第十章
高梨家の前で不審な光景が繰り広げられている。本来登校しているはずの時間帯に家へと入っていく三人の学生。それも男一人に女二人という何とも怪しい組み合わせであるから余計に不審だった。
そう聞くと男が女を家に連れ込んでいる様に感じるが、この例の場合は女二人に引っ張られてきた挙句に急かされてドアの鍵を開けている。明らかに男の方が無理矢理連れてこられた観である。
「ほら、開いたぞ」
その連れてこられた男である洋介はうんざりした表情で開錠の旨を報告する。全く本人が望んでいない展開だけに傍目から見れば羨ましい限りの状況でも洋介は何も喜びを感じていない。
「お邪魔します」
「お邪魔しまーす。もうおばさん出掛けちゃったかな?」
憂鬱そうな洋介とは正反対に瞳と奈々美は楽しみといった様子で洋介の家へと上がっていく。先程までいがみ合っていたとは思えない程平和な様子だけが今のところ洋介を慰めている。しかしその平和も長続きしないであろうことははっきりしているので虚しい慰めではあったが。
相変わらず陽気な瞳と奈々美が洋介を連れていく構図で家の中も進んでいく。階段を上がり、洋介の部屋の前まで来ると又も奈々美はやや緊張をし始める。それを敏感に察したのはそれを事前に見ている洋介ではなく瞳であった。
「どうしたの? 男の部屋は初めて?」
「うっ……悪い?」
「別に。だけど入りたくないなら入らなくてもいいのよ」
「だ、誰もそんなこと言ってないでしょ!」
「それじゃ入りましょ」
「あっ!」
瞳は躊躇している奈々美の手を掴み、部屋の中に引っ張りいれた。あまりに無理矢理な瞳の行動に奈々美はバランスを崩してしまう。
「ちょ、ちょっと! 危ないじゃない!」
奈々美は勉強机の椅子に手をついて、ようやく体勢を整えた。そしてすぐさま瞳に対して抗議を開始する。
だが、奈々美を部屋に放り込んだ瞳は心外だと言わんばかりに不満そうな顔を奈々美に向ける。
「踏ん切りつかなさそうだったから手伝ってあげたんじゃない。どう? 洋介の部屋に入った感想は」
瞳の言葉でようやく自分は洋介の部屋に入ったのだと実感した奈々美は部屋をぐるっと見回す。
「これが洋介の部屋……」
奈々美の目に洋介の部屋の様子が次々と映る。ベッドに勉強机、本棚に箪笥。それら全てが洋介の生活の一部だと思うと奈々美は躊躇していた先程とは違って興味深そうにじっくり観察する。
(意外に片付いてるんだ……)
まず奈々美が洋介の部屋に対して持った感想はそれだった。高校生の男子の部屋にしては綺麗に片付いたその部屋は奈々美の想像とは大いに異なっていた。奈々美は感慨深いように洋介の部屋に見入っている。
奈々美が部屋を観察している間に洋介も部屋に入ってきた。自分の椅子には奈々美が手をついて呆けているため洋介は仕方なくベッドに腰掛ける。そしてそれに倣うように瞳も洋介の隣に座った。
「おーい、小山田さん? いつまでも見入ってないでこっち来なよ。話聞きたいんじゃなかったの?」
「はっ!? あ、当たり前でしょ!」
瞳の言葉で我に返った奈々美は急いで洋介の隣に座りに来る。こうしてベッドに三人並んで座る格好になったが、ベッドに三人並んで座るのは話がし辛い。洋介はそう判断し、立ち上がってテーブルを出そうとする。
「ちょっと洋介! 私が座ると同時に何でどくのよ」
「はあ? いや、テーブル出そうと思って」
「本当に?」
「本当だって!」
あまりにしつこく詮索してくる奈々美に洋介も思わず語気が強まる。いちいち自分の行動に理由を求められてはストレスが溜まる。洋介は先程からの奈々美の行動や言動に苛立ちを隠せなくなっていた。
「ほら、テーブル出したからここで話し合おう」
「うん、ありがとう。三人一直線に並んでたら話し辛いもんね」
瞳はそう洋介の考えに同調すると洋介の正面に座る。奈々美も空いている場所に座り、こうしてようやく話し合う準備が出来上がった。
「それじゃ訳を話してもらおうかな。私が納得いくようにしっかり話してよね」
「わかってるわよ。でも、洋介が話すと言い訳がましく聞こえるかもしれないから私が話すわ」
「おい、言い訳がましいって何だよ」
「洋介はとりあえず黙ってて!」
「……はい」
瞳から強く言いつけられた洋介は不甲斐なくもあっさり引き下がってしまう。それほど今の瞳は真剣になっていた。だが、その真剣さは洋介が考えている方向とは別な方向へと向かっていた。
(ここで上手くやれば二人の仲は険悪になる)
瞳の真剣さは二人の仲を裂くことに注がれていた。洋介を奪い取るための策略。これからする説明は全てその策略のために用意された小道具だった。
「それじゃ話すわよ。心の準備はいい?」
「いいに決まってるでしょ。何にもないっていう説明を聞くんだから」
「わかった。じゃあ、始めるわよ」
瞳はそう言うとまずは一度深呼吸をする。奈々美は一言一句も聞き逃さないとばかりに瞳を見据える。こうして異常な緊張感が場を包む中、説明が始まるのだった。