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DESTROY  作者: 氷室
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第八章

「ひ、瞳……」

「洋介……?」

二人はお互いに顔を確認した瞬間、そう呟いて固まってしまった。絶交宣言以来、顔を合わせてこなかっただけに二人の気まずさはこの上ない。あろうことか手まで握っているのである。

「……」

洋介はようやくフリーズから立ち直り、黙ったまま瞳を助け起こす。そして起こすとすぐに握っていた瞳の手を離した。

「あっ……」

すると瞳は何を思ったのか引っ込めた洋介の手を名残惜しそうに目で追う。その反応に洋介はどう対処したらいいのか困り、視線を落ち着かなく移動させる。

すると洋介の目に異変が飛び込んできた。今の今まで気が付かなかったもおかしいが、瞳の制服は所々が破れていたり、汚れていたりした。もしかして先程の転倒のせいかと洋介は途端に申し訳ない顔つきになる。

「服をこんなにしちまって悪いな。弁償はするから……」

「……これは洋介のせいじゃないわ」

「えっ?」

「私、さっき彼氏達に暴行されかけたのよ」

「ええっ!?」

あまりのことに洋介は跳ね上がりかねない程驚く。そしてすぐに瞳を心配してうろたえ始めてしまう。

「だ、大丈夫なのか?」

「うん。思いきり抵抗して逃げてきたから……」

「でもこんな所に座り込んでたらそいつらが追い掛けて来るんじゃ……」

「未遂で済んだんだからあいつらも逆にホッとしたみたいよ。まあテンション下がって冷静になったんだろうね。誰にも言わないから今後私に干渉するなって言っておいたわ」

「お前強いな……」

洋介は瞳の気の強さに半ばは呆れながら、だがそれと同時に感心しながら瞳を見つめる。暴行されかけたというのにここまで凛としていられる瞳はやはり魅力的だなと洋介は改めて思った。

 だがそんな思考の中、洋介は一つの疑問に思い至った、というよりも先程も思ったが瞳の返事に方向を変えられた形だったのだが、洋介はとにかく瞳に問い掛ける。

「でもなんで家に帰らないんだ?」

「こんな格好で帰ったらお母さんとかに心配かけるでしょうが」

「だからって帰らないのも心配かけるんじゃ……」

「だからここで作戦を考えてたの」

瞳はそう言うと難しい顔をする。絶交どころか会話が続いていることに瞳は疑問を感じていない。やはり気丈に振る舞っても恐怖や不安を感じているのだろう。瞳は洋介に辛く当たることもなく、むしろ安心を感じているかのように楽しそうに話す。その様子を見ては洋介もこのまま放っておくわけにはいかなかった。

「でもいつまでもここにいたら今度は変なのに絡まれるかもしれないな。とにかくどうにかしないと」

「どうにかってどうするのよ」

「とりあえず俺の服着ておけばいい」

「制服はどうするのよ?」

「替えぐらいあるだろ? しばらくそっち着といて片方なくしたって言っとけ」

「はあ……相変わらず無茶苦茶……」

洋介の提案に瞳は呆れてみせるもののその表情には笑顔が戻ってきていた。ようやく本当に安心し、落ち着いてきたのだろう。

「それじゃまず俺の家行くか」

「私は?」

「素早く廊下歩けば格好なんて見られないよ」

「でも上がる理由が……」

「漫画借りに来たとかでいいだろ、そんなの」

洋介はそう瞳を説得すると自宅に向かって歩き出す。それを見て瞳もゆっくり洋介の後に続く。

これまでは洋介が瞳の後ろ姿を見つめてその度に途方に暮れるのだったが、今は後ろに瞳がいる。その変化に洋介は変な感覚を感じていた。

「そ、それにしてもいつからあそこに座り込んでたんだ?」

落ち着かない感覚を紛らすように洋介は瞳に話し掛ける。必死に笑顔を作るが、引き攣っている。それを見て瞳は思わず笑みが零れる。

「そこまで長い時間じゃないよ。大丈夫」

「そ、そうか。それならよかった」

「それより洋介の部屋に上がるなんて久しぶりだよね」

「そ、そうだな」

そんな風に洋介と瞳が話しているとあっという間に洋介の家に着いた。元々あとは直線を残すのみであったのである。それほど時間はかからない。

「ただいま」

「お邪魔します」

洋介と瞳は一応そう声を家の中にかけるが、そのまま一気に家の中を移動し、二階の洋介の部屋までやってくる。

「とりあえず誰にも見られなかったか。さすがに漫画借りに来たで済まないもんな、今の格好じゃ」

「うん。よかった……」

一先ず安心した二人は落ち着いて洋介の部屋に入る。奈々美は洋介の部屋に入るのに異常な程緊張し、入ることが出来なかったが、瞳はなんら緊張することなく部屋に入る。

「へえ〜、あまり昔と変わってないね」

「それでも少しは変わってるよ。それよりも早く着替えをしないと」

洋介はそう言うと箪笥から服を取り出す。サイズが合わないかもしれないが、ずっと着るわけではないから構わないだろう。

「それじゃこれ着て。大きいかもしれないけど」

「うん、ありがとう」

洋介は服を手渡すとすぐにドアヘ直行する。そして部屋から出て、階段に座って着替え終わるのを待つ。

「あいつ絶交しようみたいなこと言ってた割りには素直についてきたな」

洋介は座りながら瞳の行動について考える。

気軽に話し掛けないでと言ったが、今も仕方なくついてくるという感じではない。会話にも応じ、実に和やかな雰囲気である。

「やっぱり不安だったからかな」

洋介はそう結論づける。彼氏に襲われて不安だったから一人になるよりも安心出来たのだろう。例えそれが絶交宣言をした相手でも。

「……そろそろいいかな」

洋介はそう呟くと部屋に向かう。自分の部屋なのにノックをするのが、洋介にとっては変な感覚だった。

「おーい、もういいか?」

「うん。着替えたよ」

その返事を聞くと洋介は特に何も気にすることなく部屋に入る。大丈夫という返事を受けて入るのだから当然だろう。

だが洋介が部屋に入るとそこには着替え途中の瞳がいた。

「いやーん、エッチぃ」

「なっ!?」

洋介の目の前には下はジーンズを履いているものの、上半身が下着姿の瞳がいた。シャツは手に持ったままで未だ着ていないようである。

絶句し、固まってしまう洋介を瞳は悪戯そうな顔で見つめている。そして洋介をからかったことに満足したのか何事もなかったかのようにシャツを着始める。

「こうしてお世話になっちゃったからサービスしとかないとね」

明るくそう言いながら瞳は着替えを今度こそ完了させる。

 その一方で目の前で生着替えを見せられた洋介は固まったままである。

「ちょっと洋介には刺激が強すぎたかな?」

瞳はそう言うと微笑みながら洋介の頬を突く。その感覚に我を取り戻した洋介は一気に顔を真っ赤にしてしまう。

「お、お前! 何やってるんだよ!」

「何って、洋介の目の保養?」

「目の保養って……。お前そんなことしてるから勘違いしたやつが襲ってくるんじゃないのか?」

洋介は呆れた顔になってしまう。男をそんな風にからかえば、気があるんだとか誘ってるのかとか勘違いしてしまうであろう。洋介は瞳の行動に危うさを感じてしまう。

「こんなこと……洋介にしかしないよ……」

「えっ?」

「助けてくれて嬉しかった。本当は私、あそこで座ってる間は不安だった。……怖かった」

「瞳……」

「家に帰ってもこのままだと大事になりそうで怖かった。当たり前だよね。娘が乱れた格好で帰って来るんだから」

「……」

「でも私はもう忘れたかったの。だから誰の所にも行けなかった。それで途方に暮れてた時に洋介がぶつかってきたの」

瞳の独白は続く。洋介も余計な口は挟まないで話を聞くことにした。

「不思議だよね。誰にもそんなこと言いたくないはずだったのに洋介にはするりと言えちゃうんだもん。……勢いで言っちゃったところもあるけど」

「……」

「それで洋介が力になってくれるって言った時、私すごい嬉しくて……。気が付いたら洋介を喜ばせてあげたいって思っちゃって。それでさっきみたいなことを……」

「そうだったのか……」

瞳の独白が終わると洋介は自分の考えが間違っていることに気が付いた。

 瞳は強がっていただけなのだ。何事もないように振る舞うその中で実は必死に不安や恐怖と闘っていたのだ。

そう気付くと洋介はさっきまでの態度は失礼だったなと反省してしまう。瞳が明るく振る舞っているためつい洋介も配慮に欠けてしまっていた。

「変なこと言ってごめんな。でもやっぱり男の前ではあまりあんなことはしない方がいい」

「でも私、洋介に何かお礼がしたくって……」

「そんなのいいって。困ってたり苦しんでたりしたら助けるのは当たり前だろ」

「洋介……」

その瞬間、瞳の眼から涙が零れ落ちる。前にあれだけ辛く当たってしまったというのにこうして助けてくれる洋介に瞳は感謝の念で一杯だった。

「でも何かお礼しないと気が済まないよ」

「今は自分のことだけ考えてればいいんだって」

「……うん」

洋介の優しさに触れた瞳は穏やかに頷いた。瞳に配慮してくれている洋介の言葉を遮ってお礼などとまだ言うのは違うと思ったのだろう。

そうしてしばらく静かな落ち着いた時間を過ごしていたが、いつまでもそうしているわけにもいかない。そう知らせるかのように瞳の携帯が鳴った。

「あっ、お母さんからだ……」

どうやら瞳の母からのメールだったらしく瞳は文面を読んで、何やら返信を打っている。そして返信し終わったのか携帯を鞄にしまい、顔を上げる。

「おばさんからだろ? 帰って来いって?」

「ううん。うちは割りと理解あるからそこまでうるさくないよ。ただどこにいるのかとかいつ頃帰ってくるのかは知らせないといけないけど」

「そうなんだ」

「それじゃ迷惑かかるといけないし、もう帰るね」

瞳はそう言うと鞄を持って帰る準備をし始める。どうやら母にも今から帰ると連絡したのだろう。

「ああ、隣だけど送ってくよ」

「……本当に何から何までありがとうね」

「何言ってるんだ。幼馴染だしこのぐらい当たり前だろう」

「……幼馴染か……」

「うん? 何か言った?」

「ううん、何でもない」

瞳は洋介の返事に不満そうな顔をしたが、それも一瞬のことですぐに笑顔に戻る。洋介は瞳の様子に疑問を持ったものの、特に気にせず瞳を伴って玄関まで歩いていく。

「洋介、本当に今日はありがとう。洋介のおかげで助かっちゃった」

「いや、そんなたいしたことはしてないよ」

「私にとってはたいしたことだったの」

瞳は靴を履きながら洋介にもう何度目かわからないお礼を言う。洋介は感謝され過ぎて逆に恐縮している始末である。

「まあ、とりあえず元気が出たみたいでよかった」

「うん、元気出たよ。……でももっと元気になりたいから一つだけお願いしてもいい?」

「お願い?」

「そう、お願い」

 瞳は少し俯きながら辛そうな顔をしている。洋介はそんな瞳の心境が全くわからないので、黙って先を促す。

「この前私すごい酷いこと言っちゃったよね。そんなこと言っておいて今更何だっていうことなんだけど……」

「ああ、あれか」

 洋介は以前瞳に言われた絶交宣言を思い出す。今、目の前の瞳よりももう少し背伸びした大人なキャラを作り、冷たい接し方であまり馴れ馴れしくするなと言われた時には流石の洋介も腹が立った。だが今更それを蒸し返して何か言うほど洋介は空気の読めない男ではない。洋介は大丈夫だからと瞳を安心させ、続きを話せる雰囲気を作る。

「怒るかもしれないけど、あの言葉を取り消してもいいかな?」

「前みたいな関係に戻ろうってことか?」

「ううん、それ以前も私って洋介に酷いこと言ったりしてたから。……だから新しい関係になりたいなって」

「新しい関係?」

瞳の言いたいことがよく分からない洋介は首をしきりに傾げる。瞳自身も上手く言葉に出来ないようで四苦八苦している。

「うん。……そうだね、例えば小さい頃みたいな仲のいい関係……かな」

「要するに仲良くしようってことだな?」

「そう。せっかく幼馴染なんだから仲良くしたいなって。まあ、私が言えた義理じゃないんだけど」

そう言って瞳は苦笑する。自ら関係を壊すようなことをしたのに、その張本人が仲良くしようと言ってくるのだから確かに都合のいい話ではある。

「いいよ。俺だって仲が悪いよりも良い方にこしたことはないんだから」

だが洋介は笑顔で瞳のお願いを聞き入れた。その洋介の言葉に瞳はまず驚きの表情に、そして次には零れんばかりの笑顔になった。嬉しさが爆発したのか瞳は洋介の手を握ってぶんぶん振り始める。

「ありがとう、ありがとう。洋介、私嬉しいよ」

「お、大袈裟だなぁ」

「だって私あんなに酷いこと言ったのに……」

「もうそれはいいから」

「本当にごめんなさい……何で私あんなこと言っちゃったんだろう」

しきりに過去の言動を悔いる瞳を見て、洋介も過去の自分の気持ちを振り返っていた。

絶交宣言をされた時には瞳への愛想が尽きたと思った。どうして瞳なんかを好きだと思ったのかと自分の心を疑いもした。

だがそれでも今日、道端で瞳が座り込んでいた時、洋介はそんなことには構わず瞳を助けた。そこに洋介は自分の瞳に対する本心を見つけたような気がした。

(あれだけ言われても結局嫌うことは出来なかったんだな……)

洋介は仮に今日瞳から言い出さなくても何かきっかけがあったら自分から仲直りをしようとしたかもしれないと思った。結局このような展開にはいずれなったのだろう。

「もういいから。それよりも早く家に入った方がいいぞ」

「そうだよね。お母さんに今から帰るって言っちゃったもんなぁ」

「仲直りしたんだからいつでも喋れるさ」

「うん。……それじゃ洋介、明日からは昔みたいに仲の良い幼なじみでよろしくね」

「ああ、分かった」

洋介がそう答えると瞳は満面の笑みで家に入っていく。扉が閉まり、瞳の姿が見えなくなるのを確認すると洋介も自宅へと入る。

「仲直り出来たんだな……夢みたいだ」

洋介は玄関で一人そう呟く。

瞳の態度は最近の余所余所しいものから昔のような飾らない様子に戻っていた。それが洋介にはなお嬉しい。

瞳との仲直りが奈々美にどんな影響を与えるのか。そんなことには今は考えが回らず、洋介は幼なじみとの仲直りの満足に浸るのだった。

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