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DESTROY  作者: 氷室
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第三章

 洋介はここ二週間何か物足りない感覚に捉われていた。それまでに比べると穏やかで静かで結構な話なのだが、あまりに静かすぎたのである。それまでの日常にはあってここ二週間に欠けていたもの、それは菜々美の存在だった。

 最初の内は洋介もやっとうるさいのがいなくなったとむしろ気が楽になった気がしていた。なにしろ彼には瞳という心に決めている女の子がいるのである。それを考えると菜々美の存在はマイナス要因でしかなかったのだから。

 だが、今まであったものが急になくなるというのは徐々に洋介の心に寂寥感を生み出しつつあった。

「くそっ。小山田のことなんか邪魔だと思ってたぐらいなのに……」

 そう呟きながら洋介は自分の席から菜々美のいる方を見遣る。そこには女子数人に囲まれて楽しそうにお喋りをしている姿があった。元々明るく社交的な菜々美は男女問わず友達が多い。学内一かと思える程のスタイルのよさと整った顔立ちで友達としてではなく一人の女性としての人気も絶大であろうに何故菜々美が自分に執心するのか洋介には理解できなかった。

 そういう理解できない事情もあって洋介は素直に菜々美の好意を受け入れようという気にはならなかった。なんだかからかわれているような感じがしたのであろう。

「いい加減愛想を尽かされたかな」

 受け入れるつもりもなかった好意だが、いざそれがなくなってしまうと現金なことに惜しくなってしまう。洋介はそんな自己の感情に嫌気が差した。

「俺は瞳一筋の筈だったのにな……」

 どんどん深い闇に飲み込まれていく洋介は気分転換をしようと席を立ち、教室から出る。

 今はまだ昼休み中盤、まだ時間はけっこう残っている。洋介は階段を上がり、屋上へと向かう。普段人の出入りが少ない屋上は気分転換に打ってつけの場所である。

 洋介が屋上の扉を開けると目の前にまたもや洋介の気分を悪化させる光景が飛び込んできた。屋上に佇む男子と女子。男子の方は洋介が知らない人物だったが女子の方はよく見知った人物だった。

「瞳……」

 洋介が小さく呟きながら見つめた先には瞳がいた。男子の方は頭を下げながら瞳に手を差し伸べている。瞳に告白をしたのであろうと洋介には理解できた。これだけでも洋介の気持ちを不快にさせるものだったが、その後の瞳の行動は洋介の気持ちを叩き壊すものであった。

 男子が差し伸べた手を握り、微笑む。お受けしますという意味の芝居がかった行動だった。その瞬間それまで聞こえてこなかった音声が突然洋介の耳に飛び込んできた。

「よっしゃああぁぁぁぁああああっ!」

 喜悦満面に飛び上がる男子生徒が上げた喜びの雄たけびだった。それがとどめとなった洋介は苦渋の表情をしながらその場を全速力で離れた。階段を駆け下り、廊下を走り、昇降口を駆け抜ける。そしてたどり着いた先は体育館裏だった。

 体育館に遮られ、陽が届かず日中だというのに薄暗いその場所は今の洋介にはぴったりの場所だった。様々な感情がない交ぜになった洋介は心の収集がつかず苦しんでいた。

「瞳は俺とは一緒に帰ってもくれないのに……。また今度は違う男と……」

 激しく渦巻く感情の奔流に晒された洋介の頭の中はパニック状態になっていた。洋介はしゃがみ込み、頭を抱えながら泣き声の混じった咆哮を上げた。


 人気のなくなった教室に洋介は帰ってきた。結局昼からの授業は全部サボり、ずっと体育館裏でしゃがみ込んでいた洋介は誰が見ても弱りきった状態になっていた。瞳からは生気が弱弱しくしか感じられず、行動も普段の彼に比べればずっと遅い。

 やっとのことで自分の席にたどり着くと椅子に深く座り込む。頭の中では帰らなくちゃと思っているのだが身体が動かない。

「……もう自分の気持ちすらわからなくなってきたな」

 弱弱しく洋介は呟く。小さい頃から秘めてきた想い。そして近頃では如実に行動に表した想い。しかしそれが昼休みの光景で明らかに弱まってしまっていた。一向に成就する気配すら見せない現実に打ちのめされ、逆に他の男は成就し喜悦の表情、行動を見せる。

「ああ、死にてえ……」

 洋介は机に突っ伏し、物騒な言葉を呟く。彼としてはただの独り言だったが、それに応対をする者がいた。

「死ぬぐらいだったら私と付き合わない?」

「えっ?」

 想定していなかった事態に洋介は顔を勢いよく上げる。彼の目の前にはここ二週間の間、全く接触をしてこなかった菜々美の姿があった。菜々美はいつもと変わらぬ明るい笑顔で洋介を見つめている。

「小山田……」

「どうしちゃったの? 午後の授業には顔出さないし、今は死にたいとか言ってるし」

「別に……」

「心配してる人にそんな態度をとっていいのかな?」

「……」

 黙りこんでしまう洋介を見て菜々美は苦笑する。やれやれとばかりに菜々美は洋介の前の席に移動すると椅子を引き、そこに座る。

「ほら、私が聞いてあげるから。溜め込んでてもいいことないよ」

「でも……」

「でもとかはいいの。早く喋りなさい」

「……」

「早くしないと無理にでも喋らせるよ?」

「……聞いてくれるか?」

 ようやく心を開き始めた洋介に満足したのか菜々美は笑顔で頷く。

「そう言ってるでしょ。さあ、どんと来なさい」

 そう言って胸を叩く菜々美の姿に洋介は少し笑みを零しながらぽつぽつと話し始めた。

 精神的に弱っていたためかここ二週間、菜々美の接触がなかったことや昼に屋上で見た光景、その後の葛藤など隠すことなく洋介は菜々美に話した。

 菜々美はそれを適度に相槌を打ちながら聞き手に徹する。普段賑やかな彼女と違い、実に物静かにしていた。

「そう、そんなことがあったんだ」

 全てを聞き終わった菜々美は表面上は難しい顔をしていたが、内心では会心の笑みを浮かべていた。自分の目論見どおりしばらく距離を置いたことで印象を強めるということに成功しただけでなく、洋介の瞳への感情が微妙に変化したことに喜ばずにはいられなかった。

 しかし菜々美はそんなことは全く感じさせず、洋介に優しい言葉をかけていく。

「辛かったよね。好きな人が他の人の告白を受け入れているのを見るなんて」

「俺……。もう色んなことがわかんなくなって」

「大丈夫。ゆっくり整理していけばいいんだよ」

「……。そうだな」

 菜々美は洋介が弱っている間に無理に自分の方へ気持ちを向けようとはせず、真摯に洋介を励ましていた。菜々美としてはここで洋介の悩み事を聞き出せた時点で大収穫である。

 だが、それでも菜々美はもう近いうちに洋介が自分の方へなびくと確信していた。

「ありがとう小山田。なんか話しただけでもだいぶ楽になったよ」

「なんのなんの。このぐらいお安い御用だよ」

「それじゃだいぶ遅くなっちゃったし帰るか」

「そうだね。校門まで一緒に行こうよ」

「ああ、行こうか」

 菜々美はこの返事を聞いて涙が出そうなほどの喜びを感じた。今まで校門まで一緒に行こうと誘っても断られ、仮に一緒に行ったとしてもそれは強引に菜々美が付きまとうという形だった。それが今、始めて洋介が承諾して一緒に帰ることが出来たのである。

 これまでは洋介にとって瞳を誘うのに邪魔な障害という扱いだったのが、もう一変していた。菜々美は改めてこれからは全力で洋介を手に入れる期間であると明日以降へ向け、闘志を燃やすのだった。

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