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DESTROY  作者: 氷室
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第七章

 先日のデート以降、洋介と菜々美の親密さは更に度合いを増していた。登校、昼食、下校と自由になる時間はべったりといった具合である。

「洋介……はい、あ〜ん」

「あ、あ〜ん……」

 そして今日も二人は屋上で二人だけの世界を繰り広げている。菜々美にとっては至福そのものの、洋介にとっては至福と恥ずかしさの入り混じった昼食の光景は他者を屋上から遠ざけて止まない。屋上はまさしく二人だけの世界と化していた。

「どう? 洋介、おいしい?」

「ああ、確かにおいしいけどこれは恥ずかしすぎるぞ……」

「誰もいないからいいでしょ。何が恥ずかしいの?」

「こんな光景誰かに見られたりしたら俺は次の日から学校に来れない」

 洋介はそう恐ろしい未来を想像しては不安になるが、実際は何を今更といった話である。二人のだだ甘なバカップルの光景は昼食だけに留まらずに登校時にも下校時にも繰り広げられ、周りをかえって赤面させる程であった。どうにも洋介の中の判断基準は先日のデート以来狂ってきたようである。

「洋介が学校に来れなくなったら困るなあ。それじゃこれぐらいで勘弁してあげよう」

 そう言うと菜々美は洋介に向けていた箸を引っ込めて自分の食事を開始する。ようやく気恥ずかしい悶絶地獄から開放された洋介はこちらも自分の弁当に箸を向ける。まずは菜々美が洋介におかずを食べさせて、その後にそれぞれの弁当を食べ始めるというこの一連の行動は徐々に二人の昼食時の儀式と化しつつあった。

「本当だったら私も洋介にあ〜んってしてほしいのになあ」

「それやったら俺は再起不能になるな。うん」

 その一連の儀式に更に追加事項を加えたがる菜々美に洋介は拒否の姿勢を見せる。ただでさえされるだけでも気恥ずかしいのが、逆にする側に回れというのだから拒否をするのも無理はない。

 菜々美もその点はよく心得ているのか言ってみただけで、その話題を続けるようなことはしない。実に洋介の心を知ること菜々美の右に出る者はいないといった様子である。

「あっ、そういえば洋介に言わなきゃいけないことがあったんだった」

「突然だな。まあ、いいけど。それで何?」

「今日、先生に呼び出しくらっちゃって放課後残らないといけないんだよね」

 そう言うと菜々美は悪戯そうに舌を出す。こうして空気を変えることは菜々美の得意とするところであった。少し不機嫌になりそうだった洋介の雰囲気を変えようと菜々美の取った対策であったが、その話題が洋介と下校出来ない旨であったことが菜々美には少し悲しい。表面上はおどけていたが、心中では完全にへこんでいた。

「そうか。わかった。それじゃ今日は先に帰るとするよ」

「ごめんね。本音を言えばすっぽかしたいんだけどそれやると私、進級も怪しいからさ」

「これからはもう少し真面目にやろうな……」

 一応真面目な生徒をしている洋介にとってはそんな進級がかかった呼び出しなど想像もつかないらしく、その表情からは呆れの様子が見て取れた。そんな洋介の様子に菜々美も気付いたらしく、おどけた様子でありながらも真剣さを足した表情で洋介を見つめる。

「洋介と離れ離れなんて嫌だからね。何とかして進級するよ」

「ああ、頑張ってくれ。俺だって、その……菜々美とは一緒に進級したいからな」

「洋介……」

 洋介が顔を赤らめながら小さく呟いた言葉を菜々美は聞き逃さない。感激に目を潤ませながら洋介の手を握る。

「私、絶対に進級するから! 見ててね!」

「ああ、信じてる」

 こうして二人は誰もいない屋上で手を取り合いながら一緒の進級を約束するのだった。


 放課後、洋介はここ最近では珍しく一人で学校を後にしていた。菜々美は昼に言っていたとおり呼び出しを受けて残っている。洋介は菜々美の命運を祈りながら校門を出る。

「さて、どうするかな。……たまには真っすぐ家に帰るか」

 洋介は放課後の方針をそう決めて、家へと向かう。菜々美と付き合うようになってからは別れるのを惜しむ菜々美に合わせて寄り道を必ずしていた。そのため出費もそれなりにかさむ。洋介は節約できる時には節約しておこうと真っすぐ家に帰ることにした。

(今日は宿題も特になかったし、予習も大丈夫だな)

 のんびりと歩きながら洋介はやるべきことはなかったか考える。それなりの優等生をやっている洋介は復習こそしないが、予習はちゃんとする。授業で当てられた時に答えられないなんていう醜態は真っ平御免という洋介の見栄がそうさせるのであった。逆に復習はテスト週間にやればいい。それで今のところは問題なかった。

「菜々美は一体どうしてるんだろうなあ」

 洋介は思わずそう呟いてしまう。進級が危ぶまれる程の成績。いや、出席だったり授業態度だったりするのかもしれないが、どうみても真面目に勉強をしそうな人間ではない。

「あいつ夜もメールばっかしてるもんな」

 洋介は毎晩メールを送ってくる菜々美を思い出す。普通のメールだけでは飽き足らず、入浴中だったり着替え中だったりの写真を添付して送りつけてくるところを思うと勉強など絶対にしていないと想像出来る。

「勉強見てやった方がいいかな」

 洋介は密かにそう決心し、本気で勉強会のプランを考え出す。

(休みの日だとちょっと酷かなあ。放課後に教室に残ってやるか?)

 洋介がそういったプランを考えながら歩いているとあっという間に家に着いてしまう。考え事というものは恐ろしく、どうやって歩いてきたか洋介は全く覚えてなかった。

「俺、信号ちゃんと確認してきたよな……」

 下手をしたら信号無視をしているかもしれないことに洋介は身震いをする。こんな状態では車に咄嗟に反応するなど無理であろう。洋介は自己の行動を戒めながら家へと入っていく。

「ただいま」

 洋介は靴を脱いで家へと上がる。そして洗面所で手を洗ってから二階へと上がっていく。そして自分の部屋に入ると制服を脱いで私服に着替えた。

「……俺って菜々美と付き合う前って帰ったら何してたんだっけ?」

 洋介はベッドに座り込むと首を傾げる。完全に手持ち無沙汰になってしまった洋介だったが、以前は帰ったら何をしていたか思い出せない。それほどここ一週間程の菜々美との付き合いが濃厚だったのだろうか。とにかく洋介は暇で仕方なくなってしまっていた。

「これならゲーセンか本屋辺りでも寄ればよかったな……」

 洋介はそう呟きながら時計を見る。時刻はまだ四時半。今から出かけても夕飯まで十分時間があった。

「よし、本屋にでも行くか」

 洋介はそう決めるとベッドから立ち上がり、部屋を出る。

 洋介は一階に下りると出かける旨を母親に伝えて玄関へと向かう。そして近くにある本屋数軒から行く場所を絞って家を出た。

「なんか新刊って出てたかなあ」

 特に目的もなく出てきたため、新刊などの情報は調べていない。だが、せっかく真っすぐ帰って来て節約を心掛けたのだから無駄な出費は控えたい。そうなるとやはり立ち読みかなと洋介は苦笑するのだった。


 時刻は午後七時半。洋介は暗くなった道を走っていた。

「やっべ、立ち読みだけにしとけばよかった……」

 結局本屋だけでは飽き足らず、色々見て回ってしまったため帰る予定時刻を大幅に過ぎてしまっていた。洋介はこのままでは夕食を片付けられかねないと急いで家へと走る。

「間に合えばいいけどなあ。親父が俺の分まで食ってたら最悪だ」

 洋介は父親の胃袋が自分の分だけで満足しますようにと祈りながらひたすら走る。もうだいぶ家には近付いている。あとは目の前の角を曲がれば家の前の道路だ。洋介は角ということで安全上、速度を緩めながら曲がる。

「よし、多分もう大丈夫だろ……って、ぐあっ!?」

「きゃあっ!」

 洋介が角を曲がりきると、そのすぐ後に思いがけない障害物があった。洋介は家が間近に見えた安堵から足元がおろそかになっていたためその障害物に思い切り躓き、そのまま転倒してしまう。

 一方でその洋介を転ばせた障害物も悲鳴を上げてそのまま横倒しに転がってしまう。

「いってえなあ。何なんだ一体……」

 洋介は体を手で払いながらゆっくりと起き上がる。そして転倒した場所を見遣って障害物を確認しようとする。

 ちょうど街灯の下ということでその障害物は案外はっきり見えた。それは見慣れた制服を着た少女だった。

「うわっ、人だよ。だ、大丈夫ですか?」

「いたたたっ……だ、大丈夫です。一応」

 洋介が躓いて蹴ってしまった少女も体を擦りながらだが、大丈夫と返事を返す。それに安心した洋介は手を差し伸べて少女を助け起こそうとする。

「手、掴まってください。本当にすみませんでした」

「あっ。いえ、私こそあんなところに座り込んで危ないですよね。すみませんでした」

 そう謝って少女は洋介の手に掴まり、体を起こす。そして少女が顔を上げて洋介を見た瞬間、二人は固まってしまった。

「ひ、瞳……」

「洋介……?」


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