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DESTROY  作者: 氷室
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第二十二章

 互いの想いを確かめ合い、晴れて恋人同士となった洋介と瞳はそのまま洋介の部屋にて今度は対小山田の作戦を練ることにした。とにかく結ばれても菜々美をどうにかしないことには待つのは嫉妬に狂った菜々美によるジェノサイドである。それでは意味がない。自然、二人の顔も恋人同士で同じ部屋にいるというのにその雰囲気にそぐわぬ真剣なものになっていた。

「さて、それで菜々美の方はどうしようか」

「警察に……といきたいところだけど決定的な証拠がないのよね……」

「やっぱりナイフとカッターだけじゃ無理かなあ」

 そう言って洋介は証拠物品として押収してきたナイフとカッターを見詰める。これには当然菜々美の指紋がべったりと付着しているが、その凶器で洋介を襲ったという証拠には結びつかない。ナイフもカッターも日常で使う機会はあるのだから。

「やっぱり現行犯で誰かに通報してもらいたいわね。目撃者が欲しい」

「だけどそれだと襲われないといけないぞ。それこそ殺されかねない」

「だけど先延ばしにしてもいずれ襲撃されるでしょうね。結局危険は避けて通れないのよ」

 弱気な洋介の尻を叩く瞳は闘争心に満ち溢れていた。障害があるほど燃え上がるのは結構だが、時と場合を弁えてほしいと洋介は切に願った。何しろ命が懸ってしまっているのである。そこは燃え上がるところではないと洋介なりに判断していたのだが、今の瞳を見ると洋介の消極的な態度は受け入れられないだろう。何とも難儀な状況であった。

「それでも菜々美だってそんな単純じゃないんだから人目のある所で襲ってきたりしないだろう。どうやって仕向けるんだよ」

「それが単純なのよ。意外とね」

 洋介の懸念に対し、瞳は自信ありげに答える。何か秘策があるのならばこの危険な作戦に対して前向きになることも吝かではない。洋介はそんな具合にやや身を正面の瞳に対して乗り出す。やる気が少々見え始めた洋介を見て瞳はニヤリと笑う。

「あの手のタイプは目の前で露骨にいちゃついてやればすぐにでも沸騰するわ。それこそ周りが見えなくなる程にね」

「そうかなあ……」

「まあ、最初は人目のない所で彼女を煽らないと厳しいかな。でも一度沸騰させれば後は逃げる振りして人目のある所に誘導すればいい。それだけよ」

「……テキトーだな」

 洋介は瞳の自信満々の提案に呆れ気味だった。そんなに上手くいくとは正直洋介には思えない。まして菜々美はおかしくなった振りをして洋介を嵌めたことがあるほどの策士だ。そんな簡単に思い通りになるわけがない。洋介はすぐさま反対の意を示す。

「無理だよ、そんなの。もっと具体的にするなり別の考えを出すなりしないといけないな」

「ううん、絶対に上手くいく。それに具体的にしちゃうとイレギュラーな事態に対応し辛いし」

「だったら根拠を言ってくれ。今の俺には不安な未来しか見えない」

「そうね……今の小山田さんの大まかな状況はわかるかな?」

 いきなり瞳にそんな質問をされた洋介はたじろいでしまう。そんなことがわかるなら菜々美の所業に振り回されたりはしていない。洋介はやや不満そうな表情で瞳を見据える。

「そんなのわかるわけないだろ。わかってたらこんな状況になってない」

「そこが駄目なのよ。彼女の立場に立って考えてみて」

「立場って言われてもなあ……」

「はあ……仕方ないわね。いい? 今の彼女は間違いなく焦っているわ」

 洋介のやる気のない態度に瞳は嘆息しながら説明を始める。洋介もわかるわけないと言いながらもやはり興味はあるのか聞く姿勢を整えていた。

「焦ってるってどうして?」

「考えてもみてよ。彼女は洋介を脅して、しかもその上その凶器を証拠物件って言われて回収されちゃったのよ?」

「でもそんなの決定的な証拠にはならないんじゃ……」

「それでも彼女は加害者よ? その辺はこちらが思ってるよりも深刻に考えるわよ」

 洋介はそんなものかと半信半疑で聞いている。どうしたって瞳の希望的観測にしか感じられないことは否めない。

「それで深刻に考えてる菜々美は今後どうしてくるんだ?」

「そんなの決まってるじゃない。まずはストーキング。そして出来るなら不法侵入を試みるでしょうね」

「ええっ!?」

 洋介もストーキングぐらいは想定していたが、不法侵入まではいきつかなかった。あまりに突飛に感じられる瞳の予想に洋介は口を挟まずにはいられない。

「不法侵入って……そんなことだいたい出来るわけないだろ。うちは母さん専業主婦だし」

「うーん、そうねえ……。不法侵入っていうよりも洋介の許可外侵入かなあ」

「……何それ」

 よく瞳の言わんとしていることがわからない洋介は首を傾げて疑問の表情をする。瞳の方も上手く言葉を選べないもどかしさがあるのか難しい顔をしながらも説明を続ける。

「まず小山田さんは洋介の動向を確認してから洋介の家へ向かう。そしておばさんに洋介と遊ぶ約束があったんだけどいますかと聞く。おばさんはまだ帰ってないと答える。小山田さんはどうしようと悩む。おばさんがうちで待つかと聞く。小山田さんはいいんですかと答えてそのまま洋介の部屋に上がる。はい、これで洋介の許可外侵入成功」

「……ホントだ」

 洋介は瞳の話すシナリオを想像していかにもありそうだと思わず身震いする。帰ってきて部屋に入ればそこには菜々美がいる。そんな場面を想像すると怖くてどうしようもない。洋介はすっかり青ざめてしまった。

「ど、どうしよう……」

「落ち着いて、洋介。そんなことはおばさんに頼んで小山田さんが来てもうちに上げないようにしてもらえばいいのよ」

「そ、そうだな。わかった」

「それで断られた小山田さんは恐らく次は洋介に直接仕掛けてくるわ」

「し、仕掛けてくる?」

 瞳によって不安を取り除いてもらった洋介だが、また瞳の新たな状況予測に不安を投げかけられる。もはや洋介は瞳の操り人形のような状態であった。

「小山田さんとしては大事にしないで証拠物件を奪還したいのよ。だけどそれが出来ないとなると次は直接来るわ」

「俺に証拠物件を渡せってか?」

「そう。その時点で小山田さんはもう形振り構わない精神状態になってるわ。……洋介が大人しく承諾しないなら力づくでってね」

 瞳は妖しく微笑みながら洋介の腕を掴む。洋介はその瞳の行動に大袈裟なほど驚いて震え上がってしまう。完全に瞳の言葉に呑まれてしまっていた。

「ち、力づくって言うと?」

「証拠物件の譲渡、及び通報の取り止めを新たに凶器をちらつかせてしてくるわ。……多分凶器はスタンガン辺りね」

「な、何でそこまでわかるんだ?」

「スタンガンなら女の子の護身具として持ってても不思議じゃない。あからさまな凶器を持ち出すっていう前回と同じ轍は踏まないでしょうね。……そしてそこで彼女は女を利用してくると思う」

「女?」

 そこで突然出てきた女という言葉に洋介は不思議そうな顔をする。もうここまで来ると洋介は瞳の言を疑ったり、否定したりはしなかったがそればかりは全くわからないといった顔つきである。

 そんな洋介に対して瞳は無言で自らの着衣を乱れさせ、肌を露出しだす。理解不能な瞳の行動に洋介は急いで手で目を塞ぎ、そして後ろを向く。

「な、何やってるんだよ!」

「普通傍目から見て男と二人きりで女が乱れた着衣をしていたらどう思うかな」

「そ、それはカップルか襲われるかのどっちかだろう。それよりも早く服を……あっ!」

 洋介は恥ずかしさに顔を赤らめながら慌てていたが、何か思い当ることがあったのか突如口をポカンと開けたまま動きを制止する。瞳はその洋介の反応を見て意を悟ったと判断し、話を続ける。

「叫ばれたくなかったら言うことを聞けってね。しかも今度は多分、ケータイか何かで状況を撮影するわ。前回の暴行の見せかけ事件を反省してね」

「そ、そうなったら一溜りもないな。どうすればいい?」

「そこで私の出番よ。二人で常に一緒にいればそんな真似は出来ない。特に登下校は絶対一緒にするわよ」

「も、もちろんだよ。それでなくても俺達は……」

「うん、恋人同士だしね。一緒に登下校したいもん」

 二人は意見があったなと微笑みながら顔を僅かに赤らめる。それでもそれは一瞬のことですぐに表情を引き締めて問題の対策に戻る。菜々美をどうにかしないことには二人の幸せはやってこないのだから。

「それでこの対策をしてるとね。自然に小山田さんを暴走させることが出来るのよ」

「ああ、多分菜々美は常に俺の動きを見張ってる。そうなると嫌でも俺達がいちゃつくのも見ないといけないからな」

「そう。作戦も上手くいかなくて、洋介は私に独占されている。自分がしたいことを私がしている。……我慢は出来ないでしょうね」

 瞳はこれで自分の策に菜々美を嵌めることが出来ると妖しく微笑む。その表情はどこか悪女といった危うさを秘めた美しさを醸し出していた。洋介はその危険な美貌に魅せられていた。

「ほら、ボーっとしてないで。その時の対策もしとかないと殺されちゃうよ?」

「はっ!? そ、そうだな。それでどうしようか?」

「もう、さっきから全部私に丸投げじゃない。むしろ洋介の方が当事者なんだからね」

「ご、ごめん……」

 瞳の説教に洋介は小さくなって反省する。恋人同士となってまだごく僅かな時間だというのに既に二人の関係は決まってきていた。それは洋介が瞳の尻に敷かれるという何とも情けない関係であった。

「もう、仕方ないなあ。いい? 対策はね、とにかく人通りのない所は避けるってことよ」

「な、なるほど」

「でも大通りは避ける。そうじゃないと我慢出来なくなった小山田さんが仕掛けてこないから」

「爆発させる余地も残しておく必要があるってわけか……」

 洋介は納得したように神妙に頷く。そして拍手をして瞳の深謀を称え始める。そこには多分に瞳のご機嫌を取ろうとする卑屈な考えが含まれていた。

「流石は瞳だ。俺なんかとじゃ格が違う。才色兼備ってやつだな」

「もう、調子いいんだから。ちょっとは自分でも何か考えてよね」

 瞳は口ではそう言うものの表情は緩み切り、もっと言って、もっと褒めてと求める様子があった。勿論そんなことを口にはしないが、それを敏感に感じ取った洋介は賛辞と拍手を惜しみなく瞳に捧げる。ここ数日で洋介が身に付けた空気を読む、とりわけ女性に対する空気を読むという悲しい保身術の成果であった。

「瞳がいなかったら俺は今頃途方に暮れてたよ、本当にありがとう。……でも早く服を着てくれない?」

「恋人同士だから別にいいでしょ? それともお子様の洋介には刺激が強すぎたかな?」

「なっ……」

 瞳の挑発に洋介は顔を真っ赤にして黙り込み、動きを停止させてしまう。一枚も二枚も上手の瞳に尻に敷かれつつも洋介はこういう恋人同士といった雰囲気のする会話ややり取りが本当に嬉しかった。昔から夢見てきた状況。実に幸せだった。

 この心地よい状況を続けていくためにも洋介は菜々美をどうにかしなければならない。幸せな将来のために洋介は怯えていた先程までの自分と決別をし、菜々美に立ち向かおうと改めて決心したのだった。


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