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DESTROY  作者: 氷室
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第九章

 瞳と洋介の仲直りが実現した次の日、洋介は朝食を食べようと入ったキッチンで想像もしていない光景を目の当たりにしていた。

「あっ、洋介。おはよう!」

洋介に元気よく挨拶をする一人の少女。それは瞳だった。キッチンにあるテーブルでコーヒーを優雅に飲んでいる。

 洋介はどういうことと今度は母親に顔を向けた。

「瞳ちゃん、洋介と一緒に学校行きたいんだって。それであんたが起きてくるのを待ってたのよ」

「一緒に学校に行く? 何で?」

洋介は疑問の表情をして首を傾げる。確かに仲直りはしたが、洋介には奈々美という彼女がいる。その彼女を差し置いて瞳と登校など出来るわけがない。洋介は却下しようとした。

だが洋介の表情から次に出てくる言葉を読んだのか瞳はテーブルを離れて洋介の側に寄る。

「洋介、ちょっとこっち来て」

「お、おい、俺は……」

「いいから」

瞳は洋介の言葉を遮って洋介をキッチンの外へ連れ出す。突然腕を掴まれて引っ張られた洋介は瞳の強引な行動に驚き、それ以上何も言えない。完全に瞳のペースであった。

「洋介、私昨日彼氏達に襲われたって言ったよね?」

洋介を廊下に連れ出して洋介に向き直った瞳はそう話し出した。瞳のペースに巻き込まれている洋介は文句を言うことも忘れて瞳の言葉に頷く。

「そのせいか分からないけど一人で外を出歩くと……不安なのよ」

「……そうか」

「だから……悪いんだけどこんなこと洋介にしか頼めないの。お願い、私と一緒に学校まで行ってくれないかな?」

「……」

瞳の要請に洋介は悩んでしまう。今の洋介には奈々美という彼女がいる。その奈々美を差し置いて他の女の子と、それもかつて洋介が想いを寄せた相手、瞳であるとなれば奈々美にいらない心配を与えかねない。

 だが瞳がこうして自分を頼ってきている以上、それを放って置くこともまた洋介にとっては出来ない。まさに板ばさみ状態である。洋介は様々な考えが頭を巡って身動きが取れなくなってしまった。

「……駄目かな?」

 悩む洋介に対して瞳は不安げな顔つきでそう尋ねる。これは強力だった。そんな瞳の仕種に洋介はこのまま放っておけないという使命感を感じてしまった。

「分かったよ。一緒に行くよ」

「ホントっ!? ありがとう洋介!」

「うおっ、おい抱き付くなよ」

 結局承諾した洋介に瞳は嬉しそうに抱き付く。その柔らかい感触に洋介は慌てて瞳を振り払う。その顔は真っ赤になっており、瞳には洋介の心境は丸分かりであった。

「柔らかかった?」

「う、うるさい! 準備してくるから待ってろ!」

 瞳にからかわれ洋介は顔を更に赤くしてキッチンへと入っていく。そんな洋介の様子に満足したのか瞳は洋介の部屋へと向かい、洋介の部屋で待機することにした。勝手知ったる幼馴染の家である。仮に誰かに見つかっても何にも問題はない。瞳は堂々と二階へと上がり、洋介の部屋に入る。

「洋介の部屋……洋介がここに戻ってくるまで十分はあるはず……」

 瞳は息を荒くしながらも冷静に洋介の行動を計算する。洋介は着替えよりも朝食を優先したのか寝間着の格好でキッチンへと現れた。そのため食事を終えればここへと戻ってくる。その短い時間に気を付けながら瞳はこの好機を逃すまいと手を制服のスカートの中に差し入れて下着を脱ぎ始める。

「これをベッドの下に入れてと……」

 瞳は脱いだ下着を洋介のベッドの下に投げ入れた。そして次には鞄から取り出した予備の下着を装着する。

「まあ、こうしておけば洋介へのプレゼントにもなるし、上手くいけば……」

 瞳は怪しい眼光でベッドの下を見つめる。そして今度は鞄の中から瞳のトレードマークであるポニーテールを纏めるリボンを取り出してそれをベッドの上に投げる。

「とりあえずすぐには洋介に気付かれないようにしないと……」

 瞳はそう言うと鞄をその上に置いてリボンを隠した。これで洋介が下校するまでは隠せる。やるべきことを済ました瞳は一つ息を吐くと鞄の横に腰掛けた。

「いつもここで洋介が寝てるのよね……。どうしてだろう……そう思うだけでドキドキしてくる」

 瞳はともすればベッドに顔を押し付けてその染み付いた洋介の匂いを嗅ぎたい衝動に駆られた。しかしいつ洋介が戻ってくるかわからない。瞳はその恐れから湧き上がった衝動に身を任すことは避けた。

「やっぱり好きになっちゃったんだよね……」

 瞳はそう独白を続けながらベッドのシーツを人差し指で弄る。そして制服が皺になることも厭わずにベッドに寝転がった。

「今思うともしかしたら昔から好きだったのかもしれない。それが照れくさかったから逆にあんなに避けちゃったのかなあ……」

 瞳は過去の自分を思い返して新たな発見をしたような気がした。今の自分だからこそ分かる昔の思い。それを知った瞳は無性に悔しい思いが込み上げてくるのを感じた。

「しまったなあ……好きって素直に認められたらもっと前から洋介と一緒にいられたのに」

 瞳は過去の自分を叱ってやりたかった。あんなに洋介に対して酷い態度を取り続けたことは間違いなくマイナス要因だった。それをこれから挽回していかないといけない。余計なことをしたもんだとため息をついてしまう。

「とりあえずまずはあの女をどうにかしないといけないわね。小山田菜々美だったっけ?」

 それまで物思いに耽っていた瞳の眼光が菜々美の名前を出した瞬間、鋭く光る。まさにその目は獲物を見つけた狩猟者の目だった。自分に立ち塞がる敵は全て排除するという決意がその目には込められている。

「まあ、それでも直接何か危害を加えちゃ駄目ね。そしてあっちの方から動いてもらわないと」

 そのために工作をしたのだと瞳は視線をベッドの下に向ける。これで菜々美が疑心暗鬼に囚われてくれれば重畳と期待を込めて自らの下着に軽く拝む。よくよく見れば滑稽な姿である。

 瞳がそのように工作をしていると階段を昇る音が聞こえてきた。恐らく洋介であろう。瞳はすぐさま立ち上がって本棚へと向かう。そして適当なマンガを一冊見繕い、それを持つと再びベッドに腰掛ける。その瞬間、洋介がドアを開いて部屋の中へと入ってきた。

「おっ、ここにいたのか。どこ行ったかと思ったぞ」

「ごめん、勝手に入ってる。それにマンガも借りてまーす」

「自由だな……。まあいいけど」

 洋介は勝手気ままな瞳の行動に呆れながらも特に小言も言うことなく箪笥へと向かう。そしてカッターシャツとTシャツを取り出すと瞳の方へと顔を向ける。

「なあ、俺着替えるんだけど」

「うん、どうぞ」

「いや、部屋から出てもらいたいんだが……」

「私なら気にしないよ。今、いい所だから読んでたいの」

「そうすか……」

 これは何を言っても無駄だと悟った洋介はそのまま寝間着を脱いで着替えを始める。その瞬間、マンガに向けていた瞳の視線は洋介へと素早く移った。洋介に悟られぬようベッドに横たわり、マンガで視線を隠しながらチラチラと着替えを凝視する。

「ああ、私変態だ……」

 小さくそう呟く瞳はその時だけ覗き魔の気持ちが分かったような気がした。ただ違うのは誰でもいい彼らとは違い自分は洋介しか駄目だということである。覗き魔の醜い欲望とは違い自分のはあくまで純粋な愛ゆえの行為。瞳はそう自己弁護しながら覗きを続行する。その何も見逃さないという目つきは純粋という言葉が似合わない程ギラついていた。

「小山田菜々美もまだここまで見たことはないでしょ。洋介の初脱衣シーンは私のものよ……。はっ、でもあの子遊んでそうだから

もう洋介を襲っちゃってるかも……」

 ぶつぶつ呟いている瞳は洋介が見つめていることに全く気が付いていない。洋介は微かに聞こえてくる声に反応して瞳へと視線を向けていたのだった。

(瞳ってこんなキャラだったか?)

 一人で呟いては一喜一憂し、その場で悶えたりにやけたりしている姿は洋介が知っている瞳の姿ではなかった。

 洋介が知っている瞳は明るい少女ではあったが、こんなハイな子ではない。そして中学校終わりあたりから高校にかけて少し大人ぶったキャラを作ってはいたが、こんな姿はやはり見たことはない。新たなキャラの出現だった。

「おい……何ぶつくさ独り言言ってるんだ?」

「えっ? な、何でもないよ……?」

 初めて洋介が自分を見ていることに気が付いた瞳は如何にも怪しい態度で誤魔化そうとする。洋介としては色々突っ込みたいところではあったが、貴重な朝の時間を無駄に費やすことは出来ない。洋介はそれで納得したふりをして手早く着替えを済まし、登校の準備を続ける。

「時間は……まだ余裕あるな。いったい家には何時から来てたの?」

「洋介の起きてくる十五分前ぐらいかな」

「それで俺が起きてくるまでコーヒー飲んでたってわけか」

「うん、それに久しぶりにおばさんと話して楽しかったわよ」

「……母さん変なこと言ってなかっただろうな?」

「さあ、どうでしょう?」

瞳はすました笑みを作りながら洋介をからかう。その様子は昨日に比べて更に元気になったように見える。

(だけど確かにダメージは残ってるんだよな……)

洋介はそう考え出すと瞳が健気に思えてならない。力になってやらなくてはと改めて使命感に燃える。

「そんじゃ準備も整ったし、行くか」

「うん。行こう」

二人は連れ立って玄関へと向かう。時間はちょうどいつも家を出る時間。思わぬ事態が起こったが、いつもどおりに家を出るあたりが洋介らしい。

「二人で学校に行くのってどれぐらいぶりだろうね」

「中学の最初あたりじゃないか? お前が一緒に行くのを嫌がったから」

「そ、そうだっけ? 私そんなこと言っちゃってた?」

「ああ、はっきり断られた」

(何やってくれちゃってんのよ、過去の私!)

瞳は過去の自分にまたまた文句をつける。確かに自分がやったこととはいえ、どれだけ不安材料を準備してきたのかともう呆れるしかなかった。

しかし瞳はそのままでは終わらない。過去の失策を埋めるベく積極攻勢に出る。

「それじゃ行こう、洋介!」

「お、おいっ! 腕を絡ませるな」

「どうして? もし私が連れ去られそうになったらどうするの?」

「その時も何とかしてやるから。それよりも……む、胸が……」

玄関を出るなり洋介の腕にしがみついた瞳は自慢の胸を洋介の腕に強く押し付ける。何のことはない。瞳の挽回策は色仕掛けであった。

しかし恐らく多くの男に有効であろうこの策は未だ初な洋介には逆効果であった。洋介は顔を真っ赤にし、辺りを忙しなく見回しながら何とか瞳の体を離そうと奮闘している。

「何でそんなに暴れるのよ。嬉しいでしょ? 気持ちいいでしょ?」

「そ、そういう問題じゃない!」

「あっ……」

洋介はそう一喝すると腕を瞳から引き離す。

(こ、これじゃ奈々美が二人に増えたみたいだ……)

洋介は朝からハイテンションな瞳に奈々美がオーバーラップしたように見えた。二人は全く違う印象の女の子だと洋介は考えていたが、意外にそっくりだということが身を以って分かった。

そうなると次に瞳が起こすであろう行動も予測がつく。恐らくグチグチと嫌味を呟きながら後ろからついてくるであろう。

洋介はその機先を制しようと直ぐさまフォローに入る。

「ごめんな。やっぱり俺、あんなの恥ずかし過ぎて……」

「あっ……うん。私も少し悪のりしすぎちゃった。ごめんなさい」

こういう時は素直に謝るに限る。洋介は下手に強がったり、相手の非を訴えるようなことは泥沼だとよく分かっていた。実際に奈々美でそういう事態を招いたことがあるからだった。これが果たして奈々美や瞳限定なのか広く使えるのかは分からないが、とにかく洋介は場を収めることに成功した。

「それじゃ今度こそ行こうか」

「うん……」

二人は改めて登校を開始する。過剰に近付くことはなく、かといって過剰に離れることもなく二人は並んで歩いていく。

歩き始めてからの瞳は先程の様子が嘘のように静かにしている。洋介と喋りながら歩いてはいるが、大人しく騒がず歩いている。

そうなると元々が美人なだけにまた違った魅力が瞳から滲み出す。そんな瞳を見て、洋介は鼓動が速くなるのを感じていた。

(しかし大人しくしてるとガラっと印象が変わるな。さっきまでは可愛い感じだったのに今はどっちかというと綺麗だもんな)

自分で気付かない内に洋介を魅了してしまっている瞳はとにかく大人しくしようと努める。これ以上洋介の心象を悪くしたくないという消極策だったが、実際には効果覿面であった。

 そしてそれに気付いてない故に調子に乗った暴走をしてしまう恐れもない。瞳は知らず知らずの内に下手に考えるよりも効果的な作戦を実行していた。

互いに口数は少なくなったが、それでもいい雰囲気のまま二人は登校する。まるで幼い頃に戻ったような仲のいい光景なのだが、その時間も長くは続かなかった。

「あっ、やばっ」

「ちょ、ちょっと急にどうしたの?」

(そういや奈々美のことすっかり忘れてた)

洋介が思い出したのは奈々美との登校の約束だった。いきなり朝から不測の事態が起こったのですっかり忘れてしまっていたのだった。

洋介は時計を見る。隣に瞳が一緒に歩いている分、時間はいつもより遅めになっている。それは即ち先に奈々美が待っていることだった。

(このままだと奈々美に誤解されかねないな……)

洋介は背筋に冷や汗が流れるのを感じた。今までの経緯から他の女の子ならともかく瞳と登校というのは間違いなく奈々美の疑心を煽るだろう。そうなった後はもう想像もつかない。ただ積極的な性格だから、恐らく直接糾弾されるだろう。

「ひ、瞳! あっちから行かないか?」

怯えた洋介は瞳に進路変更を提案する。奈々美と瞳を鉢合わせるのは何としても避けたかった。

「何で? こっちのが近いじゃない。このままでいいでしょ」

しかし洋介の提案を瞳は即座に却下する。当たり前だろう。時間のない朝にわざわざ遠回りをする道理などない。瞳は洋介の手を掴んでそのままの道へと進み始める。

「ひ、瞳! こっちの道でいいから。いいから手は離して!」

「そんなこと言って置き去りにされたら堪らないわ。離さない」

「ちょっ、おまっ」

瞳は尚も洋介の手を掴んだまま突き進む。その力は凄まじく、洋介はなされるがままに連れていかれる。こうなっては洋介に出来ることは奈々美が遅れてくるのを願うだけだった。

「ああ……あの角を曲がると……あぁ」

「何呻いてるの?」

「俺の命運が今まさに決まろうとしているのだよ……」

「はっ?」

全く事情が飲み込めない瞳は疑問の表情を隠せない。そして洋介の嘆くところが分からないまま運命の角を曲がる。

(ええいっ、ままよ!)

洋介を意を決して瞳に引きずられるのでなく自ら足を踏み出す。その視界には。

「あ、あれっ?」

誰もいなかった。いつもの待ち合わせ場所には奈々美の姿はなく道が広がるだけである。拍子抜けした洋介は思わず腰砕けになってしまう。

「ちょっ、洋介! 重いっ!」

「あ、ああ。すまん」

洋介は直ぐさま力を入れ直し瞳に加えてしまった負荷を取り払う。

そんな洋介の挙動により一層の不審さを感じた瞳はおもむろに洋介の頭を掴む。

「えっ? ちょっと瞳さん?」

「さっきから洋介おかしいよ。熱でもあるんじゃない?」

「えっ? 何を……うわあっ!?」

洋介が戸惑うのに構わず瞳は洋介の額に自らの額をつける。眼前に瞳のアップが迫った洋介は一瞬の内に顔を紅潮させてしまう。

「ほら、やっぱり熱い」

「いや、違う。これはお前が……」

「洋介! ごめんね、ちょっと遅れちゃった!」

何ともない朝の挨拶だが、洋介にとって不穏な声が聞こえてきた。待ち合わせ場所に駆け込んでくる一人の少女。それは言うまでもなく奈々美だった。走っているため視界にはっきりと瞳の姿が見えていないのか特に不審な様子はない。だが、それも直ぐに自分の思い描いた光景になるだろう。洋介はそう覚悟を決めた。

「はあはあ……待たせちゃってごめんね。それじゃ行こう……か?」

 息を切らしながら近付いてきた奈々美は洋介に寄り添うように立つ、それどころか額を押し付けている瞳にようやく気が付いた。まるで見知らぬ世界に飛び込んでしまったかのように目を剥く奈々美。驚きのあまりそれ以上言葉が出てこないようである。

「な、奈々美……これは、その……違うんだ」

「洋介。その言葉は怪しすぎだよ」

 一瞬にして顔面を紅潮から蒼白へと変化させた洋介を不憫に思ったのか瞳は一先ず額を洋介から離す。それでも寄り添うように洋介の隣に立つことはやめない。うろたえている洋介はそんなことにも気が付かない。

「……洋介。隣にいるのは誰なのかな?」

「お、俺の幼馴染の瞳だよ……?」

「うん、そんなことは今更言われなくても知ってるよ。私が聞きたいのはそうじゃなくて……」

「そうじゃなくて……?」

 洋介は思わず生唾を飲み込む。未だこんな奈々美は見たことがない。それだけに恐ろしくて堪らない。洋介はまるで破裂寸前の風船を押し付けられているような心地であった。

「私が聞きたいのはその子が友達かそれとも……浮気相手かってことだよ」

「ひいっ!」

 そう静かに凄むと奈々美は洋介の胸倉を掴む。それだけで洋介は竦みあがってしまう。下手な不良に絡まれるよりも余程怖い。洋介は女の恐ろしさを身を以って実感していた。

「さあ、どうなの? 洋介!」

「事情も詳しく聞かない内からそんなに洋介を脅かすなんて酷い彼女ね」

「……河野さんは黙ってて。これは私達の問題なの」

 口を挟んできた瞳にも奈々美は容赦しない。冷たい視線を投げかけ、蚊帳の外へと追いやろうとする。だが瞳も負けていない。奈々美の腕を掴むと洋介の胸倉から奈々美の手を引き離す。

「何するのよっ!」

「少しは落ち着いたら? 洋介が怖がってるじゃない」

「うるさい! 泥棒猫の癖して何説教してんのよ!」

「洋介のこと信用してないんだ。洋介が可哀そうね」

「信用してるわよ!」

「だったら別にそこまで怒ることないんじゃない?」

「ううぅぅぅぅううっ!」

 奈々美は歯噛みして口惜しそうに唸る。興奮しきった奈々美は到底瞳の敵ではなかった。そんな女二人の争いに洋介は黙って見ているしかなくただ立ち尽くしている。

(情けねえな俺……)

 そうは思っても余計な口を挟もうものなら更にこの場を加熱させるだけである。ここは静観するが上策と洋介は成り行きを見守る。

「とにかくっ! 洋介の横からどいてよ!」

「痛っ! ……乱暴ね。何も突き飛ばすことないじゃない」

「うるさい! 早く消えてよ!」

「はあ……埒が明かないわね。どうせこのままじゃ遅刻だし、それに小山田さんも大人しく授業受けれるようには見えないし、今日はもうサボっちゃいましょ」

「はあ? サボるってお前、何を考えてるんだよ」

瞳の提案に洋介は呆れた顔をする。奈々美も全く意図するところが見えず、すっきりしない表情である。

「ホントに何考えてるの? サボりたいならあんた一人でサボってれば?」

「今の私と洋介の状況。詳しく知りたくないの?」

「……知りたい」

「だから学校なんかサボって洋介の家でゆっくり説明しようってことよ」

瞳の説明に奈々美は成る程といった様子だが、洋介は瞳の言葉の中に出てきた自分の家というところに納得いっていない様子である。

だが二人はそんな洋介などお構いなしに話を続けていく。

「でも何で洋介の家なの? ここでもいいでしょ」

奈々美はここだけが分からないといった風に質問をする。確かに洋介と瞳が二人で朝から仲良く登校している事情などここでも説明出来る。問題など何もないはず。奈々美はそう思ったが、瞳はそれは駄目だと首を横に振る。

「また小山田さんに喚かれたらいい晒しものになっちゃう。私はそんなの嫌」

「うっ……」

瞳の言は真実をついているだけに奈々美は何も言い返せない。徐々に冷静になってきた奈々美はさっきまでの自分の様子を思い返して顔を赤らめてしまう。

明確な返事こそないが、納得したと判断した瞳は直ぐに行動に移る。体を洋介宅方面へと向けると、未だ一人で話の展開についてこれていない洋介の手を握る。

「さあ、帰るわよ。目指すは洋介の部屋!」

「よ、洋介の部屋かぁ……今度こそしっかりしないと」

「おい、こらっ。部屋の主は許可してないぞって、おわあっ!?」

大勢は決したが未だ渋る洋介は抗議も虚しく無理矢理に引っ張られる。片手は瞳に、そしてもう片方にもいつの間にか奈々美がしがみついている。見た目は両手に華だが本人は困惑してしまっている。

「家に戻ったら母さんに何て説明するんだよ」

「ああ、おばさんなら私達が出て少ししたら出掛けるらしいよ。朝聞いたんだ。もう家出るくらいぐらいじゃない?」

「くっ……」

「ふふん、他に何かある?」

「……はあ」

どんな策を持ち出しても看破してしまいそうな瞳の前に洋介はとうとう屈した。

瞳と奈々美はこの瞬間だけは意見を一致させて行動を共にする。目指せ洋介宅。三人は学校を尻目に道をひたすら突き進んでいくのだった。

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