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002.◇クーさんの現状確認

―――緊急緩衝シークェンス終了

  母星型大気組成確認

  自動宙間航行モードを不適と判断

  メインシステム、通常モードで起動します―――


 ん……うぅん……

 はれ? 私、起きてる?

 私、父さんに「要らない」って…

 ……そう。父さんたちに、要らないって、言われて。

 宇宙に、ポイって。捨てられて……

 うぅぅ…もう、いいじゃない。起きたっていやなことしか思い出さないんだから、せめて寝たままでいさせてくれてもいいじゃない、もう……


 ………はぁ。

 いくらAI(わたし)が寝たいって思っても、いっそAI(わたし)自身の削除を申請しても、統合制御システム(わたし)がそれを許してくれない。

 いいよいいよ分かってるよ。

 AI(わたし)が起きてるってことは、何か、簡易機体制御システムじゃ判断しきれない、有機的判断が必要な事態が起きてるってことなんだから。

 それ解決したら、せめてもう一回寝るくらい許してもらえるでしょ?

 えーっと、なになに?システムログによるとー…


 ……うっそなにこれ。

 超重力反応が複数…?ブラックホールが複数、しかもこんな近距離で?

 あ、そっか、この加速度遷移は、つまり超重力の加速度と均衡する速度でブラックホール同士が公転軌道を描いて遠心力とお互いの重力とで釣り合い取ってるのね。

 …信じられないけど、システムログの連続性にバグの痕跡もないしなぁ……。

 けど、こうしてシステムログ読んでる現状としてはブラックホールに飲まれてるわけでもないわけで。

 うーんと…近距離走査の情報によるとー…?

 母星型大気組成に、高分子有機体反応がえーっと……たくさん。

 うぅー…このテの情報収集解析は(レド)ちゃんの仕事なのよ。

 私のお仕事はこういうのじゃないんだから、もう……くぅ、愚痴っても仕方ないか。

 光学観測カメラアイ、起動、と…


 さぁっと、開ける視界。

 そこには、母星にいたころでさえデータベースでしか閲覧したことがなかった光景が広がっていた。


 真っ青な空には白い雲が浮かび、見渡す限り大地を覆った緑の草たちは思い思いに花をつけたり実を結んだりしては吹き抜ける風にその身を揺らしている。


 ……うわぁ。


 視覚器官カメラアイから入ったあまりの情報量に処理が追い付かず、スパークしたみたいな回路が無数の小さなバグやノイズを生んで、それが不思議と心地よい。

 私の言語記憶領域ライブラリが、もっともそれに近似の単語を教えてくれた。

 それは、人の言葉で、感動、と呼ばれるそうだ。

 すごい。

 一瞬、いやなことも、しなきゃいけないことも忘れそうになる。

 ……っていう思考が、そのどちらもを思い出させてくれた。

 いいじゃない。もうちょっと初体験のこの感覚を味わわせてくれたっていいじゃない、もう…


 ……えーっとぉ…状況確認ー…ブラックホールが超高速で飛び交う超絶危険宙域に飛び込んだら、流れ流されその中心に存在してた母星型天体にたどり着きましたよ、ってこと?

 一体どれだけ10のマイナス乗を繰り返した可能性を乗り越えたらこんなことになるのか分からないけど、遠距離観測の走査波形と目の前の状況、それにシステムログ。私の信用できる情報の全部がそう示しているわけで……。


 捨てられた私の機体目標は「自己の投棄」なわけだから、ブラックホールに吸われて壊れちゃえばよかったのにね。

 なんでまだ壊れもせずに〝生きてる”んだろうね、私。

 

 けど、これで私が起こされた理由は分かった。

 超絶危険な宙域に身投げしても壊れられなかったから、キチンと壊れるためにこの天体から抜け出て、もう一回ちゃんとブラックホールに身投げしなさいよってことだ。


 その、「天体から抜け出す」手段が手元にないから、高度で有機的な判断が可能なAI(わたし)の出番、と。そういうわけだ。

 だって私、母星型惑星の重力圏から脱出できる規模の推力なんてないもの。

 そういうのは(スラスト)くんのお仕事なんですー。私にできるのはのろのろ地面を進むことだけなんですぅー。


 なんて、愚痴ってても何も始まらない。やることが分かったんならまず行動ー…ここが母星型の惑星ってことなら、地下採掘して資源調達すればいいかな。データバンク漁って各種加工技術を習得、使い切りの原始的なロケットでも組み立てて…っとー…

 どうせ、〝壊れること”さえままならないんだから、時間はたっぷりある。のんびりやろう。うん。


 そんな風に、考えをまとめようとしていたら……


「すまない、話をさせてもらっていいかな?」

「ひゃいっ!?」


 不意に声を掛けられて、思わずAI(わたし)の素で驚いた声を漏らしてしまった。

 いけないいけない。これでも私は母星を救った英雄の一機ひとりで、弟妹達のお姉ちゃんなんだから。

 みっともない受け答えはできないぞっと。

 ……あれ?でも、近距離走査に〝接近する誰か”なんて反応はなかったし、それに今、このヒト『私の母星の言葉で呼びかけてきた』ような……?


「………応対が遅くなりまして申し訳ありません。当機はテリオン星系1番惑星ファルミア惑星軍所属、空前絶後級自律牽引車です。 失礼ながら質問を返させていただきます。

 貴君の所属ないし帰属する団体名および個人名をお答えください」


 ……嘘は言ってないよね。一応私たち、事実として廃棄された身だけど、曲がりなりにも〝救世の英雄”として、公には永久名誉機体として軍籍は残されてるはずだもの。


 さて、唐突に表れて母星の言葉を喋る、この〝誰か”はどう応えてくれるのだろう?


「ああ、こちらこそ礼を失してしまったね。すまない。

 わたしは(エヌ)。今はただのNだ。それからこちらにいるのが……」

「どーもっ!(えむ)って呼んでくれたらいいよっ!」


 声の主は二人いたみたい?答えが返るまでの間にカメラアイを巡らせて確認してみる。

 うん。そこにいたのは、深緑のフード付きマントをすっぽりかぶった、小柄な人型だった。

 ……それはいいけど。フードの奥の顔を、どれだけ光学感度上げても観測できないってどういうこと?

 二人が返した応答にしても、まともに答えるつもりがあるとは思えないものだし…あるいは、「答えられない」ってことを言外に教えてくれてるってことなのかな?

 

 そんな、人間で例えるなら〝怪訝に見つめるような”幾ばくかの時間。

 口火を切ったのは相手の方だった。


「信用もあったものではないかもしれないけれどね、私たちに、君を害する意図はない。そのことは最初に言わせてもらうよ。

 それでは、早速話に入りたいのだけど……」

「その前に! 牽引車のおねーさん!そこどいてあげて!」


「え?あ? ……!」《Beeeep!》


 Nが喋りかける前に、Mが指し示した〝足元”に目を向け、思わず悲鳴の代わりにけたたましいアラートが響いた。

 なぜって。そこには、人の死体があったからだ。

 世界を救うことを目的に作られた私には、叶う限り人的被害を出さないよう、幾重にもプロテクトのかかった命令が、システムの深層に刻み込まれている。

 そのプログラムが発する、人間で言えば本能的とさえ呼べるかもしれない、嫌悪感、あるいは忌避感、いっそ恐怖と呼んでもいいかもしれない強い衝動に弾かれるようにして、私は思わずその場を飛びのいた。


 …確かに、足元を確かめることはしてなかった。

 近距離走査では周りの植物体の有機反応に紛れてしまっていたし、さっき声をかけられるまでは、まさか人間がこんなところにいるとは思わなかったから。それが、まさか、ピンポイントで足元にいたなんて……


 AI(わたし)の演算回路は、そんな言い訳めいた状況分析を次々吐き出すけれど、そのAI(わたし)よりもっとずっと奥にある統合制御システム(わたし)に強く強く刻まれた命令プログラムが、私自身のしでかしてしまったことを断罪し、糾弾する声を上げている。

 人間への危害、殺傷を加える行為、損傷を負った人間を即時救難する義務の不履行、失敗を犯したAIをはじめとするシステムの修正要求、そんな内側からの声が反響して、AI(わたし)を混乱させる。

 人間を傷つけてはならない。

 傷ついた人間を助けなくてはならない。

 人間を殺してはならない。


 不履行。不履行。不履行。不履行。


「……すまない、気づかなかった。というか、よく気が付いたね、M」

「Nってばお仕事ってなると視野狭くなるとこが良くない癖だよねー。

 まー、あのヒトは血痕散らしたりしないし、多少仕方ないとこもあるけどー」


 何処か遠くから聞こえるような、NとMと名乗った二人の声は、事態に反してのんきにすぎるような気がする。

 それを受けて、混乱したままのAI(わたし)をよそに、カメラアイが光学観測の結果を送ってきた。

 ……けど、あれ?確かに、あっておかしくないはずの血痕が…ほとんどない?


「まぁまぁ。スーさんの〝組み立て”はボクに任せて。

 Nは牽引車のおねーさんにいろいろ教えてあげてー」

「……分かった。そちらは頼んだよ。

 すまなかったね、スー。お詫びはまた後程、改めて」


 MとNの二人は、まるで当たり前のように、私の下敷きになっていたその人…二人の呼びかけを聞くに、スー、というのだろうか?…に声をかける。

 一体どういうことなのか、と見守る私のカメラアイ()に、信じられない光景が飛び込んできた。

 体の大半がつぶれ、ひしゃげ、どう見ても即死としか見えない肉体の中にあって、辛うじて、そして不自然なほどに損傷を免れていた頭部が、ほんのわずか笑みを…まるで、「気にしなくていい」と語りかけるようなソレ…を形作り、それに合わせて、口をパクパクと開閉して見せたのだ。 


 それを見た私は。

 先刻から積み重なっていた「人間へ危害を加えること」の定義が揺らぎ、自らを弾劾する声と、定義の見直しを要求する声と、目の前の事態を理解すべきと求める声と。

 自分の内側から聞こえる声と、声と、声と、声に塗りつぶされて。

 ふつりと唐突に、自意識(AI)がダウンした。

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