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第四十一章 カラーラ姫の解放条件

 ハーシュラーム北西部 ハルハイベル


 遊牧民のテント式の住居が点在する、砂漠と草原がまじった地帯に、ひときわ目立つ豪華な教会が建っていた。

 その教会の一室に、ラベラーダ王の妹、カラーラ姫が閉じ込められていた。

 部屋は、藍色の天蓋てんがいつきのベッドと、ふかふかのソファが備わっている。居心地は良さそうだ。

 

「ハーイ、カラーラちゃん。元気にしてるかな?」

 甲高く誰が耳にしても癪にさわる声がした。

 細い腕と足、ギザギザの歯、尖った鼻と顎をもつバンダナを巻いた小男が、パンとスウプの皿を持って部屋に入ってきた。

 カチューシャをさしたおでこの娘、カラーラ姫は、口を聞かずに小男を睨む。

「カラーラちゃん、ちゃんと食べないとお腹がすいて死んじゃうよお?」

 ケラケラと笑いながら、小男はカラーラを囲むようにステップした。


 ここからは逃げられないよ。


 おどけながらもバンダナ男はサインを送る。

 この男はソードスワード市国出身の通称ナンバー3だ。

 小柄な体で忍び寄り、人をさらうのが得意で、とくに小さな子供を誘拐して親から身代金を要求したり、人に売り渡したりする極悪人だ。

 官憲に逮捕されたが、教団のナンバーズとして使われている。

 数字が3と若いので、教団の駒となっている年数は長い。


 ナンバー3は細い腕に包帯を巻いていた。

 誘拐するときにカラーラが思い切り噛みついてできた傷だ。


「おい。お前。一国の姫をさらってきやがったな」

 野太いダミ声で、腹がでっぷりと出た、上半身は裸にベスト一枚の五十歳くらいの男と、同じ格好で小太りの二十歳くらいの男が現れた。

 ハルハイベルの部族長とその息子である。

「大丈夫ですネ。あの方のご命令ですから。この娘はあなたの部族のプラスになるように使います。そうですネ。この娘、第三夫人にどうですか」

「冗談を言え」

 部族長はブハハと笑った。

「では、息子さんの嫁にどうです」

 ナンバー3は息子の顔色をうかがった。

「うん。悪くないね」

 二重あごの太った息子は、いやらしい目つきでカラーラを眺めた。

 カラーラはずっと睨み、隙があれば噛みつこうとしている。


「おっかないよ、この子」

「お前たち教団が勝手にやったんだから、謝ってすぐにもこの娘を王のもとに返すんだ」

 部族長が命令した。


「それには及ばぬ」

 ハルハイベルの部族長よりもさらに、野太く天地に響くような声がした。

 身長は百九十センチメートルほどある大柄で、藍色の法衣をまとい、長い白髪を束ね、銀縁眼鏡をかけた老人が現れた。

 歳は七十歳。トライアード教団統括監察官、ウォルフガング・ベクシンシュタインである。


「ううむ」

 太ったハルハイベル部族長も、統括監察官の威圧感に後ずさりした。

 

「ハルハイベルの部族は、ハーシュラーム国から独立せよ。ラベラーダ王やほかの部族は関係なくなる。後ろ盾に教団の我々がいるのだから心配する必要はない。カラーラ姫とお前の息子とを結婚させ、ハーシュラームが手を出せないようにする」

「独立の話をさんざんうかがったが、こんなやり方では納得がいかん。我々遊牧民にも誇りがある。あなた様が、ここに教会を立てたから、我々は移動できん」

「誰のおかげで裕福になれたと思っている」

 統括監察官は一喝した。

「すみませんでした」

 部族長はすぐに頭を下げた。

 ハルハイベルの部族は、生業なりわいの牧畜を捨て、ベクシンシュタインが指導する鉱山からの宝石採掘で利益を出している。


 そのおかげで贅沢三昧ができるようになった部族長は、すっかり体がなまってしまった。

 彼の息子も同様だ。

 彼らはいつのまにか、ベクシンシュタインに逆らえなくなっていた。


「へへへ、話は早く進めましょうネ。カラーラちゃんが、息子さんを好きにくれればいいんですネ」

 ナンバー3はケラケラと笑った。

 

 カラーラ姫はいたたまれなくなって、ぽろぽろと涙をこぼしていた。

「この子は、何も食べようとしない。ダメだ。帰してあげませんか。ハルハイベルの不名誉だ」

 部族長は困った顔をする。

「ダメなものか!」

 大柄のベクシンシュタインがまた怒った。

 歳をとっているからこそ、威厳がある。

「ひ、ひい」

 ハルハイベルの親子は恐れおののいた。


「ベクシンシュタイン様は、強力な騎士団を有しておりますからネ。逆らったら、ハルハイベルはどうなるかわかりませんネ」

 ギザギザの歯をカクカクと笑いで震わせながらナンバー3は言った。


「ハーシュラーム国王は若造の腰抜けだ。しかし、妹がさらわれたと知れば取り返しにやってくるはずだ。そして……、ゆ、勇者もこっちにやってくる」

 ハルハイベル部族長は、額、脇、腹、それぞれに汗をかいている。


「多分来るだろう。織り込み済みだ」

「ベクシンシュタイン様。勇者が来るのですぞ!」

 部族長は繰り返した。

「何を恐ろしがっている? 勇者はこの地で仕留める。そうすれば、世界の権力を私が握ることになる」

「さすがベクシンシュタイン様、ヴァルダスティ教皇をも上回る力をお持ちなのでス」

 ナンバー3がおべっかを使う。

「もしかして……、統括監察官は勇者が狙いなのか……。デロスから帰ってくる勇者をおびき寄せようとしているのか……」

 部族長は人に聞こえないくらいの小声で驚きを漏らした。


「さあ、ナンバー3、カラーラを連れて指示通りにやれ」

「わかりましたですネ」

「いやあー」

 ナンバー3は、短剣でカラーラ姫を脅しながら、腕を引いて部屋から連れ出した。


 ・・・・・


 昼


 朝方に出発した勇者ユウ・ナギノの一行は、ラベラーダ王を伴い、馬で砂漠と草原の道を駆け、ハルハイベルの支配地域に入った。

 

「ユウ・ナギノ! 姫を救うアイディアがあるのか! ラベラーダ王とハルハイベルとの間に戦いが起きたらまずいぞ!」

 銀髪をなびかせてレーゲン・キンスロットが警告する。

「戦うのは俺だけでいい。天啓の剣は、一千の騎兵にも勝る」

 プラチナの髪のユウは落ち着いていた。

 キンスロットには、現実味のない無責任なセリフに聞こえた。

「ふざけるな! 天啓の剣があるからって、自分を過信しすぎだ!」

 キンスロットは怒鳴る。


「天啓が俺を見放したとき、俺は終わる。俺が天啓の剣を扱える限り、天啓は導いてくれる」

 天啓の神器の宝石と同じ青色の瞳をもつユウ・ナギノは、シエナの大海原のように泰然たいぜんとしていた。


「それは、俺が精霊を盲信していたのと同じではないか?」

 キンスロットが問う。

「違う。俺は精霊が滅ぶところを見届けた。だが、天啓は不滅だ!」

 馬を駆るユウは答えを風に乗せた。


「勇者さーん。止まってくださいネ!」

 前方から数十騎の兵団が現れた。軍勢はユウたちよりも大きい。

 バンダナを巻いた小男が、少女の首筋に短剣を突き立てている。


「カラーラ!」

 馬上のラベラーダ王が叫んだ。


「人質は卑怯だ! 姫を返せ!」

 若い王は力いっぱい声を張り上げる。

「兄さん、ラベラーダ兄さん!」

 カラーラも泣き声混じりの声をだす。


 ギザギザの歯の男はケラケラと笑っている。


「この行いは、ハルハイベルがやったのか?」

 ユウがたずねた。

「イイエ、違いますネ。偉大なる我が主、統括監察官ウォルフガング・ベクシンシュタイン様のはからいなのでス」

「教団だと! その軍勢は統括監察官の騎士団か!」

 キンスロットはたじろいだ。

「まだ、教団に腐った奴がいるんだな」

 ユウは吐き捨てるように言った。

「何をおっしゃいますかネ。ベクシンシュタイン様は平和の使者です。世の安寧を保つ代理人です。ですから、従ってくださいネ」

「姫の解放条件を教えろ!」

 ラベラーダ王が叫んだ。

「天啓の剣と交換でス」


 ナンバー3の発言に、ラベラーダ王は動揺した。

 自分の妹と、勇者の天啓の剣は秤にかけられるものだろうか。

 天啓の剣を渡せば、勇者ユウ・ナギノの力の源が失われることになる。

 勇者は同意しないはずだ。


「いいだろう」

 ユウ・ナギノは馬上から天啓の剣をあっさりと放り投げた。

「ちょっと、ユウ!」

 同行していたエリオ・ソフィーが悲鳴に近い声をあげた。

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