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DESTROY  作者: 氷室
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最終話

「……ここはどこなんだ……」

 洋介は一人途方に暮れていた。目を覚ますとそこにあったのは見慣れぬ風景。視界には砂浜と海、そして密林しか見えてこない。洋介には全く現状が理解出来なかった。

 そして更に自らの格好も理解が出来なかった。最後の記憶では制服を着ていたはずなのだが、今現在の洋介の格好はパンツ一丁となっていた。

「何故俺はパンツ一丁で見知らぬ所で眠っていたんだ?」

 疑問だらけの洋介だが、一つだけわかることがあった。それはただ生きてはいるらしいということだった。やや頭が痛むのが何よりの証拠だった。どうやら瘤が出来ているらしい。

「とにかく調べてみないことには何にも始まらないよなあ……」

 洋介はそう思いはするものの、見知らぬ土地、そしてそこに密林があったりするのでは危険を感じてなかなか動けない。危険な生き物はいないだろうか、異民族が住んでいたりしないだろうか。そういった数々の不安が洋介をその場に縛り付ける。

「……どう見たって日本じゃないしなあ……」

 生い茂る密林からは日本というイメージを連想させない。もしかしたら西南諸島かもしれないが、それも定かではない。とにかく洋介は不確定要素が多すぎてまともな判断がつかない。

「とにかくまずは様子を見るか……」

 結論を出した洋介はその場に座り込み、何か異変が起こらないかを見張る。そしてそのついでに手がかりが何か見えないかを調べる作戦だった。消極的な策ではあったが、一番安全とは言えた。とにかく待ちに徹する。そして徐々に調べる範囲を広げていこうという見通しだった。

 だが、この作戦には欠陥があった。それは食糧がなくてはならないこと。待ちに徹している以上、自ら食料を得ることが難しい。そのため事前に食料にあてがないといけないのだが、洋介にはそれがなかった。目を覚ましてからまだ十数分だったが、洋介は豪華客船内で夕食をする前に捕まってしまったため、空腹はかなりのものだった。

「ヤバい……腹が減ったし、そういや喉も乾いた……」

 ここがどこなのかはわからないが、気候は温暖だった。それこそ洋介がパンツ一丁で寝ていても風邪を引かない程度には温暖である。そうなると喉も乾きやすい。洋介は自覚するや、飢えと渇きに苦しみ始めた。

「安全を取るか水、食料を取るか……どっちかしないといけないな……」

 究極の選択だった。このまま飢えと渇きに苦しむか、危険を冒してでも食料と飲料水を探し求めるか。だが、洋介にはすぐ決心がついた。このままじっとしていてもジリ貧である。その内、散策する力も失われていくだろう。そうなってからでは遅い。洋介は動ける内に危険でも生きるあてをつけておきたかった。

「……行くか」

 意を決した洋介はそう呟くと腰を上げる。なけなしの勇気を振り絞って冒険を開始する。洋介にとってかつてないほどの一大決心だった。強い決意を秘めた洋介は今まさに一歩を踏み出そうとする。

「……不退転の覚悟だ……俺」

 勇気が萎えない内に勢いをつけようとする洋介だったが、現実は厳しかった。突如密林の方から聞こえてきた声と足音、物音に洋介は敏感に反応し、あっという間に硬直してしまう。

「な、なんか聞こえてきたぞ……今」

 音の発生源は徐々に近づいてくる。それをわかっていても洋介は身動きを取れなかった。恐怖に凍りついた体はもはや洋介のものではなくなっていた。逃げろと警鐘を鳴らす頭とは裏腹に体の方はその場に留まり続ける。

「こ、こっちに来る……」

 もうすぐそこまで物音は近付いてきている。もう終わった。洋介は呆気なく覚悟を決めた。どうせこの先どうなるかわからない運命である。それならば色々翻弄される前に楽に消えたい。そう願った洋介は潔く目を瞑る。

(ああ、儚い生涯だった……)

「あっ、ちゃんとここにいたっ!」

 物音はとうとう洋介の目前にまで来た。どうやら話している言葉は日本語であるようだが、既に瞑想の段階に入ってしまっている洋介にはそれに気付く余地はない。ただただ短い生涯に思いを馳せるのみである。

「あれ? 起きてるよね? おーい、洋介?」

「おかしい……俺を呼ぶ声が聞こえる……ああ、そうか。死神が俺を呼んでるんだ」

「むっ、死神とは失礼な。こうしてやる、えいっ!」

「あっ、痛っ! くうぅぅぅぅ……死ぬぅ」

 目を瞑って恐怖から逃れようとしている洋介に目の前の人物は拳骨を喰らわす。それはふざけて繰り出した拳骨のため大した痛みではないのだが、恐怖に耐える洋介には突然の痛みは過大に感じられた。その結果大袈裟に頭を押さえて、苦しむという行動をし始める。

 それには流石に驚いたのか殴った当人も慌てて洋介の心配をしだす。頭を抱えて苦しむ洋介を支えて、膝枕をするような体勢に持っていく。

「だ、大丈夫? そんなに強くやったつもりはないんだけど……あっ、瘤が出来てるね。ごめんね、もしかしたらそこ触っちゃったかも」

「あ、ああ、瘤に当たった……って日本語?」

 ここにきてようやく相手が日本語を喋っているということに気が付いた洋介は恐る恐る目を開ける。するとそこには日本語を話せる人物どころかよく見知っている人物がいた。彼を悩ませ続けた元彼女、小山田菜々美だった。

「な、菜々美!? どうしてここに……」

「洋介に会いたかったから逃げてきちゃった。……ううぅ、本当に会いたかったよぅ」

 そう言うと菜々美は感極まったのか涙を流しながら膝枕している洋介の頭を抱え込んだ。

「むぐぅ!? むうぅぅぅぅぅううっ」

「本当に会いたくて会いたくて……」

 自らも自信を持っているところであるバストに包まれてしまった洋介は苦しくなる呼吸にジタバタ悶える。だが、菜々美の抱え込む力は強く、全く引き剥がせそうにない。

「あれ? どうしたの洋介? そんなに暴れて」

 洋介の異変を察した菜々美はそこでようやく洋介の頭部を解放する。洋介は苦痛半分、幸福半分といった状態で呼吸を必死に整えている。苦しかったのも事実だが、悩ましいバストに包まれた至福もあったので、あまり強く不満を言えない。結果としてただ呼吸を整えることしか出来なかった。

「はあはあ……死ぬかと思った」

 必死に酸素を求めながらも洋介は菜々美がいたことで助かったと心底思った。これで菜々美から現状に対する情報を得ることが出来る。そうすれば生き延びることも出来る。洋介はこの僥倖に深いことは考えずにただありがとうと感謝をしていた。

「はあはあ……なあ、菜々美。ここってどこか……わかるか?」

 洋介は荒い呼吸を整えながら菜々美に聞きたいことを尋ね始める。少なくとも密林から出てきたのだから自分よりもここについては詳しくわかっているだろう。そう判断した洋介の質問だったが、その返答はいきなり洋介の顔を曇らせるものだった。

「ここ? さあ?」

「えっ? さあってお前……」

「だって私もどうやってここに着いたのか知らないんだもん。気が付いたらここに流れ着いてたってだけで」

「……そういや俺らってなんでこんなとこにいるの?」

 洋介はまずそこが疑問だったと質問を変える。船上でいきなり襲撃され、気を失っていた洋介は一部始終を知らない。目が覚めたらいきなりどこぞの土地にいたという話である。まさしく彼は何もわからない状態なのである。

 そんな洋介に対して菜々美は顔を曇らせるでもなく明朗に事情を説明していく。

「救命ボートに乗って海に出たら、凄い眠くなっちゃって。それで目が覚めたらここにいたんだけど……」

「救命ボートって……俺そんなのに乗った覚えないぞ?」

「うん、だって気を失ってる洋介を私が乗せたんだし」

「気を失ってた? ……そういや俺って瞳を探してたら何かにぶつかられたところから記憶がないな……」

「それ私。ぶつかったの私だよ」

 素直に犯人だと白状する菜々美。それに対して洋介も半ばわかってたけどねといった様子で頷く。そうなると洋介にはここに至った経緯が全て判明した。だが、判明したからといって何かが解決したわけでもない。結局現状は何も変わらない。だが、洋介はその経緯を知ると思わず身震いをしてしまう。

「……よく今生きてるな、俺……」

「やっぱり私達は何か持ってるんだよ」

「うるせえっ! 何か持ってるんだったらこんなことで使いたくなんてなかったわ!」

 菜々美の緩い言葉に洋介は思わず声が大きくなる。洋介としては無理矢理こんな所に連れてこられた格好なのですこぶる不機嫌だった。何てことをしてくれたんだという怒りが沸々と湧き上がってきていた。

「どうするんだよ! このままここで暮せってか? 冗談じゃない」

「いいじゃん。私と洋介二人だけの世界。幸せでしょ?」

「喧しい! 俺は不幸だ!」

 もういよいよ沸騰してしまった洋介は止まらない。菜々美の勝手な行動に対する不満をぶつけずにいられなくなってしまった。冷静さを欠いた洋介はその言葉に不安を感じることが出来なくなっていた。

「本当に余計なことばっかしやがって。人の家に勝手に入るし、脅迫はするし……。挙句の果てにこれかよ。本当に何してくれてんだよ」

「だ、だって洋介のこと大好きだから……」

「大好きなら俺を喜ばす行動を取ってくれよ! お前がやってること全部逆じゃないか!」

「そ、そんなつもりは……」

「そんなつもりはなくても実際そうなってるんだよ」

「……」

「もしここから無事に救出されたら絶対俺、お前のこと訴えてやるからな。危うく大海原で水死するところだったじゃねえか」

「……」

「それに今だってここが安全だって決まったわけじゃないしな。何があるか……って菜々美?」

「……」

 それまで勢いのまま菜々美を罵り続けていた洋介は突如黙り込んだ菜々美に不審がった。そして黙ったまま着ている服のポケットに手を突っ込んだところでもう洋介には嫌な予感がしていた。

「ちょ、ちょっと言い過ぎた。ごめん、本当にごめん!」

「ねえ、洋介?」

「は、はい!」

 先程までの勢いはどこにやら。洋介は菜々美の声に背筋を伸ばして反応する。膝枕から解放された直後であるためその距離は密着状態。逃げ場はどこにもない。洋介は迂闊だったと今更ながら自分の言動に後悔した。

「これ、何かわかる?」

「ひいっ!?」

 菜々美がポケットからナイフを取り出すと洋介は惨めにも悲鳴を上げて、その場に凍りつく。すっかり腰が抜けてしまったようで身動きもままならない。

 しかし、それも無理はなかった。そのナイフは明らかに血液が付着しており、誰かを斬り付けた痕跡が残っていたからだった。それはつまり菜々美はその気になれば人を斬り付けることにも躊躇がないということを示している。そしてもちろんそれは洋介も例外ではないだろう。洋介はかつてない恐怖に襲われていた。

「ねえ、洋介? 私、洋介が寝ている間にこの島を見て廻ってたの」

「そ、そうか……」

「それでね、この島が物凄い狭い島だってことがわかったの。それこそあっという間に一周できるぐらい」

「……」

「そしてこれが一番重要なんだけど……」

「そ、それは?」

「この島、私達以外誰も住んでないの」

 その言葉を聞くともう洋介には希望が何もなくなった。菜々美と正真正銘二人きり。退路は狭い孤島であるため全くない。まさに袋の鼠だった。

「それで洋介……私としてはね、ここのアダムとイブになろうよと提案したいんだけど……」

「だ、誰が?」

 洋介がそう間抜けな問いを返すと菜々美は鋭い目つきでナイフを光らせる。それだけで洋介はもう黙ることしか出来ない。力関係は歴然としていた。

「そんなこと言わなくてもわかるよね?」

「は、はい! わかります、わかります!」

「それで洋介は……受け入れてくれるかな?」

 菜々美はにっこりと魅力的な笑顔を浮かべながらナイフを洋介に突き付ける。言葉上では選択肢を用意されているが、実際には選択の余地などない。ただただ洋介は首を縦に振るしか出来なかった。

「うん、嬉しいよ。これで私達一つになれたね。……それじゃ、結ばれた二人の最初の共同作業をしようか?」

「き、共同作業って?」

「この島は私達の島なんだから私達の手で繁栄させないといけないよね?」

「あ、ああ。そういうことになるかな?」

「だったら……もうわかるよね?」

 そう言うと菜々美は徐に服を脱ぎ始める。それで菜々美の意を察した洋介はガタガタと震え、恐怖を露わにする。もし菜々美似の子が生まれでもしたらと思うと気が気ではない。狂気に満ちた島が出来上がりそうで恐ろしかった。

「さ、二人の愛の結晶を作ろう?」

 腕を掴まれ、引き寄せられた洋介は菜々美によって強引に唇を奪われる。その光景はもはや捕食に近かった。その瞬間、洋介はもう全てを諦めた。瞳からは生気が消え、人形のように菜々美のなすがままに扱われる。もはや洋介は菜々美の所有物に成り下がった。

 孤島という檻の中に入れられた洋介は彼の過去、未来、人間関係、そして彼自身の人格さえも悉く破壊された。ただこれから先待ち受けるのは菜々美によって作られる世界。そこは決して洋介が望む世界ではない。菜々美の数々の常軌を逸した行動によって洋介にはもう菜々美に対する愛など湧き上がりもしない。

(せめて菜々美を愛することが出来るならな……)

 そうすれば楽になれただろうにと思いながら洋介は意識を徐々に手放す。それはもう二度と彼が彼らしい行動を取ることがないという合図だった。

 狭くなっていく視界には熱心に洋介の身体にキスマークを付けている菜々美が映っている。洋介はそんな菜々美を哀れそうに見ながら、ゆっくりと目を閉じたのだった。


というわけでえらい長く時間がかかりましたが、これで「DESTROY」は終了です。

読んでみると第二十八話で止めた方がよかったかもしれないと思いましたが、一応プロットでは最後は無人島で洋介が飼われるという考えだったのでそこまで書きました。そのため最終話は余分という感じがしないでもないです。

私の作品の中で最も長いお話ということで色々至らない点はあったと思いますが、ここまで読んでくださって本当にありがとうございました。

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