第十四章
「ご苦労様、私のショーツよ」
瞳はリビングのソファに寝転がりながら自らの下着を称えている。手に握られたその下着は先程洋介の部屋に仕掛けた下着だった。洋介と奈々美を仲違いさせる原因となった物に瞳は抱き締めたり、口付けをしてあげたい程感謝していたが、流石にその物が下着だけにそれは避けた。それでもこの下着は格別大事にしようと一人心に誓っていた。
「それにしてもあそこまで上手くいくなんて思わなかったなあ」
瞳は下着を丁寧に畳んで横に置いておくとそう呟いた。自分の願いを見事成就させてくれた功労者に労いの言葉をかけながらもそのあまりの成果に瞳は戸惑いもしていた。
「私としては二人の間をギクシャクさせるだけでも十分だったんだけど、まさか別れるまでになるとは」
確かに菜々美の反応は瞳の予想の範疇だった。殴られることも計算の内ではあった。しかし、菜々美が洋介を殴り、更にその洋介が注意だけに留まらず、別れを告げるところがまさに想定外の展開だった。
瞳としてはふざけた自分が注意を受けながらも菜々美にも洋介から注意が入り、その結果口喧嘩ぐらいしてくれればいいなと思っていたのだが、成果はその遥か上となっていた。
「まあ、とにかく別れたんだから結果はよしね」
瞳は予想とは違った展開ではあるが、自分にとってはよい結果ではあるのでそれ以上は気にとめない。問題はこの後なのである。
「とりあえず洋介とは約束があるから毎日登下校を一緒にしてもらう。そしてそこで仲を深めていくと」
瞳は洋介と結んだ約束を利用し、洋介との仲を深めていく作戦を考えていた。本当はそれと洋介と菜々美との仲を裂いていくことも考えていたのだが、既に別れてしまったので自分のことだけに専念出来る。願ってもいない展開である。
勿論瞳としてはこのまま菜々美が大人しく引き下がるとは思っていない。その点でも洋介と引っついていることは効果的なのである。洋介を監視し、菜々美の干渉を防ぐ。ただし二人は同じクラスであるため授業中などはそれが出来ないが。
「登下校を一緒にして過去の悪い印象を払しょくする。まずはそれが肝要ね」
瞳の何よりのネックとなっているのはこれまでに洋介に対して与えていた悪印象である。いくら洋介が瞳に接してきてもこれまで瞳はそれを歯牙にもかけずに無視してきた。そんな態度のせいで洋介は菜々美に取られてしまったという現実がある以上、ここは無視出来ない。いきなりのステップアップは望めない。瞳は徐々に徐々に洋介の悪印象を取り除いていこうと考えていた。
「洋介は私に対して好意を持っていた。これは事実なんだから溝を埋めるのだって出来るはず」
かわいさ余って憎さ百倍というが、洋介の態度は少なくとも嫌っているようには見えなかった。それでもすぐに気持ちを打ち明けても洋介にだってわだかまりがあるだろう。その気持ちを和らげるためにもやはり時間は必要だった。
「すぐに洋介がよりを戻したり、他の誰かと付き合うことはないはず。焦らない焦らない」
瞳はとりあえず今後の方針を打ち出して一人作戦会議を終了した。そして終了するや否や一つため息をつき、小さく笑みを浮かべる。
「それにしてもこれまで男のことを深く考えたことなんてなかったなあ。いろんな人と付き合ってきたのに……」
これまで何人もの男と付き合ってきた瞳だが、その付き合いはテキトーなものであった。一種のステータスのような付き合い。校内で人気のある誰々と付き合った。何人と付き合ったという魅力を表すステータスを求める材料のような付き合い。そんなものでは当然のように長続きはすることなく別れは早かった。相手のことを思ったりなどということも一切なかった。
「もしかしたらこれが私の本当の初恋なのかもしれない……」
瞳はそう思うと同時に頬が赤く熱くなるのを感じた。昔から抱いていた、しかしようやく今気付いた初恋。そう思うと何だかロマンティックな運命的なものを感じずにはいられない。
瞳は洋介のことを思い浮かべてみる。笑う洋介、怒る洋介、心配してくれる洋介。様々な洋介が思い出とともに頭の中に浮かんでくる。それと同時に瞳の頬はますます赤くなり、胸が高鳴る。
「ああっ、ダメ。なんか恥ずかしい」
瞳は身悶えながら想像を振り払うように手をブンブンと振る。これ以上想像したら恥ずかしさに耐えれそうになかった。
「これが初恋の気持ち……。私にもまだ初恋を楽しめるんだ……」
瞳はこの機会を設けてくれた神様と気持ちに気付かせてくれた洋介に感謝しながら、この初恋を楽しみ、成就させようと一人気合いを入れるのであった。