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第二十章  再会

 エレベーターの方から人の声が聞こえて来た。

「父が降りて来たみたい」

 麻由香が少し迷惑そうな顔で言った。

「今晩は、麻由香の父です」「コンバンハ、ユウジンデス」「……」

 麻由香の父は缶ビールを、友人はウーロン茶やコーラのペットボトルを、トレイに載せて運んで来た。

「今晩は。おじゃましています」「今晩は。先日はありがとうございました」

 夕子は、一瞬驚いた顔をしてから、簡単に御礼を言って頭を下げた。

「もう、行儀悪いわね。酔っ払いの上に年寄り臭さ全開じゃ嫌がられるよ。ってお父さん、夕子さん知ってるの?」

「ああ、あのときの可愛いお嬢さんだね、覚えているよ。」

「えっ、あんた知り合いだったの?」

 令子も驚いて夕子の顔を見た。

「パチンコで摩っちゃって、九条さんに家まで送って貰った日、ヨットハーバーの付近で魚釣りされてたのよ。友人さんが九条さんとお話ししている間、お父様に魚釣り教えて頂いたの」

「夕子が初めて九条さんと会った日ね。その日のうちに麻由香のお父様にも会っていたんだ。友人さんは若しかして『モスラが好き』に登場されていたサーファー?」

「ソウ、ワタシガサーファーノユースケ」

「私が今田総合病院の院長です。君たち『モスラが好き』を読んだことあるんだ?」

「はい、発売後すぐに」

「私は、つい最近。お父様は梶木真久郎でしたっけ?」

「そうなんだよ。今田真久郎が本名なのに、梶木なんて名字にするなよな」

「オレナンカ、ニホンゴのロレツガマワラナイッテコトデ、セリフガミンナカタカナナンダゼ、ドウオモウユウコ?」

 少し酔っている祐介がたどたどしいながらも馴れ馴れしく言った。

「それについては、ノーコメントとさせていただきます」

 夕子は冷たく切り返した。

「私なんか、昔からマセラティが好きで乗ってるというだけで、女たらしの産婦人科医って設定にされたんだぞ」

「だったらマセラティなんて乗らなけりゃいいじゃない、なるべく事実に沿って書かなきゃハーフィクションにならないし」

「だったら、幼稚園のとき彼女が舟虫まみれになったというのは、事実ですか?」

 夕子が質問した。

「ああ、それは事実だよ。私の出番が少ないので、無理やり入れたんだ」

「お父様の出て来るところって、適当なのが多かったですよね」

「私や祐介はまあ彩りってことで。なっ」

「オッ、オー」

「そんなことないですよ、私の弟なんか祐介さんのファンで、こんな人がいるなら一緒にサーフィンしてみたいって言ってましたから」

 夕子が言うと祐介は「ウレシイネ、イツデモイイヨ」と御機嫌な様子だった。

「夕子さんの弟さんはサーフィン好きなのかい?」

 真久郎が尋ねた。

「とんでもない。引き籠りで、ほとんど外へ出たこともありません。今、全寮制のフリー・スクールに入ってます」

「そうですか。あの、こんな場所ですが、もし差し支えなければ、そのことについて少しお話を聞かせて貰えますか?興味本位ではなく、私の専門分野ですので」

 真久郎が言うと麻由香が「プライバシーに立ち入っちゃ駄目よ」と釘を刺した。

「いえ、聞いていただければありがたいです」

「じゃあ少しだけ。弟さんは何歳ですか?」

「私より一つ下、学年で言えば高校三年生です」

「引き籠りが始まったのは、いつ頃ですか?」

「中学一年生の頃からです」

「何か思い当たる原因は?」

「私が同じ中学の二年生のとき、苛められていたことだと思います」

「そうですか…。お姉さんとしては責任を感じている訳だ」

「ええ…」

「弟さんとは、よく話をしましたか?」

「はい、昔から私は内気で友達と遊ぶよりも、龍之介と遊んでる方が楽しかったし、龍之介が中学校へ行けなくなってからも、フリー・スクールに入るまではよく話をしてました。」

「龍之介君は、何かに対して批判めいたことを話していましたか?」

「いえ、弟が何かを悪く言うのを聞いたことがないです」

「趣味のようなものは?」

「ベースを弾く以外、取り立ててありません」

「好きな本とか、音楽は?」

「『モスラが好き』は気に入ってました。あとは、ベースの教則本。音楽は、ジョナス・エルボーグなんかを、浜崎あゆみの『イマチュアー』なんかも好きでした。それと安室奈美恵、リッキー・リー・ジョーンズ、ビョークなんかを」

「それって、ほとんど夕子と同じね。それに、安室奈美恵以下は夕子がよくダンスに使ってるって言ってた曲じゃない。あ、ごめんなさい」

 令子は口を挟んでしまったことを詫びた。

「しょうがないじゃない。だって私の部屋にしかオーディオなかったんだもの、私が踊って、龍之介は隅っこで聴いてるみたいな……」

「そうですか…。当然カウンセリングは受けられたと思いますが、その結果について何か聞いてられますか?」

「社会不適合性症候群だそうです」

「普通はそうでしょうね。夕子さんは龍之介君のドクターにお会いしましたか?」

「いいえ、会っていませんが。なにか?」

「サーフィン行きましょうか。私たちはいつでも大丈夫ですから、龍之介君の連絡先教えてください」

「えっ、そんな、連絡なら私が取りますから。それにサーフボードも用意しなければいけないし」

 夕子は、真久郎の突然の申し出にとまどっていた。

「龍之介君の身長はどれくらいありますか?」

「170cmくらいです。」

「それなら陽平のウエットスーツとボードを使えばいいじゃないか、なあ陽平」

「……」

「いつまで寝てるのよ」

 麻由香に小突かれて、陽平は目を開けた。

「五十肩でも、サーフィンのコーチなら出来るよな?」

「……ああ、龍之介君の?」

「そんな、ご迷惑じゃないんですか?」

 夕子に続いて麻由香が「私たちは、どうしたらいいのよ?夕子も令子も何も持ってないし。見学ってこと?」と言った。

「男だけで行くんだよ。龍之介君は私たちの友人ってことさ。それに早くしないと、十二月になれば、サーフィンに行くのは祐介一人になっちゃうからね」

「真久郎さんは、冬はサーフィンされないんですか?」と夕子が尋ねた。

「五月から十一月までだね。冬でもよほど波のいい日には、麻由香は行ってるが、海に入っているときはいいとして、サーフィンが終わった後の冷水シャワーといえば、ほんとに死ぬ思いだしね」

「麻由香は行けばいいじゃない」

 夕子が麻由香

「男子が初心者なのに、私なんかがいると気まずいと思うわ。それに、終わってからの着替えも外ですることになるし」

「お前もそんなこと気にするようになったのか」

 真久郎が、意外だというような顔で言った。

「私はいいけど、思春期の男子ってそんなとこあるんじゃない?何処かにいい波があって、どうしても行きたくなったら、お母さんに車借りてバンドのメンバーで行くからいいわよ」

「麻由香バンドもやってるの?車も運転するの?」と夕子が聞き返した。

「ええ、ピーチ・ガールズというサーフィンバンドで、私もメンバーなの。サスティナブルアースの後輩に、サーフィンしたいって子がいて、ポンポコリンクラブのメンバー、と言っても父と祐介おじさんと陽平おじさんだけど、に連れて行って貰ってたの。たまたまギターとキーボードをやってたから、バンド組んじゃう?みたいな乗りで。ドラムスの子は掛け持ちでサーフィンはやらないけど。私はベースやりながら歌作り。作詞作曲は他のメンバーもやってるけれどね。ピーチ・ガールズは夏はサーフィン、冬はバンド中心みたいな活動で、冬でも波があれば、祐介おじさんとピーチ・ガールズの四人でサーフィン行くことあるけど」

「麻由香って、ほんと多忙な人ね」と、令子が感心して言った。

「おまけに、大学に入ってからは子供同盟なんての作ったもんなあ」と真久郎が言った。

「子供同盟って、どんな活動しているの?」と、令子が麻由香に尋ねた。

「月三回のカウンセリング及び、コンサルテーション……無資格でね。重大な問題があれば、父にも相談するの」と、麻由香が答えた。

「カウンセリングしながらコンサルテーション?訳分かんない」と夕子が言った。

「ええそうよ、第二、三、四金曜日の午後三時から六時の間に近隣の小学四年生から中学生三年生までの子供たちが、ここに集まって話をするの。第一金曜日には、上の会議室で総会」

「麻由香って、苦労性なんだね」

 夕子が半ばあきれたような顔をして言った。

「サスティナブルアースってサークルまだあるの?」と、令子が尋ねた。

「ええ、高校では会員の数も増えているわ。私も時々顔を出すけど」

「麻由香はもう啓蒙活動しないの?」と、令子が言った。

「啓蒙活動なんて、元々サークルの趣旨じゃないもの」

「じゃあ、サスティナブルアースの理念ってなんなの?」

「省事省物」

「それって、座右の銘じゃないの?」

 令子が言うと夕子が「あんたの家族が、自分たちだけで貧乏の勧めなんかを実践しているのが、まさしくそうね」と言った。

「私とこは、おじいちゃんが少し変わり者だったから…」

「かっこいい!だから、いつも清楚な服装なんだ…。私は夢のせいで、環境負荷にある種の強迫観念を持っていたから、サスティナブルアースを作ったんだけど、作ってみて気付いたことは、世界は変えられないし、変える必要もないってことよ。サスティナブルについて、ある程度勉強した後では、百年先の友達のことを考えるかどうかで、その人の目指すところって決まってくるじゃない。サスティナブルの原点は友情にあると結論が出てからは、サークルの目的はサスティナブルを広めるなんてことじゃなく、ただ勉強して、自己責任において実践しようとする者だけが引き継いで行く、というシステムになっているの。

 百年先の世代への友情と、同世代の友情で違うところは、見返りを期待出来るか出来ないかじゃない。だからサークルでは、先ず友情のあり方について考察するようになって、派生的に子供同盟が出来ちゃったのよ。だから子供同盟の開催日には、私が通っていた高校の三年生で、サスティナブルアースのリーダーも来るのよ。リーダーは二人なんだけど、どちらかと言えば子供同盟での活動の方が主になってるかも。

 サスティナブルなんて、知識の分野だから、正しい情報に基いて勉強すれば身に付くけれど、百年先への友情がなければ、自分一人の環境負荷さえ、マイナスには出来ないと思うの」

「子供同盟で、百年先の友情を身に付けることが出来るの?」

 令子には、その方法論について、全く見当が付かなかった。

「こうしては、駄目です。こうしなさいみたいな紋切り型じゃ駄目ね、考えるようにしなきゃ。でも、考えると言っても、直接アプローチするんじゃなくて、私たちは、考えるために何が重要かを考えているの」

「要するに、一言では表現出来ないってことね」

 夕子がそう言うと麻由香は「私たちもそうだったけど、現代の子供は同世代交流ばかりじゃない。ボランティア活動とかでよくある三世代交流とかは、子供の側からすれば与えられるばかりだし。近世代交流でなければ意味がないと思うの。でも、そういうのってクラブ活動くらいしかないでしょ。まあ子供同盟もそう言われればそうだけど…」と、歯切れの悪い言い方をした。

「今度、子供同盟を見学させて貰っていいかしら?」

 令子がそう言うと、夕子が「結局はそういうことね」と頷いた。

 麻由香は、我が意を得たりとばかりに「うん」と返事をして、少し恥ずかしそうに笑った。

「さっきの令子さんの家族の話なんだけど、今の時代に貧乏の勧めってすごいよね。私の父なんて、マセラティ乗り回しているもの。まあ、十数年乗っていることだし、壊れたら、軽自動車にでもさせるけど」

「『貧乏の勧め』は、確かに亡くなった祖父が提唱したんだけど、それも若くして自殺した友人の影響が大きいかも」

「へーっ!めっちゃ進歩的な人だったのね?」

「一九七〇年代初頭にテレビコマーシャルの映像で一世風靡した人よ。祖父は広告代理店に勤めていたから、よく一緒に仕事してたの」

「知ってるわよ、その人『消費の勧め』を具現化するのに一役も二役も買った人じゃない。謎めいたメッセージを残して自殺したのよね。そんな資本主義の旗手のような人が、どうして対極の『貧乏の勧め』に繋がる訳?」

 麻由香は彼のことを知っていて、どちらかと言えば批判的な考えを持っているようだった。

「本当のメッセージは別にあったんだけど、公表されなかったの……。過去において、誰しも悪意で資本主義経済に邁進して来た訳じゃないじゃん。豊かな世界が実現出来るという理想を持った純粋な人もいたはずよ。そんな人ほど、限界や危機に気付くのも早いから、贖罪の意識が生まれた。でも、三十年以上経って、棺おけに両脚突っ込んでいても、世論なんて興味本位じゃない。彼のセンスやパワーをもってしても、時代の流れには抗えなかったということね。それに、彼には分かっていたのよ、何を伝えようとしたって、伝わらない人には伝わらないって。何も彼が伝道師にならなくとも、例えばノストラダムスのように始めから全てを見通している人間もいるのだから、誰かがきっと継承するだろうこともね」

「伝わったところで、義務でもないし。この人なんか百年先のことなんか、まるで気にしてないようだし」

 麻由香は父親を指差すと、履き捨てるように言った。

「修理して、一生乗り続けてやる」

 今更ながら、真久郎がきっぱりと決意表明した。

「修理のために、お小遣い何年分前借りしているんだっけ?」

「……。それはそうと、麻由香もだけど、君たちはすごいなあ」

「さすが、精神科医。話しを摩り替えるのがお上手ですね。あの、『モスラが好き』の中で、お父様のご職業は産婦人科医でしたよね。祐介さんはプロサーファー、まあそこまでは理解出来るんですが、九条さんの職業が競馬でしたよね。具体的なレース名とかも挙げて、さも本当のことであるかのように書かれていた部分は、フィクションですか?」

 夕子が少し皮肉を言った後で、質問した。


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