第五章 エリオちゃん。俺がもらっちゃうよ?
ソードスワードのはずれの洞窟
伝説の勇者が使ったとされる、【天啓の剣】が刺さる岩場の前で、ユウ・ナギノは、ひとりドラゴンスレイヤーを抱きかかえて座っていた。
岩の天上のひびから、光がさしこみ、ほどよく辺りを照らしている。地には鮮やかな緑の苔の絨毯が敷かれている。
あちこちから岩場に滴り落ちる水の音が響く。
雫は、少しずつ、長い時間をかけて、剣山のような鍾乳石をいくつもつくっていく。
それらすべては、ユウの眼前に刺さっている【天啓の剣】のためにつくられた、天然の装飾品だ。
一千年間、人の手が加えられずこのままだった。
まるで【天啓の意思】が、そのような配置にデザインしたのではないかと、ユウは感じた。
「天啓の剣の前では、これは大した代物ではないな」
ユウは霊験のあるドラゴンスレイヤーを、この場所で振りかぶって、二、三日稽古した。
火竜のような猛々しい瘴気に満ちたドラゴンスレイヤーも、天啓の剣からほとばしるオーラの前では、ユウに自在に操られるがままになった。
(もう、ドラゴンスレイヤーは俺のものになったな)
ユウは天啓の剣を眺めた。
細くしなやかな刃の上の柄には、菱形の宝石が、深海の吸い込まれるような青さで輝いている。
天啓のオベリスクだ。
(俺だけが身につけられる天啓の剣。いっそのこと、これを手にして剣術大会に出たい。でも、ものごとには順序ってものがあるもんな)
この天啓の剣を、教団が切り取り、持ち去ろうとしている。
トライアード教団が、天啓の神器を集め、【天啓の門】を開くプロジェクトを開始したのだ。
その動きは、神器のひとつである【天啓のサークレット】が、それを預かるシエナステラ修道院から、持ち出されたことで本格的になった。
サークレットを持ち出したのは、シスター・ソラナであると、まだ特定されていない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この静かな洞窟の中に、しばしば人の気配がする。
教団が手配した石工たちが、調査に来ているのだ。
(あいつらめ、こそこそとしやがって)
「ユウ・ナギノ君。精が出ているようだな」
聞いたことのある男の声がした。
振り返ると、銀髪ロンゲの若い男が、女性を誘うような甘い顔で、ユウに微笑みかけてくる。
もともとこういう顔なのだ。
「キンスロット!」
トライアード教皇の護衛の任にあたる、騎士団長、レーゲン・キンスロットだ。
この国で、一、二を争う美男子であり、その美を争っているのは、トライアード教皇といわれている。
二十歳すぎの若い男が、教皇と騎士団長の地位についている。
結果として、世の中は……、荒れた。
若い教皇には、幹部である監察官たちの横暴を抑えられなかった。
キンスロットは武道が達者だが、遊び仲間として若い教皇に気に入れられての推挙となった。
騎士団長は毎夜、宴会を開いて遊んでいる。
騎士たちに教皇騎士団長への忠誠心はなくなり、もっぱら教団の手兵に成り下がっている。
「なぜ、貴様がここにいる!」
ユウはドラゴンスレイヤーの矛先を相手に向けたくなる衝動を抑えた。
「やあ、久しぶりだな。ユウ・ナギノ。お前は去年、俺に負けたな。戦いは面白かったぞ。そんで、俺は市国長の娘、エリオ・ソフィーちゃんに負けてやったんだがな。今回は本気でいく」
鼻筋がとおった美貌、キンスロットは騎士団の任務としてよく外に出るので、ほどよく日に焼けている。
彼の容姿にユウ・ナギノは軽く嫉妬を覚えた。
だが、宿屋という仕事柄、執事の格好や料理人や作業着など、どんな服装を着ても似合うと自負する、跳ね気味のプラチナ髪で青い目のユウ・ナギノと見比べると、女性の支持は半々だろう。
「エリオちゃんも、シードで出るよな。お前もまた懲りずにエリオちゃんのコネで出場か。ご苦労なこった」
キンスロットは鼻で笑う。
「別に俺は予選から出ても本選に行けると思うけどな」
ユウは年上のキンスロットに対して敬語を使わない。
「エリオ・ソフィーちゃんは可愛くなっているだろ。お前いつもそばにいるんだろ? パーティに誘っているんだけど、あの娘のオヤジが固くてね。来てくれないよ。エリオちゃんも遊びたいだろうに」
知らなかった。
エリオ・ソフィーにそんな話が来ているなんて。
「お前、エリオちゃんとどこまでいってるの?」
神聖な場所にふさわしくない、軽々しい言葉をキンスロットは投げかけてくる。
「貴様にいう必要はねーよ」
「ふーん。あっそう」
まだ、幼馴染みってだけ。
キンスロットは、ユウを見透かしている。
「そんじゃ、エリオちゃん。俺がもらっちゃうよ?」
ユウのドラゴンスレイヤーの柄を握る拳に力が入った。
(決闘の場を、大会でなく。この場にしてやろうか?)
この男は、まだシスター・ソラナを目にしていない。
そうしたら、絶対にソラナをものにしたいとぬけぬけと抜かすだろう。
トライアード教と騎士団は腐っているのは確かだ。
(まあ。いい)
ユウはふっと気を抜いた。
キンスロットは天啓の剣を扱う資格を持っていないのだから。
ユウは、俺こそが剣を扱うことができると、あやうく喉から出そうになった。
「俺は天啓の剣を使えるかもしれない」
キンスロットはさらっと言った。
「何?」
「俺は、【精霊】の声を聞いたのだ。『剣術大会で優勝せよ』。『優勝すれば天啓の剣を抜けるようにしてやる。勇者の資格を与える』とな」
「妄言を吐くな!」
ユウの声が洞窟内に響いた。
「トライアード教団には、精霊の声を聴くことができる者が多い」
「らしいな」
「俺、レーゲン・キンスロットもその一人なんだぜ。その声は幼い女の子のような声だ。教皇も精霊の声を聴くことができる。やっぱり、幼女の声らしい。お前は聴いたことがあるか?」
「ない」
ユウは、【精霊の声】は、教団が人を操るために適当にでっち上げたものだと思っていた。
しかし、ソラナが受けた、天啓の啓示と精霊の声は同じものなのか?
「どのみち、剣術大会に出るモチベーションが上がったよ。レーゲン・キンスロット! 昨年、貴様に負けたが、今回は始めから全力で行く。マジで貴様は俺を怒らせた」
「エリオ・ソフィーちゃんの後ろ盾でいきがっているだけの小僧だろ、お前。その赤々と輝く剣はエリオちゃんが貸してくれたのか? ぬはははあ。ずいぶん期待されているなお前。エリオちゃんにさ。無様にぶったおしてやるよ」
キンスロットは高々と笑いながら、洞窟を去っていった。
「ぜってー。ブチのめす!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
剣術大会当日
剣術大会が催される野外闘技場は、数万人の観衆で埋まっていた。
第一試合目は、予選を勝ち抜いた女剣士・チズル・グラシエンラ対、シード枠出場のシエナ王国の騎士団長ローディガンである。
鉄の仮面と鎧で身を固め、馬にまたがるローディガンは、チズルに馬上対決を申し出たが、彼女は断った。
「騎士対騎士で対等に戦えないのは残念だ」
仮面の内からローディガンが声を出す。
「甘い。貴殿は、道行く先で、賊に襲われたらどうする? 相手が馬に乗っているとは限らないぞ。無理な相談だ。貴様が馬から降りればよい」
マントで身を包むチズルは、高貴な騎士を相手に言い放つ。
「断る。私はシエナ王国の代表者だ。この流儀を崩すわけにはいかないのだ」
「騎士のルールなどどうでもいい」
「しかたがない」
ローディガンは馬でチズルの近くまで急接近し、わざと彼女の頭の上で円錐形の長いランスをふるって威嚇した。
チズルは冷静に槍の穂先が当たらないよう距離をとった。
チズルの機敏な動作に対して、観客席から歓声があがった。
ローディガンは再びチズル目がけて突進し、ランスの先端を体に当てるふりをした。
チズルは余裕を持ってその攻撃をかわす。
観衆から、ローディガンに対して馬から降りろと罵声があがる。
ローディガンは正直、攻めあぐねていた。
チズルはマントをはぎ取り下着に近い黒のビキニアーマー姿になった。
首に指輪のネックレス、右手に鉄のムチを持っている。
乳飲み子を持つ女として乳房が張っている。
観客席から歓声があがった。
予選のときから、チズル・グラシエンラの筋肉質な肉体美が話題になっていた。
「……騎士団長よ。まったく本腰が入ってないぞ」
「ええい、女相手に負けることは許されない。戦いに勝たせてもらうぞ」
騎士ローディガンは、ランスで殴打しようとして馬を走らせた。
チズルはまた相手をかわし、すれ違いざまに思いっきり鉄のムチで馬の尻を打った。
馬がいなないて反り返り、騎士は地面に落とされた。
すかさずチズルは、騎士のあわらになった首筋に鉄のムチで一撃を食らわせた。
第一試合は、チズル・グラシエンラが勝利した。
ユウが信じる【天啓】と、キンスロットや教団が言う【精霊】とは、似て非なるものなのか?
次回、剣術大会、ユウの第一戦が始まります。




