第四十五章 ユウが帰ってきた
ソードスワード市国
勇者ユウ・ナギノは、大軍となった教皇騎士団を従えて、故郷のソードスワードに帰還した。
石畳で整備された街路に、背の高い堅牢な造りの建物が並ぶ。
南の不毛な砂漠の地からやって来たので、自分の生まれ育った街が都会的に感じてきた。
ソードスワードの人々は、ユウ・ナギノを待っていた。
並んで馬を駆るエリオ・ソフィーとともに、ユウは街道をパレードした。
人々は、勇者の活躍を聞き知っていた。
ユウの名前が連呼される。
大勢の若い女性が、ユウを一目見て嬌声を上げた。
感激のあまりに涙を流す者もいた。
子供たちが馬上のユウの歩調に合わせて、街路を走って追いかけてくる。
ユウが勇者として役目を果たしたと、誰もが認めている。
それでも、ユウはもうひとりの勇者、ソラナ・シエナステラのことを思っていた。
勇者の帰還を祝うこの場に、彼女がいないことを残念に思った。
ユウは、ソラナが残した天啓のサークレットに糸を通して、首から胸に下げていた。
「天啓祭みたいな賑やかさだ」
ユウは剣術大会で優勝したときのことを思い出した。
「天啓祭。なつかしいね。また剣術大会を開く?」
エリオ・ソフィーがこちらに顔を向ける。おだやかな笑顔だった。
「いいな。また、優勝を目指すかな」
「だめ。次は、わたしが優勝するから」
二人は笑った。
・・・・・
家に帰る間もなく、次は教皇との謁見に向かわなければならない。
教皇庁の門の前に、シマデ・ミカの馬車が停まっていた。
「おい、ユウ」
ホロの中で休んでいたシマデが顔を出す。
「シマデさん。ハーシュラームからの旅、お疲れさまです」
「教皇に会ったあとはさ、実家の宿屋に帰るだろ? でも、ユウのことならさあ、次はシエナ王国に行くんじゃないかなって思ったんだ」
ハスキーな声のシマデが、ユウの行動を勝手に推測する。
「まだ、はっきりしていませんが、たぶん」
「その時は私に声をかけて欲しいんだ。一緒にシエナに向かおう。シエナでさ、ハーシュラームで仕入れた商品を売りたくて」
「ミカ。都合よく物事を決めないでよ。どうせ、ユウを連れて、護衛兵の費用を浮かせようとしているんでしょ?」
ユウと一緒に行動するエリオ・ソフィーが、シマデに注意した。
「それもあるけど」
シマデは赤毛の頭を掻いて素直に認めた。
「いいですよ」
安い御用とばかりにユウは快諾した。
ホロから、金髪の少女が飛び出した。
「えへっ」
その少女は、シエナステラ修道院のシスター服を身につけていた。
彼女のきめ細やかな肌の下に、華奢なシルエットが浮き彫りになる。
伝統ある修道院服姿の彼女は、いっぱしの胸のふくらみを主張する。
「アルト! そんな格好をして、シエナに行く気まんまんじゃない!」
エリオがあきれた。
ユウの視線は、自然にアルトの体に向いていた。はじめは男だと思っていたから、そのギャップに、まだ新鮮な驚きがある。
「はい。ソラナさんがいた修道院に憧れていたので、シスター服を注文していたんです。あちらの修道院長さんが送ってくれました。サイズはぴったりです。シエナステラ修道院を見学したい。シエナで活動したいです」
シスター服のアルトは、身をよじって、はにかんでいる。
「私たちはシエナに行くつもりだ。ユウ、旅をともにした仲間のアルトの希望も考えてくれ」
・・・・・
ソードスワード市国中央 トライアード教皇庁
教皇ヴァルダスティ三世は、あいかわらずラフな法衣姿で勇者を出迎えた。
ドーム型の屋根、周りにステンドグラスが張りめぐらされた教皇の間に、ユウ・ナギノとレーゲン・キンスロット、エリオ・ソフィーが参列した。
儀礼的にユウたちは、片膝を床について頭を下げる。
「勇者ユウ・ナギノよ。勇者としてのつとめ、まことにご苦労であった。
余が教皇である時勢において、新しい千年紀を迎えることとなった。これは大変に意義深い。
勇者たちの働きにより、ハーシュラームとも良好な関係を築けていけそうだ。心から感謝する」
茶髪に両耳ピアスの若い教皇は、簡素なねぎらいを残して、そそくさと教皇の間を去ってしまった。
・・・・・
「これで解散なの? 言葉が足りないじゃない?」
エリオ・ソフィーが不満をもらした。
「教皇……、教皇は腹に何かを持っているようだ」
ユウは天啓の剣を持って立ち上がった。
キンスロットも面倒くさそうに銀髪を掻きながら、ゆっくりと立ち上がった。
「浮かない顔だったな。俺もやつに用がある。ユウ。俺についてこい。あいつも俺たちと話があるはずだ」
ユウとキンスロットの二人は、広間から長い廊下に出て、ヴァルダスティの執務室に向かったが、不在だった。
「あそこかな」
キンスロットは、いたずらっ子のような顔をして浴場に向かった。
教皇専用の浴室の脱衣場に入ると、キンスロットは服を脱ぎ、筋肉質の身体を晒した。
「おい、いくらなんでも教皇に失礼だ」
ユウは慌てた。
「大丈夫。俺だから許される。あいつとは小さい頃から顔見知りだ。ユウ、服を脱げ」
キンスロットは鏡の前に立って長い銀髪を束ねた。
「……」
ユウもなし崩し的に風呂に入ることになった。
「おい、湯を分けろよー」
教皇専用の広い湯船に、裸のキンスロットが飛び込んだ。
「レ、レーゲン。貴様……」
茶髪を香油で固めたヴァルダスティの顔に湯がかかった。
「くあー、いい湯だ。んっ? つっ立ってないで浸かれよ。勇者」
教皇を尻目にリラックスするキンスロットが、ユウを手招きする。
「えーと、僭越ながら、教皇陛下。お湯を拝借します」
「……」
ヴァルダスティも驚いて声が出ない。
「ユウ。丁寧口調でかしこまるなよ。気持ちワリー」
キンスロットが浴室に響く笑い声をあげた。
「いや……」
ユウは、キンスロットと教皇の仲の良さに驚いた。
三人は浴槽に頭を並べた。
「ヴァルダスティ。いや、ジュゼッペ(本名)。元気がないな」
キンスロットが教皇の顔を伺った。
教皇は、湯から出した右手をおでこに当てて、顔を歪ませた。
「教皇の間で、お前たちに合わせる顔がなかった。精霊の名のもとに、教団は悪さをやってきた。ベクシンシュタインは、ハルハイベルの部族を使って、ハーシュラームを牽制していた。本来の布教の趣旨とかけ離れたことをやっていた。勇者ユウ・ナギノには、父イグニスの殺害の謝罪をしなければ……」
湯につかるユウは無言のままだった。
「あー、これから、トライアード教をどうしていこうか。まず、ベクシンシュタインを罰しなければならない。あの方の力は絶大だ。教団の人間をうまく仕切れるかどうか不安だ」
「小さい話だな。お前はこんな宮殿にこもっているから、そんないらない心配ばかりするようになる」
キンスロットは湯の中で足を伸ばした。
「キンスロット。お前は広い世界を観てきた。お前は旅立つのか、それとも教皇騎士団長として、今までどおり余に仕えるのか?」
教皇は、キンスロットの意向をたずねた。
「ジュゼッペは、俺を騎士団長にしてくれた。俺は恩義を感じているし、親友なのは間違いない。俺はソードスワードに残る。俺が支え、教皇の手腕を見届けてやる」
「ほ、ほんとうか」
教皇は安堵の表情を見せた。
「おい、ユウ。この教皇は、俺のダチだ。もともとワルガキだったんだよ」
「お前もワルだった。余は、まともになろうとして教会で活動を始めた。それから、あるとき余は、ベクシンシュタインに選ばれたのだ。ただの操り人形として」
・・・・・
南国の海を思わせる青色の瞳のユウは、教皇の目をじっととらえた。
「教皇陛下。まだ、話があるのではないですか?」
ユウが切り出した。
教皇はユウから視線を外した。
「……、わかるか。わかるのだな。ああ、シスター・ソラナのことだ。彼女は天啓の門の先に行ってしまった。なんということだ……」
教皇は大きな喪失感にかられている。
教皇の元気のなさはソラナに起因していた。
「教皇陛下。俺はソラナをこの世に戻す。シエナ王国に行って天啓の門を開く」
「ソラナを戻すだと? 天啓の門を開くあてが、シエナにあるのか?」
教皇が聞き返した。
「まだ、確信はない」
「シスター・ソラナは余に声をかけてくれた」
「えっ?」
今度はユウが聞き返す。
教皇ヴァルダスティ三世は、精霊の声として、天啓の門の番人のソラナの声を聞いたのだ。
湯でのぼせ上がった教皇は、ふうっと息を吐いた。
「余が徹夜で執務をして、意識が朦朧としていた朝方に、まぎれもなく彼女のささやきが耳に入った。これを勇者ユウ・ナギノに伝えよう。
はじまりの場所で
輪冠を戻せば
天啓の門は開かれる
こんな言葉だった」
「よしっ」
ユウは湯面から拳を上げた。ユウが、書き留めたソラナの声と内容が同じだ。
「【はじまりの場所】は、シエナ王国のシエナステラ修道院だ!」
「余は、はじめ、シスター・ソラナが天啓の門の先へ逝き、この世から居なくなったと聞いて落胆した。しかし、ソラナが精霊となって余に導きを与えてくれるならば……、教皇としてソラナとともに歩みたい……」
教皇は、新しい精霊、ソラナへの独占欲を露わにした。
「それはいけない」
ユウは即座に教皇の考えをいましめた。
「勇者は、やはり余の考えに賛同してくれないだろうな」
「教皇陛下と教団幹部が、ソラナの声を独占して世を治める。それじゃあ、いままでと何も変わらない。ソラナが精霊になったって、決まったわけじゃない。ソラナは精霊になることを望んでいない。ソラナはこの世に戻り、人々と接していくべきなんだ。俺はシエナ王国に赴く」
「ジュゼッペ。ユウの意思は固いぞ」
横からキンスロットが、教皇に諦めをうながした。
「うーむ。ソラナは精霊にならないのか……。ソラナは、この世に戻るための啓示を余に与えた。【天啓】は、それを認めているということか」
「天啓の意思も俺には知りえない。けれど、勇者としてやれるべきことをやりたいんだ」
「勇者の意思に、余は口を挟むことはできない。そもそも、余は、ユウ、ソラナの父を殺めた教団の首領なのだ。謝罪しなければならない」
「教皇陛下に責任はありませんよ」
「責任がない? いいのか勇者、許してくれるのか」
キンスロットは親友の情けなさにいたたまれなくなった。
「ジュゼッペ。さっき、お前は、自分で傀儡の教皇だと抜かしただろ。お前を責めても仕様がない。それに、ソラナに対して未練がましいぞ。ソラナを帰すって勇者が宣言したんだ。実物に会える方がいいだろ」
「……、わかった。勇者よ。己の信じる道をゆけ」
肌が熱を帯びて赤くなった教皇は、ようやくうなづいた。
・・・・・
脱衣場で、ガタッと音がした。
「!?」
ユウは不穏な気配を感じて湯船からあがった。
衣服を入れる籠の上に置いてある天啓の剣が無くなっている。
ユウは濡れた身体を急いでぬぐい、服を着て駆け出した。
「すみません。俺の剣を誰かが持っていった!」
ユウは廊下にいる女官にたずねた。
「はい、女性の方が持っていきました。あのお方は、エリオ・ソフィー様です」
「エリオが!」
ユウは、入浴して全身に渡った温みが、一瞬にして冷えていくほどの悪寒を覚えた。




