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DESTROY  作者: 氷室
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第四章

 翌日、洋介はまだ少し元気がないものの一時の落ち込みようから考えると随分元気になっていた。やはり昨日の授業後、菜々美に悲しみや悔しさ、惑いといった様々な感情を吐き出したことですっきりしたのであろう。

 普段どおりの歩みで校門を抜け、昇降口に入ったところで洋介は後ろから誰かが走ってくる音を聞いた。

「おはようっ! 洋介。もう元気になった?」

 足音の主は菜々美だった。洋介の前に回りこむと洋介の顔を眺める。

 洋介はもう平気だということをアピールするように笑顔を見せる。

「ああ、おはよう。もう大丈夫だ。昨日は本当にありがとな」

「いいっていいって。好きな人の力になれたんだから私も嬉しいよ」

 菜々美のストレートな感情表現に洋介は顔を赤らめる。これも菜々美にとっては大きな前進だった。

 これまでは身体を密着させることでは洋介を意識させることは出来たが、口で好意をアピールしても拒まれるか本気に取られないかのどちらかだった。それが言葉で表す好意だけで意識してくれるようになったことはこれまでの努力が実ってきたことの表れだった。

 その嬉しさに思わず頬が緩む菜々美を見て洋介はますます顔が赤くなる。

「は、早く教室に行こう。いつまでもこうしてても仕方がないしな」

 照れ隠しをするように洋介は急いで靴を履き替え、歩き始める。そんな様子を微笑ましそうに菜々美は見つめながら自身も靴を履き替え、洋介を追う。

「待ってよ。一緒に行こう」

 洋介の隣に並んで歩き始める菜々美は二週間ちょっとぶりに洋介の腕にしがみつく。今度は洋介は少し困った顔をするだけで強く拒まなかった。二人が歩くその光景はお似合いのカップルそのものに見えていた。


 昼休み、菜々美は洋介を連れ出して屋上まで引っ張ってきた。今が好機と見たのであろう、勝負に出る決心を秘めた菜々美はいつになく真剣な表情である。それを悟った洋介は軽口を叩かず、神妙に菜々美の行動に従っていた。

 昼休み直後も直後といったこともあってか、都合よく人は誰もまだいなかった。菜々美は時間がないということで自分を奮い立たせたのか悩んだり迷う素振りも見せずに一気に告白を始めた。

「洋介。私、前からストレートに気持ちを伝えてたと思うけど改めて言うね。私は高梨洋介君のことが大好きです。どうか私と付き合ってください!」

 洋介は前々から菜々美の好意は知っているだけに驚くことはなく冷静に菜々美の言葉を聞いていた。以前の彼であればすぐさま拒絶するか冗談だろうと判断していたところだが、ここ最近の出来事で彼の心は大きく揺れていた。

 彼の意中の人である瞳は全く好意を見せようとせず、逆に菜々美は好意を洋介に積極的に伝えてくる。それに最近は悩みを聞いてもらったりと何かと接近することになった。

 だが瞳に対する気持ちも未だ消えたわけではない洋介は悩みながらも菜々美に言葉を返す。

「小山田……。お前の気持ちは嬉しいけど、俺ははっきり言ってお前に対して恋愛感情は芽生えてない。だから……」

「別に恋愛ってお互い両想いから始まらなきゃいけないわけじゃないよ?」

 最後まで言葉を紡ごうとする洋介を見て形成不利を悟ったのか菜々美は思わず途中で言葉を挟み、洋介の言葉を遮ろうとする。そしてその策は成功し、洋介の言葉を遮った。洋介は突然言葉を割り込ませた菜々美を見つめ、黙り込んでしまう。

 その隙を逃さないと言わんばかりに菜々美は持論を展開し始める。

「恋愛なんてむしろ相思相愛から始まる方が少ないと思うよ。身近な例で言えば洋介の幼馴染の河野さんなんか次から次へと彼氏が変わってるでしょ? そんなに相思相愛が続くと思う?」

「……思わない」

「でしょ? だからよっぽど嫌いじゃなければ付き合ってみるのもありだと思うよ。付き合ってみなければわからないことだっていっぱいあるんだから」

「そうかなあ……」

 考え込み始める洋介を見て菜々美は八割方勝利を確信した。一直線な洋介は一度傾かせればこちらへと転がり込んでくる。そして一度こちらへと入り込んできた洋介は一途なだけにふらつく心配が薄いというおまけつきだ。もはや幸せな未来は成就したも同然と菜々美は余裕の表情である。

 一方の洋介は菜々美の言葉を聞いて明らかに動揺していた。今までの彼の恋愛観は相思相愛が大前提というものだった。だからこそ瞳を振り向かせようと努力をしてきたのだし、他の子にも目移りすることはなかった。

 しかしそこに菜々美が現れ、そして今彼の恋愛観を覆す意見をぶつけてきたのだ。そしてそれは確かに道理の通った納得のいくものであるだけに衝撃は強かった。更に瞳が洋介など眼中にないといった様子で次々に新しい彼氏を作る様子を見て、苦渋の思いを味わわされていたことも作用しているのだろう。

「付き合ってみないとわからない……。うーん」

「そう。付き合ってみないとわからない。男友達だってそうでしょ? 気が合うかどうかなんて最初はわからないんだから」

 菜々美は崩壊を始める洋介の牙城を一気に攻め落とさんと果敢に仕掛けていく。瞳に執着するあまり鉄壁の城塞と化していた洋介の心を今までの接触で外堀を埋め立て、三の丸、二の丸と崩していき、とうとう今本丸を落とす時が来たのである。

 これまでの反応で言葉による理攻めだけでは力不足と感じた菜々美は覚悟を決めて本丸へと飛び込む。

「洋介……。好き」

「うむっ!?」

 突如好きと言いながら洋介の懐に飛び込んだ菜々美は勢いで洋介の唇を奪う。あまりの出来事に目を白黒させる洋介はもう正常な思考を失っていた。菜々美になされるがままで突っ立っていることしか出来ない。

 抱きつきながら唇を密着させていた菜々美は洋介が動揺の極みにいることを悟ると顔を離して、甘い言葉を囁く。

「こんなことが出来るのも洋介のことを愛しているからだよ。お願い、私と付き合って」

「えっ、あの、その……」

 蕩けかけている頭を必死に理性でもって持ち堪えようと努める洋介だが、既に陥落寸前といった具合であった。理で説き、情で説き、そして止めに色でもって洋介の本能を直接説いた菜々美の策は恐ろしいほどの破壊力である。いかに瞳への一途な想いで鉄壁の守勢を誇ってきた洋介といえどもその想いが届かず裏切られている内に、綻び始めていた所をあの手この手で粘り強く攻められると気丈でいられなくなっていた。

 更に洋介を惑わせているのは瞳を追いかけてきたばかりに、これまで他の女子との接触がほぼないという点であった。それまでは特に菜々美を意識することはなかったので、如何に付きまとわれようと気にすることはなかったが、一度菜々美の存在が強く視界に入り込んでしまうと免疫のなさから動揺もしやすくなってしまっていた。この点においても瞳が洋介のことを全然構ってあげないことが強く作用していた。

「私には洋介しかいないの……。ねっ?」

 洋介に抱きつきながら潤んだ瞳で洋介を見つめる菜々美。もう限界だった。洋介は甘い言葉と潤んだ瞳についに陥落してしまった。

「お、俺なんかでいいのか……?」

 ついに待ち望んだ展開になったのだが、菜々美は喜ぶどころか呆然としてしまう。それまでの勢いが突如なくなった菜々美に洋介は不審そうに菜々美の目を見つめる。

「あ、あの……。小山田?」

 菜々美の顔の前で手の平を左右に振りながら意識を確認する洋介。それでも菜々美は反応を示さない。何か不味いことを言ってしまっただろうかと不安になり始める洋介だったがその瞬間、菜々美に反応が表れた。

「うっ、うううぅぅぅうう……」

 大きく開いた瞳から涙をポロポロと零し始める菜々美を見て洋介の狼狽は増していく。突然先ほどまで活発に動いていた人間が泣き始めたら誰でも心配になってしまうであろう。洋介はうろたえながらもまだ自分に抱きついている菜々美の背中を擦って落ち着かせようと試みる。

「お、おい。大丈夫か、小山田? 一体どうしたんだよ?」

「だ、だって……。嬉しくて……、嬉しくて……。私……」

 途切れ途切れの言葉で喜びを語る菜々美。そんな姿を見てしまうと洋介としても愛おしさが込み上げてしまう。抱きつかれている所を今度はしっかりと洋介の方から抱きしめ始める。

「あっ、洋介……」

「あんだけ瞳、瞳って言ってて信じられないかもしれないけど俺、なんか小山田のこと好きになっちまったみたいだ」

 照れくさそうにそう言う洋介を見て菜々美は涙を拭い、笑顔を作ろうとする。まだ涙が流れ続け、上手く作れない不完全な笑顔のまま菜々美はもう一度告白の言葉を紡ぐ。

「私と……、私と付き合ってもらえますか?」

「ああ、俺なんかでよければ……」

「そうじゃないよ。洋介じゃなきゃ駄目なんだよ」

「そ、そうだな。悪い。あ〜、何ていえばいいのかな?」

「本当にこういうの慣れてないんだね。付き合おうでいいよ」

「そうか。それじゃ付き合おうか」

「うん。これで私達彼氏彼女の関係だね」

 嬉しそうに笑う菜々美の目にはもう涙はなかった。積極的に接触を続け、それを何度払われてもめげなかった苦労が報われたのだから喜びも数倍であろう。さらに相手の意中には別の人がいたというのにそれを下したのだからまさに快挙であった。

 一方の洋介の胸中は不思議な気持ちで一杯だった。まさか菜々美と付き合うことになるとは夢にも思わなかったこと。そしてあれだけ想っていた瞳ではなく菜々美を選んだことが我ながら不思議でならなかった。

「俺の気持ちってなんだったんだろうなあ。瞳のことが好きだったはずなのに……」

「それだけ私の気持ちが強かったってことだよ」

「本当に俺でよかったのか? どうも俺は不実みたいだからな」

「あのねえ……。本当に不実な人だったらとっくの昔に私になびいてるよ」

 今更何を言うかと菜々美はため息をつく。どれだけ自分が難攻不落だったかと一から教えてやりたかった。

 まだ納得いかなそうな洋介だったが、これ以上言っても怪しい空気になりそうなだけだと判断し、その話を打ち切る。

「それにしても彼氏彼女って言っても何だかしっくりこないな。どうするもんなんだろうな?」

「河野さんと付き合えたらこういうことしたいとか考えなかったの?」

「なかったな。とりあえず振り向かせることで頭が一杯だったから……」

「そっか。それじゃ、これから二人で考えていこうよ」

「……。そうだな」

 気持ちのいい風が吹く屋上で二人はお互い、考えや想像を巡らせながら仲良く寝転ぶのだった。

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