードを楯で去なした時、嫌な予感に、コウエン・ビ=エクスト騎士爵こと、コウは、自分が駆る竜を、右方向に左自転させながらスライドさせた。直後、目と鼻の先を掠めていく〝銃刃刀〟[この世界特有のもう一つの鉱石、共振鉱を剣・斧・刀等の形に精錬して、銃身に取り付けた武器で、インパクトの一瞬に銃弾の衝撃で刃を共振させ、物体を断ち切る兵器] ワイヤーソードを囮に、死角である真下に移動していたのだ。
コウは、内心の動揺を押さえ込み、一旦仕切り直そうとスモークを撒いて左円筒腕に装備した〝MFベレット〟で、牽制の弾幕を張り距離を取ると、全身を伝う冷や汗に顔をしかめながらも、油断なく周囲を警戒しつつ、対峙する竜に思いを馳せていた。
*
艇体名 〝VF02幸福青鳥〟
艇本体は、自分が駆るものと同じ円筒に近い涙錘形で、同じく、二重反転プロペラと、艇首左右に取り付けられた円筒腕。
エンジンは、空冷複列星型12気筒のアキソン21型。そして、艇本体下部で羽ばたく二対の浮遊羽に、二枚葉の主翼。
幸福の青い鳥=妖精の名に恥じぬ、澄んだコバルトブルーの、猛々(たけだけ)しい竜だ。
それを駆るのは。
自らが所属する、カタリア・クルツ王国至尊の存在。
マキシム・レビ=フローレンス国王陛下──マキシム様である。
壮年の見た儘豪快、誰にでも気さくに声を掛け、歯に衣着せぬ物言いで、周りを振り回しながらも人を引き付けるカリスマ性。
とくに、仲間内での訓練等では対等に接する事を望み、笑顔で強制してくる困った人だが、コウも他の仲間も、彼といるのが楽しくてしょうがなかった。
そんな事を考えていた今も、スモークを抜かれ、意表を突かれた幸福青鳥の攻撃を凌いだ所だった。
「ガッハハッ!よく凌いだッ!!」
周囲を警戒しているだろうコウに、弾幕を楯で防ぎつつ、スモークを正面突破して虚を突く攻撃を仕掛け、凌がれたにも関わらず、マキシムは楽しそうに笑っていた。否、間違いなく楽しんでいた。
好敵手に出会えた事が心底嬉しかったのだ。
そして、精悍な顔付きの青年を思う。
儂の最高傑作にして、最初に設計した竜を託した青年──コウ。
真面目で実直だが、寡黙な所が玉にキズの、仲間内で最も若い騎士。
そんなコウの動きを注視しながら、コウが駆る竜を睥睨した。
*
艇体名 〝VF01不死赤鳥〟
名番を見れば分かるが、儂が駆る幸福青鳥ては、姉妹艇に当たる。
二艇の竜の違いは、先ずは下方向の盾も兼ねるフロートの大きさと数。儂のが中位の物を二つ並べているのに対して、不死赤鳥は、中央に大が一つと左右に小が一対である。
それに、液冷倒立V型12気筒のサイレンTVBエンジン。そして、美しいV字形の主翼だろう。
どんな戦場からでも、無事帰還するようにとの願いを込めて名付けた、燃える様な真紅の、力強い竜だ。
マキシムが睥睨した時から、幸福青鳥より迸る覇気に、今度は、コウの攻撃の番……と言われている気がして嘆息した──だが、次の瞬間には、マキシム様の戦闘行動を考察し、驚かす攻撃、打ち勝つ手段を模索していた。
コウには、どうしても勝ちたい理由があるのだった。