第十三章
「はあ……何かどっと疲れたな……」
洋介は一人しかいなくなった自室でぐったりとベッドに寝転んでいる。奈々美を追い出した後、直ぐに瞳も洋介を慮って帰っていった。一人になって考えたり、休んだりしたいだろうと判断してのことだろうと洋介も悟り、その配慮が嬉しかった。
そしてその配慮に甘え、洋介は今まさに主に頭を休ませている最中である。ヒートアップした頭の中の火を消して回るのに相当苦慮したのか疲労は色濃かった。もはやそれを隠すことも出来ていないのは瞳があっさりと帰ったことでも分かる。
「もう破局か……。早かったな……」
頭は休むことを欲しているが、その欲求に反して洋介の頭は働くことを止めない。色々考えが頭の中を駆け巡って止まない状態に洋介は自分のことながら苦笑する。
「これじゃ瞳の配慮も台無しだな」
洋介はそれでも何とか頭を休ませようと目を瞑る。だが、目を瞑ると余計に先程のシーンが色濃く頭の中で再現されてしまう。どうやら当分、本格的に休ませることは不可能な様である。
「まだ午前中だしなあ……」
眠気など一向にやってこない。疲れてはいるのだが、眠ることが出来ない洋介は休息を諦めていっそのこと頭の中を整理しようとする。
「とりあえず瞳はいいとして問題はやっぱり奈々美なんだよなあ……」
洋介は奈々美への対処に頭を悩ませる。きっぱりと別れを宣言したとはいえ、どうみても奈々美の方はそれを受け入れたとは思えない。最後の最後まで縋り付いてきた様子を見ると今後も接触を図ってきそうな気がする。洋介はそんな予感がしていた。
「あれだけ酷いこと言って、酷いことしたから愛想尽かしてるかもしれないけどな」
いっそそれだったらどれだけ楽か。洋介は出来ればそちらの方向でお願いしたい気持ちだった。奈々美が縋り付いてくる度酷いことを言わなければならない。愛想を尽かし、別れを告げた相手とはいえ女の子をそう何度も泣かせたくなどない。
「まあ、こればっかりは明日以降にならないと分からないし、考えてても仕方ないか。それよりも問題なのは瞳か……」
そう言うと洋介は瞳の家の方を見る。洋介の部屋から見える瞳の部屋には現在瞳の姿はない。リビングにでもいるのだろうか。洋介は主のいない部屋を見詰めながら一つため息をつく。
「引き受けたからには明日からも瞳と登校するわけだけど、そこに奈々美が来たら……」
また厄介なことになる。洋介はそう考えてまたため息をつく。現状のところそれが一番の問題だった。奈々美が接触をしてこなければ何も問題はないが、また二人が顔を合わせたら何が起こるか想像もつかない。下手をしたら掴み合いの殴り合いになりはしないだろうかと洋介は戦々恐々としてしまう。
「奈々美はともかく瞳も腹に据えかねてるところがあるだろうしなあ……」
何せ殴られた上に顔を踏み付けられたのである。怒らない方がどうかしている。洋介が間に入って奈々美を叱り付けたものの、それだけで瞳の心が晴れたとは思えない。いざ切欠が出来れば報復をしようとしても不思議ではない。
「それも遠慮願いたいなあ……」
そうなるとやはり奈々美がこれ以上接触をしてこないことが一番なのである。接触をしてきても奈々美が心身両方の点で傷つくのは目に見えているだけにそこを悟って欲しい。
「はあ、俺って最悪だな……」
好意を寄せてくることを迷惑に思う自分が洋介は嫌だった。現実には一方通行の好意は迷惑でしかないことはままあることだが、洋介にはそんなことを考える余裕がなかった。とにかく好意を拒むことに苦しんでしまうのである。
洋介は苦渋の表情を滲ませながら寝返りをうつ。制服を着たままであることなどもはや気にしていない。とにかく頭の中の悩み事でいっぱいいっぱいである。より疲れが溜まった洋介は無理だとは思ったが、悩みを抱えたまま再び目を閉じた。