第四十章 ユウのことを一番わかっているのは私
ハーシュラーム
勇者ユウの一行は、ハーシュラームの王宮に向かった。
円い屋根のある宮殿は、前に訪れたときと同じくみすぼらしかった。
ただ、施しを求めて群がる貧しい人々の姿はなかった。
宮殿前の堀池の濁った藻が払われて、澄み切った清流になっていた。
王宮の修繕に金をかける余裕はないが、ラベラーダ国王の心機一転を図ろうとする意気込みをユウは感じた。
王座には、こめかみに右手を当ててうなだれる、小麦色の肌の短髪の青年がいた。
「おお、勇者、ユウ・ナギノ! お久しぶりです」
ラベラーダ王は、大きな黒い瞳を見開いた。
その耀きは、カジノにのめりこんでいたころには見られなかったものだ。
勇者一行は、ユウを先頭に片膝をついて頭を下げた。
「いやいや、世界を救った勇者にかしこまられても困ります」
王はあわてふためいて、ユウたちを立たせた。
「王よ。大変な事態になったと聞いた。カラーラ姫の身に何かあったようだな」
「はい」
王は再び座り、沈鬱な表情を浮かべた。
「カラーラは、街の市場に出かけたところ、雑踏のなか、人さらいに遭ったんだ。一緒にいた護衛も全く気づかないうちに彼女は消えてしまった」
王の妹が連れ去られた。
ユウもいま、妹のソラナ・シエナステラが天啓の門のもとにいる。
王の焦燥感が、ユウの全身に染み入るように伝わってきた。
「王よ。心当たりはあるのか」
「ある。僕が頭を悩ませているのは、誰がやったかわかったからだ。北の部族ハルハイベルだ」
「ハルハイベル。ここから北西にあり、ソードスワード市国に近づくことになる」
レーゲン・キンスロット教皇騎士団長が反応した。
「彼らは昔からトライアード教を受け入れ、信仰し、ハーシュラームからの独立を要求していました。僕のところにカラーラを預かったという使者をよこしてきたんだ」
「ハルハイベルは遊牧部族だが、宝石が取れる鉱山を持っている。それにトライアード教団が目をつけて、背後から支配している」
キンスロットは、解説しながらすこし渋い表情をしていた。彼はトライアード教団側の人間だからだ。
「王よ。俺に何を求める?」
「妹を取り返すべきなのか、そのために戦う必要があるのか、どうしていいかわからない。勇者と、教皇騎士団に協力してほしいけど、異国の僕に義理はないでしょう?」
ユウは首を横に振った。
「俺は、教皇のもとへ帰還しようとしているが、教団の人間ではない。王よ。王宮の堀の澄んだ水の流れを見て、俺は思った。ハーシュラームは変わろうとしている。あの、セルジュ・ジリカもそうだ」
「僕は、カジノから王宮に戻ったあと、すぐに大臣を連れて地方の有力部族をまわった。ハーシュラーム国の構成員としての結束を確認した。彼らは、僕の不甲斐なさを許してくれた。ただ、ハルハイベルのところにはまだ行っていないけれども」
「わかった。協力する。北西に向かおう」
ユウの回答に、ラベラーダ王は胸をなでおろした。
「ありがとう。武力が必要ではないか? 地方の部族たちから、兵を集めようか?」
「いらない」
ユウは即答し、キンスロットの方を向いた。
「キンスロット。教皇騎士団長として、ハーシュラームに味方をするか? いやならばここで別れよう」
キンスロットはしばらく黙考した。
キンスロットは、エリオ・ソフィーの顔をちらりと見た。
当然に、彼女はキンスロットの快諾を求めるまなざしを送っていた。
「しかたない。俺も勇者についていく。あくまでも護衛としてだな。ハルハイベルとの戦いはなるべく避けたい。こっちだって十数騎しかいないのだ」
「やつらにトライアードの息がかかっているのなら、教皇騎士団が向かえば戦いづらい。キンスロット、裏切るなよ」
「勇者……、俺がそういうやつに見えるのか?」
「すまない」
ユウは余計なことを口走ったと反省した。
(キンスロットは、精霊の操り人形として、チズルの子をさらった。だが、もうお互い信用していいだろう。
精霊なき世は、混乱している。ソラナが、精霊になってしまったのだろうか……)
・・・・・
ハーシュラームの夜
王宮にある来客用の白い塗り壁の寝室で、エリオ・ソフィーとアルト・プレヴィンが一緒にいた。
エリオは、花びらで溢れるバスに浸かり、ライトブラウンのくせ毛の水気を麻のタオルに吸わせていた。
先に入ったアルトも、ベッドに腰かけて、しっとりとした金髪を窓から流れる夜風に晒していた。
「お風呂ローズだったよね? いい、香りね」
「ええ」
砂漠の街は空気が乾いていて、汗がすうっと引いていく。
裸のアルトはガウンをまとった。
それから彼女は、水差しに入った冷たいお茶を二つのカップに注いだ。
エリオ・ソフィーはアルトの隣に座った。
ランプの頼りない灯火が、白い壁に二人の影をつくっている。
「ねえ、ソラナが居なくなって寂しい?」
ガウンをまといながらエリオはアルトに聞いた。
「ええ、はい。こころがぽっかりと空いてしまったようです。ただ、馬車に乗ってなりゆきまかせになっています。ソラナさんは天啓の門にいるらしいですが、それが天啓の意思だとしても、複雑な気持ちです」
「複雑だわ」
カップを手にするエリオは、ふうっと息をついた。
吐息はハーブの香りがした。
(ソラナが居なくなるのは悲しい。ユウの妹だから。でも正直、ソラナが居なくなって、ユウは私だけを見てくれるようになると思ったけど、ユウはあれからますますソラナに焦がれてる。
世界は変わったらしいけど、ユウも変わった。
ユウのことを一番わかっているのは私、ユウと過ごしてきた時間が一番長いのも私。
もう、ユウはソラナをどうにかして世に取り戻してやろうとしか考えてないわ。でも、その方法がわからなくて、やみくもに前に進んでる。
どうするの? 天啓に抵抗するの? 教団と対立するの?)
物思いに耽るエリオの手を、アルトが優しく両手で包んだ。
柔らかな子供のすべすべした手触りをエリオは感じた。
「エリオさん。心配しても仕方がないでしょう。天啓が導いてくれるはずです。ユウさんはまだ天啓の剣を扱える。まだ、ソラナさんは精霊になっていないのかもしれません」
「ユウは突っ走っている。ハーシュラームの王とあんな約束をして、本当に部族と戦いになったらどうするの」
「ラベラーダ王とカラーラ姫を、ユウさんならほうっておけないでしょう。それに、キンスロットさんまでが賛同してくれるのです」
「あの人は私に優しくしてくれる。ドラゴンスレイヤーも取り戻してくれた。あの人とよく目が合うわ。私のことをいろいろ察しようとしてる」
「エリオさんのことが好きなんじゃないですか?」
「わかってる」
二人はしばらく沈黙した。
「明日の朝に出発だからね。早く寝ましょう」
「はい。お祈りを終えてから寝ます。エリオさん。エリオさんのベッドはお隣です」
「そうね」
エリオは、自分のベッドに倒れ込む。
アルトは祈り始めた。
(アルト、あなたが祈りを捧げる神は天啓なの?)
手編みのブランケットをかぶりながらエリオは思った。




