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DESTROY  作者: 氷室
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第二十四章

 既に学生服の人影は見当たらない通学路。洋介と瞳は開き直ってのんびりと登校していた。もう時刻は一限目も半ばの時間帯である。今から急いだところで終わりがけの一限目に滑り込むだけなので二人はいっそのこと区切りよく二限目から出ようと相談していたのだった。

 それに二人には家の外に出た以上、対策をしなければいけないことがあった。今や形振り構わない状況になりつつある菜々美への対策である。

「そんでどうしようか?」

 洋介は最初から瞳にお任せと言わんばかりのテキトーな態度で瞳に話を振る。そんな洋介の態度にむしろ自分がその問題の中心だろうと瞳は呆れるが、巻き込まれてしまっている以上、対策を練らないと二人は破滅である。瞳は洋介の言うまま対策を考えざるを得なかった。

「ちょっとは自分でも考えてみてよ。二人の問題なんだからね」

「すまんすまん」

 瞳の苦言に軽く謝る洋介。その態度を見るに結局自分一人で考えるんだろうなと瞳はため息をついてしまう。

 だが、洋介の考えというのは基本的に甘い。菜々美を振り切ることが出来ずにここまで事態を深刻化しているのも洋介の甘さから来ている点は否定出来ない。菜々美と完全に決別するという意思が洋介には持てなかった。元来気の優しいところのある洋介は必死に縋る菜々美を切り捨てることが出来なかった。強硬に菜々美を振りきればこの事態を回避出来たかもしれない。瞳はつくづくそう感じていた。

(でもそういう優しいところが洋介のいいところでもあるんだけどね)

 それでも瞳は洋介の甘いところは決して欠点にしかならないとは思わなかった。現に何度も気持ちを示し続けてきた洋介をその都度冷たくあしらったにもかかわらず、洋介はその後、気持ちを受け入れてくれた。洋介が甘くなかったら実現しなかった展開である。

(言い換えれば度量が広いのかな。まあ、良く言えばだけど)

 瞳はそんな彼氏の性質にため息をつきつつも認めるかのような微笑みを見せる。これから先もこの性格ゆえに危ういことになるかもしれないが、その度自分が助けてあげようと瞳は決意した。それが洋介に対して冷淡に当たった時期の償いであると思った。

「とりあえず二人は絶対に一緒に行動。これが身を守る大前提ね」

「そうだよな。一人になったらまた菜々美に付け込まれそうだ」

 洋介はもう何度痛い目を見たかと苦笑いをする。とにかくそのいずれも一人でいた時に起こったために洋介はこの提案には賛成だった。

「付け込まれるぐらいで済めばいいけどね。下手したら命を持ってかれるわよ」

「そうなんだよなあ……」

 既に凶器をチラつかされた以上、少なくとも洋介は本気で身の危険を感じないといけない。そのためには一刻も早く菜々美を塀の向こうに送り込まないといけない。しかしそれが難儀であった。

「小山田さんを自滅させるのが一番安全なんだけど……。それには逆に危険に身を晒さないといけないのが問題よね」

「何度打ち合わせしても不安は残るよなあ」

「他に手があればいいんだけど」

「……実はないこともないんだけどな」

「えっ!?」

 瞳は苦慮に顰めた顔を一気に驚愕へと変化させる。洋介の口から飛び出した他の手がないこともないという言葉に過敏に反応した瞳は洋介を押し倒さんばかりの勢いで洋介に詰め寄った。

「ちょ、ちょっと! 何で他に手があるなら早く言わなかったのよ!?」

「く、苦しい……。瞳、手を離してくれ……」

 洋介の首根っこを掴んで揺さぶる瞳に洋介は弱々しくギブアップを宣言する。瞳の手にタップして離すよう促す様はとてもいい手を持っているようには見えない。

 それでも瞳にとっては喉から手が出るほど欲しい情報である。洋介から手を離した瞳はさあ疾く話せと洋介の目を鋭く見据える。そのあまりの威圧感に洋介はかえって話し辛くなっているということを瞳は全く察せていない。洋介は一気に自分の意見に自信を失い、吃りがちになってしまう。

「ううん? どうしたの? 早く言ってみてよ」

「あ、ああ……」

 瞳の催促にも洋介は中途半端な頷きしか返せない。ただ引き攣り笑いをしながら頭を掻くだけである。

(い、言い辛い……なんか下手なこと言ったらものすごい罵倒されそうな雰囲気だ……)

 洋介はある程度は自分の提案に自信を持っていたものの、瞳の思わぬ期待の前に言い出し辛くなってしまっていた。異常な期待だけにそれを裏切られたと瞳が感じたらどうなってしまうだろうか。洋介は一気に臆病風に吹かれてしまっていた。

「ちょっと、早く言いなさいよ。気になってしょうがないじゃない」

「あ、あのな……今思ったんだけどそこまでいい手じゃないかも……」

 しきりに催促する瞳に対して洋介は下手に出る。最初に期待値を下げておけば、もし本当にくだらない手だと思われてもそこまで期待を裏切らないで済むだろうし、もしいい策だと思われたら期待値の低さから余計に褒めてもらえるかもしれない。実に矮小な態度だが、今や瞳の尻に敷かれつつある洋介にとってこれは将来の像かもしれなかった。

 しかし、そんな洋介の態度は瞳には違う風に取られていた。その出し惜しみにすら見える様子は否応にも瞳の期待を増していく。残念がら洋介の期待した効果とまるで逆方向へと向かってしまっていたのである。

 洋介も最初の内は自らの態度がさぞ瞳の期待値を下げたであろうと思っていたが、むしろ輝きを増す瞳の目を見て逆効果であったことをすぐに悟った。もはや洋介には逃げ場はなくなっていた。こうなるともう自らの思案を素直に披露するしかない。洋介は腹を括った。

「……わかった。それじゃ話すぞ」

「うん……」

 通学途中にも関わらず、二人は真剣な顔で立ち止まり、会議を開く。場は道端。しかし、もう学生は登校している時間帯であり、通学路には人通りは比較的少ない。二人は静かな環境であることも幸いして快適な会議を開ける状況にあった。

 そして洋介が口を開きかけた今、遅刻している立場でありながら足を止めて悠々と二人きりの会議が始まった。

「俺の考えってのはな、要するに菜々美に嫌われるようなことをすれば全部片付くんじゃないのかってことなんだけど」

 洋介はまず簡潔に自論を説明した。細かい事柄を省いたわかりやすい説明ではあるが、向かい合う瞳の反応はあまり芳しくない。洋介はわかりにくかっただろうかと無駄な心配をする。だが、むしろこれ以上どう簡潔にすればいいのかと洋介の方がわからなくなってしまう。とにかく洋介は瞳の意見を待つしかなかった。

「ど、どうかな?」

「うーん……結論から言えば、駄目だと思う」

「ええっ!?」

 会議開始から数十秒、いきなり腹中の策を駄目出しされた洋介は驚愕と落胆に叩きのめされる。

 洋介としてはそれなりに自信はあったが、瞳の否定的な態度を恐れて自信なさげに振る舞った。あくまで振る舞ったのであって、洋介としては受け入れられるだろうという考えが頭の中で多数派だった。

 しかし、それがものの僅かの間に否定されてしまったのであるからその衝撃は計り知れない。洋介は完全に魂を飛ばした放心状態になってしまっていた。

「あのねえ、洋介。洋介は小山田さんの状態をよくわかってないんだよ。今の小山田さんは何したって自分の都合のいいようにしか解釈しないんだよ? 嫌われるような行動や言動をとったって、結局小山田さんを喜ばすだけ。無駄」

「……」

 瞳が反論しているが、今の洋介には全くそれが頭に入ってこない。自己の防衛のために否定的な意見は全て理解する前に都合よく排除されていた。傷付き、繊細になった洋介の心に瞳の反論は致命傷を与えかねない。今の洋介は人形同然の無意識状態だった。

「むっ、洋介! 聞いてるの?」

「……いつっ、いたたたたたっ!」

 まるで反応の返ってこないことを訝しんだ瞳は容赦なく洋介の耳を抓り上げる。あまりの激痛に洋介の意識は無理矢理肉体に帰させられた。まだ癒しきっていない心に瞳の苛烈な意見は致命傷になりかねなかったが、もう洋介には逃げることは出来なかった。今から洋介は自信喪失になりかねない状況に晒される立場となった。

「私の話聞いてた?」

「あ、ああ。聞いてたよ。俺の意見が甘いってことだろ?」

「具体的にどう甘いの?」

「それは……」

 無意識下で瞳の声を拾っていた洋介だが、細かい所までは網羅していない。それを聞いてしまっては心が軋むのだから聞くわけがない。洋介は瞳の詰問にしどろもどろになりながら、立ち向かう。

「ほら、聞いてない。これだから反省がないんだよ。このままじゃ本当に危ないわよ。小山田さんに簡単に嵌められそう」

「……」

 事実二度も窮地に追い込まれた前科がある洋介は何も反論出来ない。いよいよ洋介は瞳の言葉のサンドバックと化してきていた。

「仕方ないわね……。いい? 洋介が言うように小山田さんに嫌われる真似してもトランスした彼女には都合のいいようにしか解釈されないのよ」

「仮に殴る蹴るをしたとしても?」

「多分嬉々として殴られ続けるでしょうね……」

「うわぁ……」

 実際にその光景を想像すると洋介は全身に鳥肌が立ったような感覚がしていた。洋介は実際に自らの腕を見てみた。やはり鳥肌が立っていた。非常にある意味恐ろしい光景なのだから無理もない。

「なんか蹴る足とかにしがみ付かれそうで怖い……」

「ボコボコにされながらも嬉しそうに笑いながらしがみ付く女の子……。ちょっとしたホラーね」

 二人は更に具体的な光景を想像して震え上がる。出来の悪いホラー映画なんかより余程恐ろしいものだった。二人はすぐさま洋介の意見を却下する。もう洋介にはその意見への未練やプライドなどはあっさり放棄していた。

「そ、それ以外に何か案はある?」

「……ないな」

 結局自身の身を危険に晒して菜々美の暴走を誘うしか道はないのかと洋介は落ち込む。下手をすれば落命とあってあまり取りたくはない策だが、これ以降も菜々美といういつ爆発するかわからない危険物を抱えていきたくはない。洋介は覚悟するしかなかった。

「やっぱり暴走を誘うしかないか」

「そうね……危険だけどやるしかないわ」

 一度覚悟が決まればその後は揺るがない。洋介は腹を括ってどう菜々美を誘い出すかを考える。幸い足を止めていたこともあって学校まではまだ距離があるし、最悪帰りでも翌日でもいいのである。ただし、早めに片をつけたいものではある。自由なようで自由でない難しい問題であった。

「まあ、作戦が出来上がったらまた連絡するわ」

「うん。それじゃ学校に向かいますか」

 策を最終決定した二人は学校に向かって歩みを再開する。学校に入ればそこには菜々美がいる。いつイレギュラーな事態が起こってもおかしくはない。二人は気を引き締めながら学校へと向かうのだった。

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