04
真正面からの風を受けて、都市伝説・ナイトダイバーは、優菜とスメラギの前に現れた。唐突に、何の前兆も予兆もなく、それこそ闇から生まれ出たかのように。見開かれた黒瞳に、怒気を湛えて。
「離せ」
繰り返された言葉に、優菜の肩が跳ねる。落ち着かせるようにその肩を撫でるのは、彼女を捕らえているスメラギだ。
ついさっきまで、優菜に対して嫉妬のような感情を向けていたというのに、ナイトダイバーを前にした途端、一変した。愛しい我が子をたしなめるような、柔らかく棘を隠した口調。
「駄目じゃあないか。ご覧、こんなに怯えてしまっている」
「お前がさっさと優菜を離せばいいだろう」
「そうはいかないよ、ナイト・ハンター」
スメラギの金の瞳が、細く笑みの形を作る。
彼の言葉に反応した優菜が顔を動かした。不安と驚愕が混ざり合った目。一度スメラギに向けた視線を、ナイトダイバーに戻す。その様子を見て笑みを深め、スメラギは歌うように。
「──あぁ、違う。違うよ橋越優菜。キミたちの言う『ナイトハンター』と、私たちが言う『ナイト・ハンター』は、違う。全くの別物だ。同様に、キミたちにとっての『ナイトダイバー』と、私たちにとっての『ナイト・ダイバー』もまた違う。心地いいほどにちぐはぐで、すれ違っている。むしろこれは、誰かの皮肉なんじゃあないかな? そう思わないかい、ナイト・ハンター」
返答は、ない。
切れかかった電球が、再度、路地に暗闇を生み出した。
フィラメントの焼ける音。最後の足掻きとばかりに街灯が光を放ち、
「僕は」
瞬間生じた闇を潜ってきたナイトダイバーが、優菜の肩を掴む。
数歩の距離ならば、影に潜って浮上するのに一秒とかからない。
都市伝説に挟まれた少女の頭上で、黒と金の目が睨み合った。
「お前の演説を黙って聞き続けるつもりなんてない」