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第四十三章 審判のとき

 ハーシュラーム北西部 ハルハイベルの教会

 

 明け方


 藍色の天蓋てんがいつきのベッドの上で、眠りが浅くなったユウ・ナギノは、横に寝返りをうった。

 朦朧とした意識のまま、閉じた目を開くと、窓の前にひざまずいて祈りを捧げるシスター服の少女の姿があった。

 月明かりを頼りに祈る少女。

 ユウはその光景を夢でよく見ているが、日中のあいだは完全に忘れている。


 少女はユウのほうを向いて微笑んだ。

 すやすやと眠る子供を見つめる母のような、あたたかい笑みだった。

 こころがやすらぎに満ちたユウはそのまま目を閉じた。


 はじまりの場所で……

 女神像に……

 天啓の門は開かれる


 ユウは少女の声を聞き取った。


「ソラナ!」

 ユウは布団をめくって飛び起きた。

 暗い藍色の無機質な空間が広がっている。

 少女の姿は消えていた。

「ここは、どこだ! ああ、教会の部屋か。聞いたぞ。あれはソラナの声だ。忘れないうちに書き留めておこう」


 ・・・・・


「ユウ・ナギノ! 起きてますかネ」

 部屋の外から、朝に耳にするにはあまりにも不愉快な、ナンバー3の声がする。

 鍵は外側から掛けられているのに、扉を乱暴に叩いている。

 ユウは急いて髪を整え、洗ったばかりの白いシャツをまとい、サスペンダー付きのチノパンを履いた。

 部屋を出ると、教会の廊下には、全身を鎧でつつむベクシンシュタインの騎士団たちがずらりと並んでいた。

 これから審判が始まる。

 朝の食事は出されなかった。

 審判の後にただちに処刑するから、朝飯は抜きなのだとユウは思った。


「ケケケ、お前の命も今日までス。ちゃんと弁明をして、ブザマにあがいてくださいネ。ほれ、天啓の剣、見納めですよー、もうお前の手には戻らない、ケケケ」

 頭にバンダナを巻いた、ギザギザ歯のナンバー3が、天啓の剣を布に包んで抱えている。


 ユウは自分の頭の血管が大きく脈打つ音を聴いた。

「……。俺を拘束しないのか?」

 ユウの質問に、騎士が答えた。

「拘束はしない。勇者など拘束するに及ばない。なぜなら我々は、お前を全く恐れていないからだ。天啓の剣のないお前など、ただの若造だろ。ベクシンシュタイン様に裁かれろ! 精霊殺しの反逆者!」

 騎士は、ユウを完全に悪者扱いしていた。


 ユウは、剣と槍を持つ騎士たちに追い立てられ、教会のとなりにある講堂に連れられた。

 講堂で審判が開かれるのだ。


 外に出ると、大勢の騎士たちが罵声を浴びせ、石を投げてきた。

 重い石がユウの頭にあたり、激痛が走った。

「俺がデロスにつく前に襲えば良かったじゃないか……」


 講堂の入口の前で、銀髪の男、レーゲン・キンスロットと彼の騎士団員数名が立ちはだかった。

「勇者ユウ・ナギノは無実だ。統括監察官の騎士たちよ、自分が何をやっているのかわかっているのか? 教皇騎士団は、お前たちを許さないぞ、剣を交える用意をしているからな」

 キンスロットの教皇騎士団とベクシンシュタインの騎士団がにらみ合った。

「キンスロット殿。ベクシンシュタイン様の一言で、あなたは簡単に教皇騎士団長の地位を追われる」

 ユウを連れる騎士が冷静に脅しをかけた。

「教皇に告発する。お前たちは一国の姫を誘拐した」

「やめたほうがいいですネ。ケケケ。あなただって、教皇だって、ベクシンシュタイン様はいろいろ理由をつけて反逆者として、裁くことができるのでス。ベクシンシュタイン様は絶対ですからネ」

 ナンバー3はケラケラと小馬鹿にして笑う。

「ふざけるな」

 キンスロットと、彼直属の騎士が剣を抜こうとする。彼は銀髪を振り乱し、いつになく真面目な顔つきでありったけの声を出した。

「統括監察官がなんだ! お前らはトライアードの恥だ。勇者を離せ! 教皇騎士団長として、お前らの行いを許さない!」

 両腕を抱えられたユウは、キンスロットに頭を下げた。

「ありがとう、キンスロット騎士団長。お前は、俺とともに、剣を振るってくれた。カジノの主やナンバー9と戦った。一緒に旅をした仲間として誇りに思う」

「ユウ。お、お前は俺を……、勇者一行のひとりに入れてくれるのか?」

「もちろん」

 ユウがうなずくと、銀髪の男は落ち着いた。

「正直にうれしい。頼むぞ、勇者ユウ・ナギノ。エリオちゃんを悲しませるなよ」

「審判を見守ってくれ。俺は負けない」

 ユウはそう言い残して講堂に入った。


 講堂は、四角形に人が座る席が並び、真ん中に演壇と、それに対して粗末な椅子がぽつんとあった。

 傍聴席は満員で、立ち見の人間も多い。

 席にはハルハイベルの部族長とその息子、ラベラーダ王とカラーラ姫、そしてエリオ・ソフィーの姿があった。

 立ち見はほとんどが騎士団員で、ハルハイベルの地元民もいる。


 大柄な体を覆う藍色の法衣を身につけたベクシンシュタインが現われ、ゆっくりとした足取りで壇上に立った。

 彼は束ねた白髪を藍色の帽子に納め、威厳を増すために、装飾用の白いあご髭を付けていた。


 ユウはベクシンシュタインの眼下の椅子に座った。

 ユウは拘束されなかった。代わりに、大きな斧を持つ、鳥の顔の形の鉄仮面を被る男が後ろにぴったりついていた。

 死刑執行人ナンバー5だ。

 胸や肩が分厚い筋肉で盛り上がっている。その太い腕で、斧が振るわれれば、一発で首をはねられそうだ。

 

 ほかに、ギザギザ歯のナンバー3が、天啓の剣を小脇に抱えて立っている。


 精霊を殺した勇者を裁け!

 勇者は終わった。

 反逆者にソードスワードの地を踏ませるな。

 ざまーみろ。

 勇者を裁け!

 

 ベクシンシュタインの騎士団員たちが聞くに堪えない罵声を浴びせてくる。

 椅子に座るユウは眩暈めまいを覚えた。

 頭に石が当たった痛みがまだ続いている。


 講堂が静まり返った。

「これから、罪人ユウ・ナギノの裁判を始める。判事は我、ウォルフガング・ベクシンシュタインがつとめる。ユウ・ナギノの精霊を滅ぼした罪を問う」

 ベクシンシュタイン統括監察官(以下、統括官という。)の、地響きのような野太い声が、ユウの腹わたにビシビシ伝わってくる。

「……」

 ユウは背中と脇に汗があふれてくるのを感じた。


「我、ウォルフガング・ベクシンシュタインは、生まれてからずっと精霊の声を聞いてきた。

 我々トライアード教の信仰に厚い人間は、精霊と共にあった。

 勇者ユウ・ナギノはデロスの地で天啓の門を出現させ、その先で精霊を討った。

 我々は精霊の声を失った。

 いま世界は、がらんどうの洞窟のように感じてならない。

 光がない! 暗闇の世界だ!」

 ベクシンシュタインの嘆きが、法廷にいる人間を震えさせた。

 身体の大きな老人の声が、講堂の窓を震わせた。

 

「統括監察官。彼は精霊を討っていない。討ったとしても、それは罪に問えることでしょうか?」

 レーゲン・キンスロットが口をはさんだ。


「勇者は天啓の門の番人、精霊を倒すために神器を身につけられるのよ! 世界が暗闇になったって? それは、あんたの主観でしかないじゃない!」

 エリオ・ソフィーの高い声が講堂全体に通った。


「邪魔をするな。教皇騎士団長と市国長の娘。つまみ出すぞ! お前たちも同罪で裁くぞ」

 統括官は、壇上を叩いて怒りを露わにした。

「くっ」

 エリオ・ソフィーは固唾を呑んでひとまず静かになった。

 

 統括官は、指を組んで陳述ちんじゅつを続けた。

「一千年以上前の文献によると、恐ろしいことが書かれている。

 前の精霊は火竜だった。

 世界は火が舞うように荒々しく、戦乱にあけくれていた。

 負けた者は奴隷となり、各地で奴隷狩り、奴隷売買もさかんだった。

 奴隷による主人への反乱も起こった。

 異端審問を積極的に行う宗派が力を持ち、恐怖で世界を支配していた。

 火炙りの柱が街に、広場に、何百、何千本と建っていたという。

 やがて、火竜は倒され、精霊が交代した。

 我々トライアード教団が台頭たいとうし、その精霊の声のもとで、おだやかな治世を続けてきた」


「俺も、トライアード教団を深く知るまでは、温かい木漏れ日のような、世界はおだやかなものだと思っていたよ」

 ユウ・ナギノが相槌をうつ。

 ベクシンシュタイン統括官は、眉間の皺を寄せて意外そうな表情をした。

「ほほう。お前は知っていて、このおだやかな治世に終止符を打ったのだ。そうだな?」

 統括官の問いに、ユウは答えられなかった。


 勇者を裁け!

 ユウを滅ぼせ!

 勇者を裁け!

 ユウを滅ぼぜ!


 統括官の騎士団たちが、荒っぽくがなり立てる。

 

 ユウは頭が痛くなって椅子から倒れそうになった。

 背後から、斧を持つ鳥仮面の死刑執行人、ナンバー5の殺気を感じた。

 どうも言葉が出てこない。

 ユウの頭の中が真っ白になっていく。


 ベクシンシュタインはにやりと笑った。

「判決だ。ユウ・ナギノを、精霊を滅ぼした罪、及び教団への反逆罪で死刑に処する」


 うおー!

 ベクシンシュタイン様は絶対だー!

 勇者を討て!

 ソラナを討て!


「さっそく、ユウを葬り、天啓の剣、天啓のサークレット、天啓の指輪を回収する。

 我々で勇者を見つけ、デロスに向かい、天啓の門を出現させるぞ。

 我々はもう一人の反逆者、ソラナ・シエナステラを討伐する!」


 ユウの頭に電撃が走った。

 彼は、明け方のソラナの祈る姿を思い出した。

 ソラナ!

 ソラナを傷つけようとするやつは許さない!

 ユウの頭がはっきりしてきた。


 キンスロットとエリオ・ソフィーが剣を抜いて、ベクシンシュタインの騎士団に戦いを挑もうとしている。

 数と勢いを比べれば、破れかぶれなのは一目瞭然だ。


「待て! 全員落ち着け! 俺は最期の弁明を行う!」

 ユウは大声で叫んだ。


「判決は確定した。弁明ではなく、辞世じせいの句なら、発言を許してやる」

 

「みんなが言うとおり、精霊は滅びた!

 いま、新しい天啓の門の番人に、ソラナ・シエナステラがなろうとしている。

 おだやかな治世は続くはずだ。

 いや、ソラナが精霊になるのなら、もっと良くなるかもしれないね。

 でも、その治世にも区切りってものがあると俺は気づいている。

 千年紀。

 人にとっては長いが、たったの一千年なんだ。

 俺はソラナが精霊になることに反対だ。

 第一、彼女はそれを望んでいない。

 俺はいまでも勇者だ。

 天啓の門を出現させられる。

 ソラナをこの世に戻すことができる」

 

「さて、ユウ・ナギノ。次の精霊は誰になるのだ」

「わからない。俺は資格者だ」

「反逆者であるお前が代わりに精霊になるだと? 我の判決が聞こえなかったのか? お前は死刑だ。お前はもう死んだ」

 壇上からベクシンシュタインはユウを睨みつけた。


「ソラナを救うためなら、俺はどうなってもいい。ソラナは、人に尽きることのない愛を与えて生きる。ソラナはこの世にいなければならないんだ!」

「ユウ・ナギノ。

 お前は、精霊よりも【天啓】が先立つ存在だと唱えていた。

 ソラナ・シエナステラが天啓に選ばれるとして、それを拒むなら、お前は【天啓】の意思に背くことになる」

「もちろん。俺の意思は自由だ」

「何? お前は天啓を信じつつ、天啓からの自由をも主張するだと?」

「ああ。

 天啓はすべてに先立っている。

 俺ごときが天啓の意思を知ることなんてできない。

 天啓の門の先の世界にいた精霊すら、天啓の意思がわからないと言っていた。

 もう一度言おう。

 お前たちが崇めていた精霊は滅んだ。

 俺が精霊を討った証拠はない。

 統括監察官。

 残念ながら俺を裁くことはできないよ。

 お前は精霊から与えられる言葉にすがってしか、生きていけないのか? 

 ならば俺はお前を憐れむよ」

「なんだと!」


「精霊がいなくなったら、教団のお前たちは、自分の足で、非力を感じながら生きていかなければならない。

 一般民衆とともにね。

 どうして、どういう理由をもって教団のお前たちが、人の上に立つことができる? 

 はっきり言ってそんな権利はない。

 ソラナは勇者だ。

 でも、ソラナは勇者として、人の上に立つような振る舞いを何ひとつしなかった。

 俺はソラナと一緒にいたから、俺は、天啓の剣の巨大な力にとりつかれて、ほかの誰よりも優れているなんて勘違いすることはなかったんだ。

 俺がソラナを失った悲しみを、精霊を失った教団の者ならすこしでも感じられるはずだ。

 人は自由を求めていい。

 でも、自由になれば、どう歩めばいいか困るだろう。

 いいんだ。

 おおいに悩むべきなんだ。

 教団は、そんな人々の心の添え木となるような、そんな存在であるべきなんだ」


 ベクシンシュタインは怒りで大きな身体をわなわなと震わせていた。

「ユウ・ナギノは天啓を信じるといいつつ、ソラナ・シエナステラを天啓のもとから取り戻すと言いきった。

 自ら信仰する存在の意思に抗おうとする反逆者、ユウ・ナギノをこの場で死刑に処する。やれっ、ナンバー5」

 鳥仮面の男が、ユウの背後で斧を振り上げた。


「天啓の答えを聞くがいい!」

 ユウは立ち上がり、左手を掲げた。

「俺の指にある天啓の指輪。この指輪がはまっている限り、俺は天啓の勇者だ」

 ユウの指先が青い光に包まれた。

 ナンバー3の小脇にあった、天啓の剣がすっと飛び出して、強力な磁石のようになったユウの左手に納まった。


 奇跡だ!

 霊剣だ!

 

 いままで憮然ぶぜんとしていたハルハイベルの部族たちが歓喜の声をあげた。


「天啓の力を知れ!」

 ユウは両手で天啓の剣を振りかぶり、ナンバー5、つづいてベクシンシュタインを壇上ごと突風で舞い上げ、吹き飛ばした。


「この裁判は無効とみなす」

 ハーシュラーム国のラベラーダ王とハルハイベルの部族長がお互いに確認し、宣言した。


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