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DESTROY  作者: 氷室
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第二十一章

「甘い!」

 現在午後五時。洋介は自室にて瞳に説教をされていた。ベッドの上に正座する洋介の正面に仁王立ちする瞳の姿はまさしく鬼神の如き形相である。瞳の容姿が優れた美貌だけにその怖さは比類ないものになっている。

「刃物出して脅されたんでしょ? もう完全に犯罪じゃない。警察に突き出せばいいのよ」

「いや、それはちょっと可哀想だし」

「だからそれが甘いって言ってるのよ。何かあってからじゃ遅いのよ?」

 瞳の言うことはいちいち尤もで洋介としても反論はし辛い。結果として洋介は説教をされる格好になる。何とも情けない状態であった。

「もう小山田さんは普通じゃないわ。脅迫をしてくる時点でもうちょっとおかしいけど、今度は刃物まで持ち出した。このままだと洋介、死ぬかもよ」

「うっ……」

 瞳から突きつけられた死という言葉に洋介は反応を示す。普段であればそんな馬鹿なと笑い飛ばすところだが、現実にナイフを構えられた以上笑い飛ばすことは出来ない。今や死はごく身近に迫った概念と化していた。

「証拠物件を押さえて、このままお終いってことにはならないかな?」

「そうならないって感じたから洋介は授業出ないで家に帰ってきたんでしょ?」

 瞳はもうため息をつきながら洋介を諭している。洋介の楽観的観測に呆れているようである。そんな瞳の態度に洋介も事態の深刻さを感じずにはいられなくなってきた。

「いい? 犯罪っていうのはね、自分に降りかからないって思ってたら大間違いなのよ? 思いがけなくいつかやってきたりするんだから」

 瞳は真剣な顔で洋介に持論を述べ始める。そこには自身が男達に乱暴されそうになったという苦い経験が入っているためにかなりの説得力があった。洋介もそこは余計な口を挟まずに神妙に聞いている。

「特に小山田さんの場合は誰でもいいっていう行動じゃないんだから、必ずいつか仕掛けてくるわ」

「やっぱりそうかな……?」

「今はかなり危険な状態にあると思う。だって形振り構わず特攻してそれが失敗に終わったんだから」

「今度は今回以上のが来ると?」

 洋介は些か蒼白になった顔色で瞳にそう尋ねる。洋介としてはそこまではいかないと否定をしてもらいたかったが、その希望に反して瞳は静かに頷く。なまじ瞳が冷静に真剣にしているために洋介の落胆も激しい。今後自分の身辺を警戒しなくてはならないと思うと洋介は家から出たくないとさえ思った。

「下手したら……本当に殺されるかな?」

「さあ、そこまではどうだろうね? だって彼女からしたら洋介を手に入れたいわけだから殺しちゃったら意味ないじゃない」

「えっ?」

 洋介は瞳の言葉に訝しがる。さっきは死ぬかもなどと言っていたくせに今度はそこまではどうだろうと言い出す。洋介は途端に瞳の言葉に説得力を感じなくなった。

「さっき瞳、殺されるかもよとか言ってたよな。なのに今言ったことまるで逆だぞ」

「心構えの問題よ。あまりにも洋介が楽観的なこと言ってるからちょっと脅したのよ」

 そんなこと何でもないと言わんばかりに瞳はあっさり洋介の疑問を一蹴する。そんな重箱の隅をつつくようなことを言うなと瞳の視線は鋭く洋介を貫く。その視線を感じて洋介の態度はますます矮小になる。

「まあ、脅しただけとは言ったけど完全にないとも言ってないわよ? 行くとこまで行ったら最終的には殺されると思う」

「さ、最終的って?」

「今すぐ小山田さんが殺すってことは多分ないと思うけど、どうにも手に入らないってなると話は別」

 安心させられたり不安に突き落されたりと洋介は反応に忙しい。特にその顔色はさっきから蒼白になったり晴れたりと変化に暇がない。洋介の疲労は著しく蓄積されていっていた。

「それで俺はどうすればいいんだよ」

 いい加減疲れた洋介は結論を求めようと瞳にくってかかる。もはや洋介には自分でどうすればいいのか考える余裕をなくしていた。菜々美の暴走、瞳のあまりに真剣な説教と今日一日はハードすぎたようである。

 そんな洋介に瞳は呆れたようにまた一つ深いため息をつく。今日一日授業を受けてその上洋介に付き合って会議を開いているため彼女も疲れているのである。こちらもいい加減洋介に行動を決めてほしいといった様子が窺える。

「だから言ってるでしょ? 警察に行きなさいって」

「……やっぱり結果的にそうするしかないのか?」

「それが双方のためよ。洋介も被害に遭わなくてすむし、小山田さんもこれ以上余計な罪を重ねなくてもすむ」

「うーん……」

 瞳の助言に洋介は考え込むものの、既にそういう悩む姿勢を見せる時点で瞳は気にくわない。明らかに苛々した様子で瞳は洋介の決断を待つ。

「……決めた?」

「いや、でもなあ……」

「ねえ、もしかして洋介って女の子から好意を寄せられてることが気に入ってるんじゃない? それがたとえ歪んでいたとしても」

 瞳は辛辣に洋介の内心を指摘する。洋介の煮え切らない態度に業を煮やしての行動のため、厳しい物言いになっている。先程から押されっぱなしの洋介には当然、それを黙って聞くしか道はない。

「図星でしょ。それならいいわ。決断するしかないようにしてあげるから」

「な、何を言ってるんだ? 決断するしかないって」

 先の読めない瞳の言葉に洋介はただただうろたえることしか出来ない。そして瞳は洋介がそんな冷静な判断を下せない状況を活かして行動に出た。

「洋介。私と付き合おう? そうすれば踏ん切り付くでしょ」

「な、何? つ、付き合うだぁ?」

 洋介は瞳のあまりの発言に口をパクパクさせながら動揺を露わにする。もはや冷静な思考が出来ないことは火を見るより明らかだった。

「そう。これで私は小山田さんにとって憎き恋敵ね。今の形振り構わない小山田さんなら私をどうするかな?」

「どうするって……はっ!?」

 瞳の言葉に誘導されるように未来を想像した洋介は何かに思い当ったように顔をハッとさせる。そしてその後、その表情を今度は一気に青ざめさせる。その洋介の百面相で瞳には洋介の頭の中が手に取るようにわかった。もはやこの場の主導権は完全に瞳のものとなっていた。

「わかったみたいね。……間違いなく殺されるわね」

「お、お前……こんなことのために何言い出すんだよ……」

 洋介は自らの命を懸けて洋介に決断を促そうとする瞳に底知れぬ恐怖を感じた。菜々美といい瞳といいベクトルは違うとはいえ命を軽々しく考えすぎだと洋介は思った。

 自らの想いを成就させるためには人の命など簡単に摘み取ろうとする菜々美。洋介を動かすために自らの命をちらつかせる瞳。二人とも洋介の常識の中では完全に逸脱した存在となっていた。もはや人外と言ってもいいかもしれない。洋介には瞳の真意が全くわからなかった。

「まだわからないの? 簡単なことよ。っていうか私がこう言いだす前に察してほしかったけど」

「な、何?」

「私だってそんな狂った相手に立ち向かいたくないわよ。まだうら若い命なんだから。そうなったら私がこう言いだした理由なんてわかるでしょ」

「……理由?」

 もう洋介には深く物事を考える余裕はない。瞳に支配された展開の中でただただ瞳の言うことを鸚鵡返しに口にするだけである。そんな洋介に瞳は最初から何も期待していなかったのか洋介が悩む様子を見せ始めたところで早くも口を開く。

「……私は洋介のことが好きってことよ。それこそ身を呈して守りたいくらい」

「なっ……」

 瞳の告白に洋介はまず驚き、そして顔を一気に紅潮させる。先程からの百面相は一向に収まる気配がなかった。

「聞こえなかった? それなら何回でも言ってあげる。私は洋介のことが好き。それこそつい最近までの自分の態度を死ぬほど後悔するくらいにね」

「……」

 瞳の聞いてる方が恥ずかしくなるまでの告白が洋介に降り注ぐ。もう言っている本人よりも洋介の方が紅潮している。そして洋介はその恥ずかしさに耐え切れなくなったのか、それとも思いがけなく憧れの相手からされた告白に頭がついていかなくなったのか固まってしまった。女の子に告白されているのにそれを放置したまま固まる男。何とも情けない光景だった。

「……予想外って感じね」

 瞳は心外なといった様子でため息をつく。十分にアプローチはしていた筈と振り返るが、洋介に察してもらえていなかったということは不十分だったのだろう。瞳はとりあえずそう結論付けて今の落胆の心地を振り払う。

「それで洋介の返事は? 告白したんだから返事ぐらい頂戴。まあ、洋介が何と言おうと諦めるつもりはないから結局私は対小山田に動くんだけどね」

 瞳は呆然とする洋介の肩を掴み、顔を近付けていく。瞳ほどの美少女がその端正な顔を近付けていくのである。まして瞳の表情は真剣そのものなのである。この強烈な存在感に洋介はようやく我に返ることが出来た。

「お、俺は……」

「私を危険な目に遭わせたくないから断るって言うのはなしよ。結局私は愛する洋介のために体張るんだから」

 瞳は先手を打って洋介の言葉を遮る。洋介の性格を考えれば可能性の高い方向だったが、どうやらそれは当たっていたようで瞳にそう言われるや洋介は口を噤んでしまう。

「さあ、余計なことは考えないであなたの気持ちを聞かせて」

「……わかったよ」

 洋介は観念したように頷く。こうも考えを読まれているのでは小細工や誤魔化しは通用しない。というよりもそんなことをしては失礼にも程があると洋介は思い直した。瞳の覚悟が定まっているのならと洋介は素直な気持ちを吐露する。

「俺は昔からずっと瞳のことが好きだ……。だけど何度踏み込んでいっても弾かれるばっかりで……」

「……それは本当にごめんなさい」

 瞳は苦い過去を思って洋介に謝罪する。自らにとっても苦い過去だが、洋介にとってはそれ以上に辛く惨めな過去だったろう。そんな態度を取って洋介を弱らせ、そこに菜々美が現れたことを思うと瞳は責任を感じてしまう。

「私がもっと早く洋介の良さに気付いてれば小山田さんは現れなかったのにね……」

「いや、結局俺が弱いからこうなったんだ」

 責任を背負いこもうとする洋介に瞳は言いようのない不安に襲われた。せっかく両想いで恋人になったというのに一人で責任を感じる洋介を瞳は放っておけない。瞳は優しく洋介を抱きしめ、包み込む。

「二人で何とかしよう? ねっ?」

「……ああ」

 抱きしめられていた洋介は腕を動かし、こちらも瞳の背中に腕を回す。お互いを抱きしめ合う二人は迫りくる不安を共有しようとその腕の力を徐々に強くしていくのだった。

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