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第五章    パチンコ

 令子はこのパチンコ店で、女性ホールスタッフのアルバイトをしている。ホールスタッフの仕事は決められたブロック内のパチンコ台の管理と客へのサービスである。連続でフィーバーした客がいれば既に満杯となった約二千個入る箱を客の座席の後ろへ下ろし新しい箱を客の前に置いてやり、終了するときには全ての箱を計数機まで運んでレシートを発行してやることが主な仕事である。重労働なので時間給は千三百円となっている。令子は今年大学に入学して下宿生活を始め、その後すぐにこのアルバイトを始めた。月曜日の定休日以外は毎日午後五時から九時まで働いている。

 令子はこのアルバイトを始めて半年以上になるが、大学では経営学部に在籍し、講義を休むこともなくそれ以外の研究活動も行っているので、毎日は多忙を極めている。

令子は苦学生ではなく親からはキャッシュカードを持たされているが、アルバイトを始めてからは利用したことがない。祖父亡き後も「貧乏の勧め」を実践しているのだ。もっとも、学費や下宿代は親の銀行口座から引き落とされているので、普段の生活は時給千三百円×四時間×二十五日のバイト収入でお釣りが来る。令子がパチンコ店でアルバイトするのには他に特別な理由があった。

 令子の父親は、祖父の生前から、隠れて競馬やクラブ通いはしていたが、パチンコはしない。祖父亡き後その理由を尋ねたところによると「自分の欲望の尻尾を追い駆けて遊ばされているようなものだから」ということだった。然しながら実情に明るくない令子にしてみれば、競馬もクラブ通いも同じようなものと思えた。

 今になって言えることだが、パチンコほど巧妙に、ストレスを再生産することで欲望を持続させる娯楽は、世界中探したとしても(麻薬以外には)見当たらないだろう。それにしてもパチンコ市場は三十兆円以上もあり、土木建築市場が約五十兆円食品市場が約百兆円であることを考えると、とんでもない巨大レジャー産業といえる。令子はパチンコにはきっと魔力が備わっているとしか思えなかった。

 令子は幼い頃から折に触れて消費活動に興味を抱くことがあった。テレビゲームやボージョレーヌーボー(古き良き時代のことだが)の発売日に行列が出来ること、中でもパチンコ店へ通う客の心理は最大の謎だった。パチンコ店でアルバイトするようになって最初に驚いたことは、客の平均年齢が予想よりも遥かに高かったことだ。ウィークデイであれば三人に一人は六十歳を超えている。公的年金の支給額が年四十兆円だから、単純に計算すると約二五%はパチンコ市場で消費されていることになる。


 そんな客の中で一際異彩を放つ人物が、今日もパチンコ台に向かっている。五十歳を少し過ぎたくらいの、年金を支給されるにはまだ早いと思われる人物だ。

 もう晩秋の気配が漂っているというのに、陽平はいつもながらのアロハシャツ姿で、同じパチンコ台の前に座り続けている。

「今日も営業妨害してますね、資産家さん」

 すっかり顔なじみとなってしまった令子は、陽平の隣で連続してフィーバーしている客の、パチンコ玉が溢れそうになった箱を降ろす作業をしながら、少し皮肉めいた笑顔で言った。

 今日の陽平は、一万円くらい投入したところで一回だけフィーバーしたきり、出球は早や打ち尽くして、すでに何万円か投入している。そのどこが営業妨害なのかと首をかしげる動作より早く、令子は背を向けてコールランプの点滅している台へと急いでいた。

 客が多い日のホールスタッフは重労働だ。客がその台を打ち終えたときには、積まれた箱を抱えて計数機へ運ばなければならない。パチンコ玉一個が五グラムだから二千個入るとして、一箱の重さは十キログラムとなる。陽平は小柄な女性ホールスタッフが、一度に四箱も抱えて運んでいる姿を目にしたとき、パチンコ店は新人研修か何かで、ウェイト・トレーニングを実施しているんだと、勝手に決め付けていた。

 陽平は、シャツの胸ポケットに手を入れ、取り出した最後の一万円札を、再び胸ポケットに押し込み、パチンコ店を後にした。

 パチンコをするときの陽平の所持金は十万円である。昼過ぎに店へ行き、打つ台といえば一番端っこで、各パチンコ台の上に設置されたカウンターで、パチンコ台のデジタルがある程度回転している台を選ぶと、何があろうと台を移動することなく打ち続けるのである。そうして、所持金がなくなれば、何らかの仕事を終えた疲労感で充足したかのように、帰路に就くのだ。

 今日は、たまたま車のガソリンが少なくなっていたのを思い出して、一万円残しておいただけのことだ。もっとも、いつも所持金がなくなる訳ではない。月に一度くらいは十万円くらい儲かることもある。

 このところ陽平は、この店以外でパチンコをしていない。従って、定休日である月曜日が陽平の休日でもある。

 それでは、陽平が月にどのくらいパチンコにお金を費やしているかといえば、月に二十五日通うとして、おそらく百万円程度だろう。

セルフのガソリンスタンドで給油しながら陽平は、ホールスタッフに「今日も営業妨害している」と言われたことを思い出していた。


 翌日の土曜日、陽平が祐介から電話で起こされたのは午前六時だった。

「サーフィンイコウヤ」

 祐介は陽平の幼なじみだが、高校を卒業して以来付き合いがなかった。

それが何年か前、その頃陽平が身を寄せていた家に電話があり、その第一声がやはり「サーフィンイコウヤ」だった。

遥か昔、陽平と祐介とは同じ高校に通っていた。休日に波がありさえすれば、手作りのサイドライドキャリアを装着した自転車にボードを積んで、仲間たちと近所の海岸へ出かけたものだ。その頃はインターネットの波情報などなくて、波当番という奴がいた。この町にはもうサーフィンの出来る海はない。祐介は土曜日と日曜日には波情報をチェックして、どこかにいい波があれば、誘いの電話を掛けて来る。

 高校を卒業すると、他の仲間は大学へ進学したが、祐介は消息すら不明となっていた。本人いわく、「セキドウニチカイトコロデサーフィンシテタ」らしい。陽平は進学が決定していたにも拘らず、直前に両親を事故で亡くし、大学の門をくぐることはなかった。その頃この町には大学がなく、仲間はみんな遠くの町へ旅立って行った。

陽平はこの町の海が護岸工事により波を失うまで、アルバイトをしながらサーフィンを続けていた。

「肩が上がらない」

「ゴジュウカタハヤクナオセ」と言って電話が切れた。

 先週の土曜日にも電話があり、二人は同じやり取りをした。

 祐介がこの町に戻ってから、サーフィンを触媒とする、高校時代の仲間で、今も地元に残っている者が集うようになった。

 昨年は五月から十二月の始めまで、祐介のキャンピングカーで四国・東海・日本海のいたる所を巡った。高校生だったあの頃キャンピングカーがあれば……全員が祐介になっていただろう。

 齢五十を過ぎると、十二月の日本海でサーフィンをした夕暮れ、冷水シャワーを浴びるのは一種の苦行だった。その日以来春まで、ポンポコリンクラブではサーフィンという言葉はタブーと化した。


 そして春が来て、ようやくサーフィンが雪解けとなった頃、陽平の肩は凍りついたように動かなくなっていた。サーフィン仲間の一人が、院長兼経営者である病院で五十肩と診断された。原因は運動不足とパチンコ以外の何者でもなかった。半年以上も過激な運動を続けた後、何カ月もパチンコばかりしていたのだから、無理もないことだろう。

 今のパチンコ台には当たり前のように、高齢者向けの画期的な機能が備わっている。

リーチが掛かったときなど、画面にボタンを押せと指示が出て、イエッサーとばかり受け皿付近にあるボタンを連続して叩くことで、ボケ防止・五十肩防止になるのである。これはパチンコ愛好者へのサービスと言えないでもないが、ようするに高齢者が身体を壊すとパチンコ店が困るのだ。

 五十肩になってからの陽平は、リーチが掛かると画面の指示に従い、ボタンを叩くようになった。叩いたからといってフィーバーし易い訳ではないが、高齢者にとっては健康上のメリットがあるし、高齢者でないとしても、それなりにストレスの発散は出来るだろう。

 パチンコ店の客の中には、台が壊れるのではと思うほど、ボタンを叩き続けている人がいる。そんなにストレスが溜まっているなら、海へでも行って「バカヤロー」と叫んだ方がいいんじゃないかと思うが、パチンコ店の店員は、もちろんそんなことを勧めたりしない。

 電話の後、陽平はワープロで簡単な文章を作成し、メールで送信すると、ミルクとトーストだけの朝食を取った。その後、読みかけだった本を、三時間くらいかけて二十ページほど読み進み、昼前に家を出た。

 途中、ファストフード店でミックスサンドとアイスミルクの昼食を済ませ、その五分後にはもうパチンコ台の現金投入口に一万円札を滑り込ませていた。

 リーチが掛かり、ボタンを叩いている陽平の肩を誰かが軽くとんとんと叩いた。

陽平がパチンコ台から手を放して振り返ると、若い女性が指をヒラヒラさせて愛想笑いをしていた。

「ボタンを押さなくてもいいのですか?」

 五十肩のリハビリなどいつでも出来るので、敢えて叩く必要などない。

陽平は黙っていた。

 私服なので判りづらかったが、よく見ると昨日のホールスタッフだった。陽平はこれまで午後五時以降の制服姿しか見たことがなかった。

「お茶しません?」

陽平は答えず、再びパチンコ台のハンドルを手にした。

「お話したいことがあるんです」

陽平は誰であろうと、積極的に近付いてくる人間が好きではなかった。というより、一般的な会話そのものを嫌っていた。

 パチンコの画面を見つめる陽平の目の前に、不意にモスラのDVDが現れた。

「お話がしたいんです」と真剣な顔で令子は言った。

 陽平は上皿に僅かに残った玉を打ち終え、返却ボタンを押しカードを取り出して、カウンターの近くに設置された現金交換機へ向かった。

 陽平が返却された九千円を手にしたとき、令子はカウンタースタッフと言葉を交わしていた。その女性は、令子より少し年長で、この店で陽平が話し掛けることのある唯一の存在だった。

 パチンコの出玉は、等価交換の店を別にして、現金化するより景品と交換する方がはるかにお得だ。その当たり前のことを陽平も知っている。だからCDとかDVDは極力この店で手に入れるようにしているが、陽平の希望するものが置かれていることはほとんどない。そんな時、そのカウンタースタッフに相談すると、すぐに確認をとってくれるのだ。一昨日も、モスラのDVDは要望にお応えしかねますと言われたばかりだった。陽平と目が合ったとき、カウンタースタッフは笑顔で軽く会釈した。


 店から出た陽平は車の方へ歩み寄った。

「パンダですね」

陽平の後を付いて来た令子が、薄黄緑色の車を見て言った。

「なぜこの車を選んだのですか?」

 助手席に乗り込んだ令子の問いかけに、陽平は答えなかった。

「選んだ理由はこうでしょ。今のパンダは同クラスの日本車とデザインもさしてかわらない。燃費悪いけど価格だって少し高いだけだ。とかね」

 陽平は何も言わず、車を走らせた。行き先は昼食を取ったファストフード店。

 二人はアイスコーヒーを注文した。

「さっきはごめんなさい。人のセンスをとやかく言ったりして。まっ、ディーラーはしっかりしているし、カラーリングがいかにもエーゲ海的っていうか、その他にも購入理由となる要因はありますし……」

「借りてる」と、陽平が口を開いた。

「借りているって、いつまでですか?」

「ずっと」

「割高になると思いますけど。」

「ただで」

「諸経費は?」

「ガソリン代払ってる」

 陽平がそう言うと、令子は「それはそうでしょうけど」と笑った。

 実際のところ、その車は無償で友人から借り受けているものだった。

 高校を卒業して以来、陽平は友人というものに縁がなかった。その友人は高校時代の同級生で、昨春からサーフィン繋がりとなっている。昨年の秋、十年以上も乗り続けた車がいよいよ駄目になったとき、ちょうどその年に大学を卒業して、夏の終わりから海外留学している息子の車があるぞとキーを渡され、その日から一年以上の間ずっと乗り続けている。

「私、こういうものです」と、令子は慇懃な態度で、モスラのDVD二枚と名刺を差し出した。

「モスラ?」と、陽平は目を瞬かせ彼女を見た。

「いえ、私はモスラじゃないです。というか、モスラは好きですけど。パチンコ店の経営方針に興味があって、あの店でバイトしているんですけど、カウンタースタッフに資産家さんがモスラのDVDを欲しがっておられたとお聞きしたので……。もう購入されました?」

「まだ」と言って、陽平はDVDごと名刺を受け取った。

 モノクロのカードに○○大学経営学部田所令子と素っ気ない字体。その他には携帯電話のアドレスの記載があるだけだった。可愛げのない名刺の必要な理由は何だろう。

「経営心理学を専攻していて、これはという経営者に出会ったとき、この名刺をお渡しして、取材させていただいたりするんです。それと末端の消費者や利用者にも……。」

 陽平は名刺をそっちのけに、DVDのパッケージを手にとってながめていた。モスラ対ダガーラ、モスラ対キングギドラ、二枚のDVD。

「こんな話嫌ですよね……。あの、DVD貰っていただけます?そんなに何度も観るものでもないし、同じものを友人も持っているので気になさらないでください。」

「貰わない。借りておく。買ってから返す」

「よかった。資産家さんのことだから断わられたらどうしようかと思っていました。でも車は借り物なんですね。まことに失礼ですけど、何かお仕事…されていませんよね。」

 お金持ちであることは確かだ。変わり者ではあるが、異常者には見えない。取材とは別に、令子にはそこまで観察する必要があった。しかし今回は、対象が一体何者であるかが全く見えてこない。令子が類推可能な範疇に納まっていないように思われる。令子は、個人的にもう一歩踏み込んで観察してみたいという衝動にかられていた。

 陽平は突然席を立つと、呆然とする令子を尻目に、入ってきた時とは逆のコースをたどり、ドアの外へ出で行った。テーブルの上には、置き去りにされた名刺とDVDがあった。

 令子が何らかの対応を考えるより早く、陽平は戻って来た。名刺を取りに行ったのだった。

陽平の名刺を受け取った令子は「ポンポコリンクラブ会長九条陽平 入会不可」と、小さな声で読み終えると「九条さんですか」とつぶやき、その後少し首をかしげながら「ポンポコリンクラブって何ですか?」と質問した。

「サーフィンクラブ」

「入会不可っていうのは?」

「会長が人見知り」

「会長って九条さんじゃないですか。人見知りなのに会長なんですね」と、笑いながら言った令子は「綺麗な名刺。背景の海、これって日本の海じゃないですよね」と、名刺への感想を付け加えた。

 その名刺はサーファーの祐介が遊び心から作成したもので、人に配ることなど想定していないが、電話番号やメールアドレスは記載されている。砂浜に突き立てた四本のセミロングボード、背景の海は合成されたもので、一体どこの海かなんて陽平が知る由もない。

 令子はパスケースからもう一枚名刺を取り出して陽平に差し出した。そこにはレインボーカラーの空にキラキラ鱗粉を振り撒きながら、どこかで呼んでいる子供たちのもとへ向かっているかのようなモスラがいた。モスラサークル代表レイコという文字の下にはホームページアドレスが記載してあった。

「著作権のこともありますし、本当にプライベートなものなんです。でも、名刺で負けたくありませんし……」

 珍しいことに陽平が少し笑った。

「あのっ、ホームページにはアクセスしないでくださいね。私を含めても会員二名のサークルで、二人ともアルバイトやらで何かと忙しくて、もう一人の会員は汐屋夕子といって……まだ立ち上げてないんです。すみません」

 令子は話がどんどんそれて行く自分に動揺していた。

「少しだけ質問してもいいですか?」と令子が切り出しても、モスラの名刺が気に入ったらしい陽平は上の空だ。

「パチンコ店でのことなんですけど……」

 相変わらず聞く耳持たぬ状態の陽平だったが、令子は構わず話を続けた。

「九条さんは毎日来られていて、いつも端の台に座っておられますね。それと、リーチが掛かってもボタンを叩いてみたり、知らん顔してたりと、そんなところが印象に残っているのですけど……。何か理由はあるのですか?」

 言うまでもなく、令子は陽平を取材の対象とみなしていたが、普段のそれとは少し違っていた。


 失業対策の一翼を担う超巨大産業パチンコ。日本史上最大の内需循環型サービス業。何と言おうと、今や日本固有の文化であることを、誰もが(世界も)認めるパチンコ。

 グローバル経済が叫ばれ始めて二十年以上経過した現代、中東の反米勢力を弾圧することにより、アメリカは原油の高騰を自国の経済発展の原動力とすることに成功した。強いドルという概念が漸く定着し、歴史的に例を見ない輸入超過の経済でありながら、オイルマネーの流入による内需拡大が実現しているのである。

 アメリカは、自分で強いと言うから強いドルで、中国株を大量に買い漁ることになる。ドルのメッキが剥がれるまでに、どれだけ中国株を保有できるかに、今世紀のアメリカの命運が懸かっているだろう。一九九五年以降、アメリカは海外の新興勢力への証券投資を行い、国境を越えた正にグローバルな経済の中心となるべく、世界通貨ドルの強みを最大限に利用した政策を実行しているのだ。アメリカは、世界のどの国も征服することなく、世界経済に君臨する方法を完成させようとしている。   

 日本においてもグローバル経済に則った企業が、輸出を拡大させた功績により、経済は成長している、にも拘らず内需が拡大しないのは何故か?アメリカはオイルマネーを初めとする世界の通貨を集中するシステムを確立したことにより、内需さえもがグローバル経済の一翼を担っているのである。輸入超過になればなるほど、回りまわってアメリカへと世界の通貨が流入するのである。

 アメリカ国民が金を使い、豊かな暮らしを実現すればするほど、アメリカ経済は成長し続けることになるのだ。もちろん原油産出国のオイルマネーがアメリカに還元されるシステムが有効である限りという条件の下で。

 日本ではどうだろう。グローバル企業がいくら好調だと言っても、利益の大半は株主に還元されるので、賃金は上がらず、内需に還元されることはない。当たり前のことだが、アメリカで賃金の上昇が経済発展にリンクしていることが、日本では通用しないのである。グローバル企業といえど従業員の要望に応じることが出来ない現実があるのだ。

 日本に存在するグローバル企業の繁栄は、日本国民の生活とは全く無関係なものなのだ。賃金も上げれない状況で、日本の内需はどうなるのか?輸入や石油と無関係なサービス業によってのみ、内需循環は可能と言えるだろう。より低賃金でより多くの労働者に雇用の機会を与えることが、日本という先進衰退国家の平等であり、これ以上のものは幻想に過ぎない。

 少子化問題が叫ばれているが、将来労働人口が増加すればどうなるのか?待ち受けているのはリーサルウエポンとしての所得税の減税と消費税の増税である。

 パチンコがなくなれば日本は超不景気に見舞われることになるだろう。後ろめたさを抱きつつも、背に腹は替えられない。それを政治と呼ぶことにしよう。ストレスのはけ口?やったー!その大義名分を財布に貼り付け、心身共にストレスの貯金箱と化しているのは?ましてや毎日五時間以上もパチンコ台に向かっている人に至っては!パチンコとは給与所得・年金所得の過剰ですらない部分を射幸心を煽ることにより回収し、成長もないままに内需を活性化するシステムである!ホールを駆け回りながら、令子はいつもそんなことに思いを巡らせていた。

 客が少ない平日でも、端の台は結構人気がある。経営者は端の台が十台あるとすると、二台はサービス台として客の気を引く。だが、端の台で四百回(千円で二十回転として二万円)くらいデジタルを回転させてもかからない台は危険だ。ひどいのになると二千回転させてもかからないことがある。

 普通パチンコ店は、一回もかからないのに二千回転するまで一人が打ち続けることなんて想定していない。入れ替わり立ち代り、何人もの人が打っている間に閉店時間が訪れることとなる。最後にその台を打った人は、もう少し打ち続ければ爆発していたかも知れないなと、後ろ髪を惹かれる思いで家路に就くのだ。毎日人目に付く端の台に座り、かなり高い確立で十万円を摩っている陽平を目の当たりにすれば、他の客のモチベーションは低下せざるを得ない。これ即ち営業妨害と言えないだろうか。

 令子は、まだ一回もかかっていない端の台に陣取り、飽きもせず大火傷を負っている陽平の、パチンコ経営者のセオリーに挑戦するかのような打ち方に興味を抱いていた。こうなると経営心理学というより、単に心理学の疑問であった。

 「端の台は自由、五十肩だから気が向いたときに叩く」

 令子の疑問は、そんなにも短い一言で解消される運命だった。そんなにまでしてパチンコをする理由は、と問いたいところだが、「パチンコが好き。」で片付けられるに違いない。

「営業妨害はしていない」と、珍しく陽平の方から口を開いた。

 昨日のことを気にしているんだ、意地悪だったかなと令子は少し後悔した。

「いえ、それは経営者側の都合ですから気にしないでください。つまらないことを言ってごめんなさい」

 そんな令子の言葉を気にも留めず、陽平は話を続けた。

「みんなの悪運を僕が背負っていると、お客さんは信じている」

 なるほどと令子はうなずいた。他の客にとって、陽平はイエス・キリストなのだ。今日出勤したら、真っ先にマネージャーに報告しよう。「営業妨害なんてとんでもない、あの方をどなたと心得おる」と。これで明日からは、店からコーヒーの一杯でも差し入れがあるかもしれない、驚くだろうな。そんなことを思いながら前を見ると、陽平は半分眠っていた。パチンコしてる時は居眠りなんかしていないのにと令子は思った。実際には、断続的に最低でも延べ一時間はきっちり眠っているのだが。


 令子が陽平に興味を抱いた理由は他にもあった。

「モスラ好きですか?」

 陽平はやや虚ろな目を二回パチパチさせた。DVDを欲しがっていたくらいだから嫌いなはずはないにしても、パチパチさせるのは大好きってことだ。令子は陽平のことを理解したようで、何だか嬉しかった。そして、そんな自分が不思議だった。

 アイスコーヒーを飲み終えた令子は、独りのときのようにぼんやり窓の外を眺めていた。何もかもが許されている。うろこ雲が笑っていた。

令子はあることで少し迷っていた。それはモスラサークルの片割れ、汐屋夕子との協定に関してのことだった。


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