第四十六章 魔法の言葉
ソードスワード市国
ユウ・ナギノが教皇庁の外にでたとき、エリオ・ソフィーが天啓の剣を抱えたまま、馬で飛び出した。
「エリオッ!」
ユウは叫びに近い大声で彼女を呼び止める。
彼女は振り返らずに街中を駆けていった。
わけがわからなかった。
ユウは教皇庁から馬を借り、追跡をはじめた。
追いかけているうちに、その道筋から彼女の目的地がわかってきた。
郊外にある天啓の剣の洞窟だ。
かつて、その洞窟の岩場に、【勇者】のみが引き抜ける【天啓の剣】が垂直に刺さっていた。
その剣を扱えるのは、現時点でユウしかいない。
幾千年の時を経ても変わらない静謐な場所、そして、子供のころのユウとエリオが遊んでいた場所。
・・・・・
ユウは洞窟に到着すると、靴音を響かせて彼女を追いかけた。
ユウは、岩場の上で天啓の剣を元の位置に戻そうとするエリオ・ソフィーの姿を見た。
彼女は、天啓の剣の柄を握ることができない。騎手用のグローブ越しに、剣の刃身を掴んでいる。
「エリオ、どうしたんだ。刃を持つな! 危ないぞ、怪我するぞ!」
エリオはこちらの正面を見据え、追い詰められたような、今にも泣きそうな顔になっていた。
「ユウ、天啓の剣を返そう。もう旅は終わったのよ?」
エリオの声は低く、震えていた。
それは、悲しみか怒りによるものなのか、区別がつかない。
彼女のライトブラウンの髪が、身震いで乱れ、くせ毛が波をうっている。
「エリオ、俺はシエナに行く。理由はわかるな? 天啓の剣が必要なんだ。俺の手元には天啓の神器が揃っている。もう一度、天啓の門を出現させて、ソラナをこの世に迎えるんだ。シエナステラ修道院がその場所なんだ」
「おーい」
洞窟に聞き慣れたハスキーな声が響いた。
「まってくださーい」
天使のようなやさしい少女の声がした。
シマデ・ミカとアルト・プレヴィンが駆けつけた。
「私たちは、お前たちを送っていこうと思って教皇庁の前にいたのだが、天啓の剣を持って駆けるエリオを見た。商用の馬車で追いかけてきたんだ」
赤髪ショートヘアのシマデ・ミカも、エリオ・ソフィーの行動に驚きを隠せないでいる。
「ミカ、アルト、なによ。どいつも、こいつも、みんなシエナに行きたいって? どうして、ソードスワードを出ていこうとするの?」
「ソラナさんがいた地に興味があるからです」
アルトがきっぱりと答えた。
取り乱すエリオ・ソフィーと対照的だ。
「ソラナ、ソラナ。ええ。ソラナは素晴らしいわ。私もとっても会いたいわ。ソラナは太陽みたいで、人を幸せにしてくれるオーラがある。だからね、精霊になって、私たちを見守ってくれてもいいでしょう。それが天啓の意思だったんだから。そのために天啓の剣があったのでしょ」
エリオの手は震えていた。グローブの革が刃身によって切れて、彼女の手のひらから、血が流れ始めた。
「怪我をしているぞ、エリオ! 今すぐ剣から手を離すんだ」
「ユウ、魔法を使え」
シマデ・ミカが言った。
「えっ」
ユウが振り返ると、赤髪のお姉さんはニヤりとしていた。
(魔法? ってなんだ)
ユウはエリオのほうを向き直した。
ユウの頭に自然と思いが浮かんできた。
エリオが天啓の剣を元の岩場に戻せば、天啓の剣は二度と手に取れなくなるかもしれない。そうなると、天啓の三つの神器が欠けてしまい、天啓の門を出現させることができなくなる。
なぜ、エリオはそんな行動をとるのだろう。
教皇ヴァルダスティ三世は、ソラナが精霊になることで、ソラナを独占したいという気持ちを持っていた。
ならば、エリオは、同じくソラナが精霊になることで……、ユウを独占したいと考えているのか?
(まさか、まだ、そこまで彼女の気持ちに整理がついていないはずだ。エリオはそんな女じゃない!)
ユウは静かに、あやすように口を開いた。
「エリオ、エリオ……、一緒にシエナ王国までついて来て欲しいんだ。そう……、そこで一緒に住もう。すべてのケリがついてから言うつもりだったけど。エリオ、お願いだ」
「どういう義理があって? ねえ、どうして」
乱れ髪のエリオ・ソフィーは、震える声でユウの言葉を促した。
次のセリフで新しい運命の道が開かれる。ユウはそう感じた。
「エリオ。愛してる。
愛しているから。
ソラナの愛は万人への愛。
俺の愛の意味は違う。
エリオへの愛だよ……」
その言葉を耳にしたエリオは目を瞑り、卒倒するように岩場に倒れ込んだ。
「エリオ!」
ユウは岩場を駆け上がり、彼女を抱きしめた。
「さすが、勇者だな。一発で決めた」
シマデは手を叩いた。
アルトも目を見開いて、胸を高鳴らせている。
「ダメ」
ユウの胸元で、エリオ・ソフィーは短くつぶやいた。
「こんな、こんな。人が見ている前で、言わないで。全然っ、ダメ」
「ああ、でも、エリオのほうがどうかしていただろ」
「……」
ユウの胸の中で、エリオは嗚咽を始めた。
「気持ちは伝わったかな?」
「もう一度、チャンスを与えるわ。しかるべきに時に、もう一回、言ってちょうだいね」
「わかったよ」
二人の体が離れたあと、ユウは岩に転がる天啓の剣を拾った。
彼は、エリオと同じように岩場に立ち、剣を突き刺した。
シマデ・ミカが洞窟内に響く叫びをあげた。
「ユウ! 岩場に突き刺したら、もう二度と剣を抜けなくなるかもしれないぞ!」
「俺は天啓の勇者だ。証明してやる! 天啓よ! 俺は天啓を試してやる。ソラナを戻してやるからな!」
ユウは大声を上げ、天啓の剣を引き抜いた。
・・・・・
ホテル・ナギノ
ユウは実家のホテル・ナギノに帰った。
相変わらずのこじんまりした宿屋だった。
おかみとマスターは元気だった。勇者を輩出した、ゆかりのある宿屋として、客足が良くなったそうだ。
ユウの部屋はそのままだった。
ユウは次の日から給仕をした。
客はユウが勇者だと知っている。
握手や、武勇伝を求められ、仕事にならない。
「マスター、おかみさん。ごめん。俺は……、シエナ王国にいく」
数日をすごした晩に、家族で夕食をとっていたユウは、彼らに告げた。
おかみさんは、ナイフとフォークを持つ手を止めた。
「やっぱりね。お前はここにいたら見世物になるだけさ」
「いままでのお礼として……」
ユウは教皇庁から報奨として受け取った、銀貨が詰まった小さな袋をテーブルの上に置いた。
「どうせ酒代に使ってしまう」
酒に酔って顔が赤いマスターは、受け取らないと首を振った。
「ユウ、そのお金は困っている人のために使いなさい」
おかみさんが言った。
「ユウ、お前はもうこの宿屋で働くより、もっと大きな役割がある」
マスターが言った。
おかみさんは立ち上がってユウを抱きしめた。
「シエナは本当の妹さんがいたところなんだろ。家族って大事よ。お前の行きたいところにいけばいい。でも、ユウは私たちの家族だから、これからも変わらない。いつでも帰ってきて」
ユウはおかみさんの胸に顔をうずめた。
「おかみ、マスター。いままで、ありがとうございました」
おかみは体を震わせるユウの背中を、母親のように優しくさすった。
次章、最終回。




