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001.◆スーさんの(非)日常

「しゃぁコラおぅコラやンのかコラあぁあんっ!?」


―――ばさばさばさっ


 ふっ、なんと他愛のない。鎧袖一触とはまさにこのこと。とか。逃げ去る相手を眺めて、つかの間の勝利で悦に浸ってみるのも〝生きてる”っぽい。

 たとえその相手が、目の前の穀物をついばんでた小鳥だったとしても。


 飛び去ったその鳥を眺めるのはほどほどにして切り上げ、改めて目の前の穀物に目を落とす。

 元々の目的は、こちら。穀物というか、食べられるものの収穫だ。断じて決して弱い者いじめではないのだ。さっきのは、ただちょっと競合しちゃった運のない小鳥を追い払ってあげたっていう、ただそれだけの親切心なのだ。


 いや、実際さっきの小鳥たちは運が良かった。

 相対したのが自分でなかったら、捕まえられて収穫物と一緒に今日の晩御飯に一品添えることになるまであり得た。


 そう。小鳥を捕らえず逃がしてあげる、そんな慈悲深い邂逅を得られた奇跡に感謝するべきなのだ。

 違うから。小鳥を捕まえられる腕っぷしもないから開き直って追い払ったとかじゃねぇから。


 ……コホン。


 なんてね。聞く相手もないのに自らの力不足をごまかしてみるのも〝生きてる”っぽい。

 あー、素晴らしいなー。生きてるみたいなことができるって、ほんと、素晴らしいわー。

 その素晴らしさに感謝しながら、いい加減収穫作業に移ろう。


 何せ、ここ、タイサイ平原は、ある種理不尽なレベルで土地が肥えてる。

 そりゃもう、誰も手入れしなくっても野菜や穀物が実り放題になっちゃうレベル。

 おかげで畑を守り耕す農家って概念さえないから、こうしていいとこどりの収穫だけしに来る、みたいな仕事が成り立つんだけど。


 土地の所有権を持つヒトがいないってことは、だれでも取り放題ってことでもある。

 それはもう、ヒトでも鳥でもケモノでも、だ。


 ヒト同士であれば、収穫が早すぎたら美味しくないしちょっと出遅れたらだれかに先を越されるなんていう、大人数で囲んだ鉄板で肉の焼き加減に目を光らせるようなジレンマが発生するし。

 鳥が相手でも、楽しみに目をつけてた美味しいとこを横合いからさらわれることに気を揉まなきゃならないんだから似たようなもん。


 けど、一番おっかないのはケモノ相手だ。連中食べる量が半端ないし、食べごろなんて気にせず乱雑に食い散らかすし、おまけに運悪く鉢合わせたら容赦なく追い払おうとするか、ヘタしたらこっちまで食べにくる。

 ケモノにしてみたら、ヒトのことなんか食卓で飛び回る羽虫か、サラダの葉野菜に挟まったハムかベーコンか、くらいにしか思ってないのかもしれなかった。


 ケモノを逆に狩ることができるヒトにしてみたら、晩御飯のおかず候補が都合よくうろついてる、程度のことなのかもしれない。実際そうやって日々の糧を得てる人も少なくないし。

 けど、残念ながら世の中そんなに屈強でたくましい人ばっかりじゃないのだ。たとえば自分とか。

 もしも。もしもケモノと出くわしてしまったら。 も・の・すご~~~く頑張れば、あるいは追い払ったり、逃げ切ることもできるかもしれない。けど、それはあくまで運が良ければの話。

 平穏無事に〝生きてる”っぽく生きられればそれでいい我が身としては、そんな腕試しみたいなピンチは要らないから、ただただ無事に、おっかないケモノに出くわすことなく一仕事終えて帰りたい。

 帰ってご飯食べて寝て起きて平和に仕事したい。

 そのためには、そう、ケモノに出会わなければよいのだ!

 …よいのだけど。 こんなことしてる間にケモノが接近してないよねニアミスしてないよね念のために安全確認しとこうそうしよう。

 そんな風に思い立ち、いまだに仕事に手を付けもせずに、右見て、左見て、安全確認。

 右よし。左よし。ついでに正面。よし。

 やれやれ、これでやっと安心して収穫できるぞ。

 よぉーし、まずはこいつだ。黄金芋!

 いやぁ、良いツルしてるねぇ、ほら、そんな恥ずかしがって地中に潜っていないで顔を見せなよ。君を待ってる人がたくさんいるんだ。帰ったら紹介してあげるよ。きっと気に入ると思うよなんたってみんないい人たちばかりで…


 ……なんて。小芝居を脳内に巡らせながら、えっちらおっちら芋ほりしてたら。

 不意に、影が落ちたみたいに暗くなって。

 そうそう、今日は雨が降りそうだから一人で来たんだったって思い出して。

 なんせ、雨が降り出すと、ケモノたちはおとなしくなるから。これで一人でのんびり収穫できるぞ、って、思って。

 それにしたってやけに暗くなるのが早いなぁって。その割にはいつまでたっても雨粒が来ないなぁって。

 頭上を見上げて。


 ―――うん。安全確認は右、左、正面の後、次からは頭上も加えておこう。と。そんなことを思いながら。

 天から降ってきた『ナニカ』に、押しつぶされた。


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