06
だけど、それでも、今は四の五の言っている場合ではない。ナイトダイバーは自らの最後の砦に全てを賭ける。曖昧なものを明確にする。言葉にすることに躊躇しない。
「何を、言ってる?」
ウロコに包まれた腕を左手で掴む。金の瞳が見開かれた。ナイトダイバーは気にも留めない。気に留める余裕もない。魂の性質を造りかえているその中途にある体では、声を発することにも体力を使う。
理不尽に奪われようとしている『自分』を取り戻すためならば、残った体力を考える余裕は、ない。
ナイトダイバーは言葉を尽くす。並べる。重ねる。連ねる。
「名前なんてものは、曖昧だ。僕は僕以外のなにものでもない。どれだけ多くの人に知られている名前だろうが、どれだけ本質に近い名前だろうが、そんなものはどうしても曖昧になる。だって、僕以外のモノが勝手に決めた名前なんだから」
駄々をこねているようだ、とナイトダイバー自身も思っている。我が儘で、独りよがりで、自己中心的だ。
そうでなければ自分は守れない。自我。自己同一性。アイデンティティ。そんなものは全て、我が儘で、独りよがりで、自己中心的だ。けれど、それを否定したら全ては平均化される。他人の望むように均される。
「名前がいくつあろうが、僕自身は揺るがない。変わらない。たとえ体をなくし、影に潜れるようになろうと、姿かたちが変わろうと、僕の底は変わっていない!」
叫び、ナイトダイバーは右手を握り締める。包帯を刃のように変質させるのと同じ要領で、拳を硬質化。動かないスメラギの顔に容赦なく叩き込む。
鈍い音。スメラギの頭部が人間のそれと同じ構造をしているのなら、確実に頬骨は折れているだろう。吹き飛ばされた体がデスクに激突して停止する。