第四十二章 明日、世界はいちだんと輝いている
ハーシュラーム北西 ハルハイベルの教会
「ぎゃははは、こいつ投げやがったッス。天啓の剣を手放したでス。勇者があっけなく降参したでス」
ギザギザの歯のナンバー3はケラケラと笑い声をあげた。
「えいっ」
エリオ・ソフィーが馬を駆け、地面に落ちた剣を拾おうとすると、統括監察官の騎兵たちが槍を繰り出し、彼女を阻んだ。
「どいてよ! 天啓の剣は渡せない!」
「そうだ! お前ら、引け!」
キンスロットが命令したが、騎兵たちはびくともしない。
「チッチ、ベクシンシュタイン様の騎兵たちは、アナタの指揮権の範囲外でス。天啓の剣が目的じゃないでス。勇者ユウ・ナギノが投降しさえすればよいのでス」
「ベクシンシュタイン! ハルハイベルに統括監察官が来ているのか!」
キンスロットの顔が青ざめた。監察官のトップに長年にわたり君臨し、教皇の選出にも大きな影響力を発揮できる、教団の最高実力者の名前を耳にしたからだ。
「参った。これはまずい。最も偉い人間がいる」
「エリオ、キンスロット。ここは下がってくれ。誰かが俺を待っているようだな。さあ、バンダナ男よ、俺は抵抗しない。カラーラ姫を解放するんだ」
馬上のユウ・ナギノは両手をあげた。
「すみません。すみません勇者さま」
ナンバー3の手を離れたカラーラ姫は、地面の砂埃を舞わせながら、一目散にラベラーダ王のもとへ走った。
統括監察官の騎兵たちは、ユウ・ナギノを取り囲み、長槍のポールの部分で彼を何度も打ち据えた。
「うっ、くっ」
ユウは痛みに耐え、馬から落ちないよう必死にこらえている。
「やめて! 卑怯よ」
エリオが叫ぶ。
「けっけっ。抵抗する気力を奪うのでス。勇者といえども、絶対に教団には逆らえないと思い知らせてやるのでス」
騎兵が天啓の剣を拾おうとした。
しかし、騎兵は剣の柄に触れることができなかった。
「むむ、これが天啓の神器でスか」
ナンバー3の笑いが止まった。
「はあ、はあ……、勇者の俺にしか扱えない剣だ」
「いまいましい。布に包んで回収でス」
・・・・・
剣を相手に奪われたユウ・ナギノは、教会の一室に連行された。
藍色のベッドとソファがある、つい先ほどまで、カラーラ姫がいた部屋だ。
藍色のカーテン越しの窓には、鉄格子がはまっていた。
ユウはソファに座った。
打たれた肩と背中、全身が腫れている。
「ユウ、いる?」
ドアの向こうから、エリオ・ソフィーの心配そうな声がした。
「いるよっ」
ユウは、大きな声で返事をした。
彼女はパンとスウプのお膳を運んできた。
彼女のうしろにはキンスロットとラベラーダ王がいた。
「怪我は大丈夫?」
「大丈夫だよ。ただの打撲だから」
「ちゃんと食べてね」
「エリオが運んできてくれたなら口にするよ。毒は入っていないだろうから」
エリオはうつむいた。
「ユウ、大切な天啓の剣をあんなふうに扱ったなんて、どうかしてると思う」
「教団の目的は俺だ。カラーラ姫やみんなに迷惑をかけたくなかった。天啓の剣は俺にしか扱えない。必ず俺の手元に戻ってくる」
キンスロットがユウに頭を下げた。
「あの場で俺は、統括監察官の騎兵と戦えなかった。すまなかった」
ユウは口元を緩ませた。
「お前は勝てない戦いはしないからなあ」
「そんなことはないぞ」
キンスロットはすぐに否定した。
「さて、勇者に伝えておくことがある。教団は明日、この教会で裁判をやろうとしている」
「俺が何をやったんだ?」
「お前の精霊を殺した罪を、統括監察官が直に裁くのだ」
「精霊は人じゃないさ」
ユウはあきれた。
「統括監察官には、糾問権がある。告訴もなく職権で人を裁くことができる」
「こういうやり方で教団は勇者を抹殺してきたんだし」
「ああ……。認めたくないがそのとおりだ。統括監察官ベクシンシュタインは、精霊の声を最も聞くことができた人物だ。精霊の声に従って勇者抹殺の司令塔になっていたはずだ。おそらくお前の父、勇者イグニスの件にも関わっているはずだ」
「【勇者】を恐れ、目の敵にしていた精霊は滅んだ。トライアード教は精霊を信仰していた。教団がやろうとしていることは、勇者の俺への復讐だ」
小麦色の肌のラベラーダ王が前に出て、年下のユウに向かって深く頭を下げた。
「僕の妹、カラーラのために天啓の剣、勇者であるあなたを危険に晒してしまい、本当にすみませんでした」
「王よ。面を上げてください。俺はここでくたばる訳にはいかない」
「ユウさえ無事でいてくれればいい」
エリオ・ソフィーの顔は不安に満ちていた。
「お前に死刑判決がくだったら、俺は俺の騎士団を率いて統括監察官の騎兵と戦うぞ」
キンスロットの顔は真剣だった。
「僕も戦うつもりです」
ラベラーダ王が続いた。
「ありがとう。なんとかあの老人を論破したい。
俺にはやるべきことがある。
俺はソラナを諦めない。
エリオ。
ソラナと一緒に旅をしてわかっただろ。ソラナの愛は精霊をも包み込んだ。
ソラナはまたみんなに愛を贈るんだ。
ソラナが精霊になるんじゃ、ダメなんだ。
ソラナは俺たちと同じ世界にいなくちゃならないんだ!」
「ユウ」
エリオ・ソフィーは涙をこぼして床に膝をつき、ユウの手を取った。
彼女はユウのソラナへの想いを知っている。
「どうして。どうして、そんなに強い気持ちを持てるの?」
ユウの薬指にある天啓の指輪が、永遠の耀きを放っている。
「天啓はすべてを見ている。俺は天啓を信じている。俺は天啓からソラナを取り戻したいと思う。でもこれは、天啓に背いているわけじゃないんだ。これからの行いで、天啓に認めさせてやるんだ。だから、目の前の教団ごとき、俺の敵じゃない」
「強がってる」
エリオ・ソフィーはユウの膝の間に顔をうずめた。ユウのズボンがエリオの涙で濡れていく。
ユウは、エリオのライトブラウンのくせ毛を優しく撫でた。
「最期の別れをなごり惜しんでいるようだな」
教会の部屋に、統括監察官のウォルフガング・ベクシンシュタインが現れた。
長身のキンスロットよりも大柄で、額と頬に深く刻まれた皺、眼鏡の奥の鋭い眼光、空気を震わせる太い声が威圧感を引き出している。
「勇者ユウ・ナギノよ。はじめに告げておく。我はお前が憎い。お前は我々の父、母である精霊を滅ぼした」
「統括監察官。それは誤解だ。俺は勇者として、精霊の寿命を見届けたというのが正しい。(むしろ、勇者イグニスを殺めた罪をあなたが問われるべきだ)
俺が天啓の門の先で見てきたこと、天啓と精霊の関係について、いまここで話したい」
「いらぬ。反逆者が真実を語ることはない。明日、法廷で会おう」
「勇者を裁くのなら、あなた自身も相当の覚悟をしていただきたい。命のやりとりをするつもりで法廷を開いてください」
ユウから警告をうけたベクシンシュタインは、意外に勇者は骨がるなと思った。
ユウはエリオを抱きしめ、お互いの瞳を通わせた。
「今夜は教会に泊まるのかい? ハルハイベルの部族のテントに泊まるの?」
「この部屋に泊まりたい」
「エリオ嬢、この教会にはまだ部屋があります。こんな腐った教団の世話にはなりたくないとお思いでしょうが」
キンスロットが焦って意見する。
ベクシンシュタインは咳払いをして不快感を表した。
「俺はこの部屋から出られない。エリオ。ゆっくりお休み。何も心配しなくていい。俺が裁かれる理由なんてひとつもないんだから。明日、世界はいちだんと輝いているはずだから」
ユウの瞳は、シエナの海原のように深く、穏やかだった。
彼の薬指にある天啓の指輪が、勇者としての気力を無限に注いでいた。




