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003.◆スーさん、質問する

「ヒトとは…人間とはいったい…うごごごごご………」

「あ、起きた」


 上空から飛来してこの身を押しつぶし、それから急にがっくり力を失くして動かなくなってた機械のおねーさん(金属でできた蜘蛛みたいな、でも4本足の下半身に、人の女性を模った上半身がくっついてるから、たぶんおねーさんで合ってると思う)が、よく分からない呟きとともに再起動した。


「…はれ?私…いったいどうして……そう、そうだった。私、人に、人を……ううう…」


 目の前で、機械らしい無表情な中に、自省と後悔の嘆き、みたいな響きを声ににじませてるおねーさんは、今まで見た中でもとびっきりに〝生きてる”っぽい機械のヒトだった。

 とはいえ、このままじゃ話もできないしー…


「へいっ!おねーさんヘイっ! こっちこっち!無事無事! おねーさんが気に病むことなんて一つもないんだZE☆」


 割と表情筋が死んでるこの顔だと、笑いかけて安心させてあげることもできないので、せめて声と身振りくらいは精一杯の朗らかさで無事をアピールしてみる。


「えあっ…すみませんっ!私!気づくのが遅くっ…ひあっ!?」


 んっんー…驚いてる驚いてる。それなりに慣れた反応だけど、やっぱそれなりにへこむなー。

 けど、おねーさんに悪気はないんだし、仕方ないことだし、気にしない気にしない。


「その様子だと、こういうイキモノ見るのは初めましてかな?

 スーさんの名前はスーというのさ。

 死に損ない(ゾンビ)なんてやってるけど、ダイジョウブダヨー。コワクナイヨー」


 まぁ、ゾンビな都合上、体のケガとか、もげて失くしたとことか、治ってなくてグロく見えたり、血色悪くて気味悪く見えたりするかもだけど。

 極力包帯でぐるぐる巻きにして隠してるし、腐臭消しのために、お腹の中の肝臓を失くした辺りに屍体寄生性魔性植物のシデユリとか植えてるから臭いとかいっそフローラルだし。

 へーきへーき。大丈夫大丈夫。怖くない怖くない


《Beeeep!!Beeeep!!》


 全身でアピールしてみたけど、おねーさんから聞こえる警告音アラートが鳴りやまない。

 まいったなー。なんかおねーさんなりの悲鳴みたいに聞こえてめっちゃへこむんだけど。

 ……うーん。どーしたもんか。埒が明かないぞなもし。


「……てやぁー」


 すぽーん。

 両手で支えて、頭引っこ抜いてみる。


《BEEEEEEEEEP!!!》


 警告音がひときわ大きくなった。おぅふ。


「へっどおんぬ!」


 きゅぽん。いつか故郷で見た娯楽動画アニメイションを真似て、頭をもとの場所に嵌め戻す。


「ほら、ね?だいじょーぶっしょ?」


 首を傾げてみせて、腐れてるなりにめいっぱい表情筋を動かして、元通りアピール。

 ちょっとおねーさんには刺激が強すぎただろうか、と思わないでもないけど、おねーさんが驚いて気絶した…っぽい前後の状況を、手短に説明するにはこれが一番わかりやすいと思ったんや。ボクはわるくぬぇ!

 ほら、その証拠におねーさんのBeep音もすっかり止んで…やんで…

 ……また落ちてない?


「おーい?もっしもーし?おねーさん、健康―?」

「…………ハイ、ダイジョウブデス」


 おやぁー?なんかずいぶん声硬くない?

 さっきまでの、あんなに〝生きてる”っぽかったおねーさんはいったいどこに行ったんだッ!

 ……まぁ、話ができそうなだけでも良しとしようか、ナー。


「じゃぁ、もう一回改めて。ボクはスー。

 死に損ない(ゾンビ)のスーって言います。

 ご覧の通り体がもげても、くっつければ治る…治る?うん。動かせるし。

 広義ではヒトだけど、人間かどうかで言うと微妙なとこだからさっきのアレやソレは気にしなくていいからね。

 ここまでOK?」

「……はい」


 おっ。幾分か柔らかくなったね。

 うんうん。よきかなよきかな。


「この星は、まー、いろんな人やモノがいろんな手段で流れ着くから。

 たぶん、おねーさんの常識とかあんまり当てはまらないモノばっかりだと思う。

 驚くなとは言わないけど、まぁ、そういうもんだと思っといてね。

 たぶん思っとくだけでも何も知らないよりはびっくりしないし」


 こくこく頷くおねーさん。

 なんだこのヒトかわいらしいな。


「で、さっきここに来てた緑のフード被った二人…MとNだけど。

 あの二人は、新しくこの星に来たヒトに、この星のこととかこの星でのくらし方とかを案内してくれる『案内人チューター』ね。

 おねーさんがオチてる間に、どっか他所に新しい人が来たとか何とかで困ってたから、ボクが案内人チューターのお仕事代わってあげる約束して、行ってもらいました。

 ボクから言えるのはひとまずこんなとこかな。

 さて、そんなわけで。

 こっちの自己紹介は済んだんで、そろそろおねーさんの自己紹介を聞かせてもらいたいねっ!」


 まぁ、ホントはMとNに名乗ってるの聞いてたけど。

 いいじゃんいいじゃん。

 やっぱこういうのはお互いが、お互いに対して名乗るのが〝生きてる”っぽい。


「……え…と…あ、いえ、申し訳ありません。なにからなにまで丁寧に…当機はテリオン星系1番惑星ファルミア惑星軍所属、空前絶後級自律牽引車です。

 す、すみません。スー…さま?大変な失礼を申し上げるのですが、その、スー様のような方にお会いさせていただくのはこのたび初めてでして、その、プロファイルカテゴライズがうまく行かないと申しますか、適切な応答パターンの選出ができなくてですね、そのぅー…」


 なんだろう。

 なんかとってもしどろもどろしていらっしゃるけど、正直何を言ってるんだかさっぱり分からん。

 ボクみたいなのに会うのは初めて、って言ってたのは分かる。

 それ以外のところがよく分からん。

 うん。


「まぁ、そんな難しく考えない考えない。

 ほら、スーさん、脳みそ腐りかけでさ!

 あんまり難しいこと言われてもわかんなくて!」


 HAHAHA!ゾンビ―ジョーク!


《Piiiiiiii》


 まさかの警告音アラート対応ですよ!

 いや、我ながらウケるとはあんまり思ってなかったけどさ!?


「す、すみません。

 では、えーと…できるだけ簡単な言葉遣いを心がけますね?スー様」

「ハイ、ソレデオネガイシマス」


 やだもうはずかしい。

 両手で顔を覆って、今度はボクが声を硬くする番だった。

 落ち着け、落ち着くのだスー。びぃくーる。


「……とりあえず。『様』付けは要らないかな?

 別に上下関係があるわけでもないし、あんまり他人行儀にされても話しづらいし」

「了解しました。では、スーとお呼びしますね。ほかに敬称が必要でしたらお申し付けください」


 おや、素直。

 ……っていうかテンプレ回答っぽいかな?

 変に手馴れてるというかこなれてるというか、おねーさんにしては受け答えがスムーズというか。


「じゃあ、敬称は要らないけど。

 おねーさんのことはクーさんって呼ぶね」

「はい、かしこま……はい?」


 おねーさん改めクーさん、なんか急にきょろきょろし始めたけど、これって『おねーさんって誰のことだろう?』ってことかなー。そーなんだろーなー。


「おねーさん。あなた。YOU。お前さま。のことを、クーさんって呼ばせてもらうよー?」

「……はぁ。

 あ、いえ、ごめんなさいっ…ええと。意図を聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」

「うん。なんちゃら星かんちゃら軍所属クーゼンゼツゴキュー自律牽引車って長いから。

 所属は省いて、クーゼンゼツゴキューって言うのが名前っぽかったから、その頭採ってクーさん」


 うん、我ながらいいネーミングセンスだ!

 どやぁ。


「えと。えー。はい。

 そのぅ…空前絶後級というのは文字通り、空前絶後…後にも先にも同階級の兵器が生まれることはないという意味を持ってつけられた、兄弟機みんな共通の階級と言いますか、ファミリーネームのようなものと言いますかー…いえ、ファミリーネームも名前に違いはないのですけど固有名詞とは少し違うと言いますか、あ、でも、ニックネームとしてはそれなりに妥当?兄弟機間の愛称以外にほかに固有名詞があるわけでもないし。せっかくつけてもらったニックネームを訂正することもないよね。うん、そう。そうだよね。私はクーさん私はクーさん…」


 ごにょごにょ言ってらっしゃるクーさんの口調が崩れてる気がするけど、これ、独り言なのかなー?

 どっちかってと考え事してる内容がぽろぽろ零れてる感じなのかなー。

 この、そこはかとなく漂うポンコツ感…嫌いじゃないぜ!

 ……ってのはまぁいいとして。

 そろそろ話を元に戻しとこうかー。


「へーいクーさん?クーさんやー。

 話を戻すけどさー。

 スーさんはMとNの二人から、クーさんの案内チュートリアル任されててさ。

 クーさんに、この星で暮らしてく上でのご案内をいたしたいと思うのだけどさー。

 えーっと…」


 ……どこから話を始めたもんかなー。


「クーさん、食べ物とかは?

 あ、食べ物って言い方でいいのかな…エネルギー源?生きる糧とかなんかそんなニュアンス」

「あ、それでしたらおかまいなく。

 原子核を陽子と中性子で構成した物質でしたら一通り分解して熱源とする動力炉を搭載しておりますので…

 えーとー…簡単な言葉遣い簡単な言葉遣い…つまりですね…さ、触れるものだったら大体食べられますから。大丈夫、です。よ?」


 うん、分かりやすい!ありがと!

 でも、なんかものすっごく自分の頭が悪いみたいな気がして心が痛い!ふしぎ!


「じゃ、じゃぁ、ご飯の心配はいらないってことでー……。

 それじゃ、何かしたいことってある?さしあたっての方針とか。目的とか。なんかそんな感じのやつ」

「あ、当機の目的でしたら。『自己の投棄』。

 すなわち、私自身の破壊ないし、他者に利用されることのない環境下への隔離となっております。

 えーと、つまり、ですねぇ…自殺、と表現するのが分かりやすいでしょうか?」

「ふむふむ。…ん?ごめん、なんて?」



 なんかものすっごくさらっと言うもんだからそのまま話、進めそうになったけど。

 クーさん、すんごいさらっと剣呑なこと言わなかった?


「わ、分かりにくかったでしょうか? 自殺、つまり、えーと…うーん…自らの破壊です。デストロイです。ほか、ほかには…すみません、言語記憶領域ライブラリを検索しますので少々お時間いただいても…」

「あ、いやうん、ごめん。分かった」


 うん、分かった(肯定するとは言ってない)

 ……えぇー。クーさん自殺すんの?まじで?

 うへぁー。まじでかー。そいつぁ〝生きてる”っぽくない。〝生きてる”っぽくないですなー。


「んーー……んんー…よっし、おっけ。わかった。

 じゃぁ、まぁ、〝ひとまず”その方向で」


 まぁ、いろいろ聞きたいこととか言いたいこととかあるけど。

 なにせ今のスーさんはMとNから案内人チューターを任されているので。

 その辺のいろいろはひとまず置いとこう。

 あくまでひとまず。


「じゃぁ、最後の質問ね。

 しばらく、クーさんについていこうと思うんだけど、いい?」


 さてさて。クーさんの返答やいかに?

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