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第四章 アルト先輩、彼女ですか!

 

 天啓祭が続くソードスワード市国


 観光地として有名なスポットの教会群にソラナは足を運んでいた。

 万緑の並木と、石畳で整備された街路に面して、たくさんの教会がある。

 それぞれの教会には歴史があり、ほとんどがトライアード教に属するが、ほかの宗派もある。

(ゆっくり教会巡りをしたいなあ。でも今は)

 彼女には用があった。

 ソラナがシエナステラ修道院から持ち出したサークレットを、教団が探し回っている件について調べなければならない。

 彼女は教会の公務を扱っている建物に入った。事務室の窓口に寄り、彼女は【監察官】がいるかどうかたずねた。


 監察官は、トライアード教団の関係者を監督し、教団の神父、修道士、修道女を取り締まる上級幹部である。非常に強い権限を持ち、天啓の神器を集めようと画策しているのも、おそらく監察官クラスの人間だ。


 窓口の女性係員は、ソラナの藍色の修道服を一瞥して、何の警戒もなく、いま監察官は全員不在であると告げた。

「あのう、シエナ王国のシエナステラ修道院に向かっている監察官はいますか?」

 ソラナの質問に、女性係員はスケジュール表に目を通してうなずいた。

 ありがとうございます。と、ソラナは足早にその場をあとにした。

(監察官たちが動き出したわ。監察官がシエナステラ修道院に向かった。ああ。天啓のサークレットが持ち出されたことを教団は気づいている。密告されたんだ。でも、持ち出したのは『私』ってことは、知らないようね。そうなら私はとっくに捕まってる。密告したのは誰か、だいたい予想つくのがつらいところね。私より修道院長の身が危なくなる!)


 今、ソードスワードにいる自分にできることは何だろうか。

 天啓のサークレットを被り、大勢の人前に出て、『私は勇者です』と宣言することだろうか。

 いや、それでは教団の一存で、自分はどうされるか分からない。

 天啓のサークレットを持ち出したことは、絶対に処罰の対象になる。

 やはり、ユウ・ナギノに剣術大会で勝ってもらうしかない。ユウが天啓の剣を引き抜いて、堂々と勇者の出現を世にしらしめるべきだ。

 ソラナはそう考えた。


 石畳の坂道を下る途中に、白塗りの壁で囲まれた、小規模のコンサートホールのような講堂の開け放たれた扉から、少年たちの歌声が聴こえてくる。

 ソードスワード少年合唱団が賛美歌を歌っている。

(あっ、ここは。広場で出会ったアルト君が、ビラ配りで宣伝していたところだ)

 彼女は講堂に入った。


 席は、剣術大会に客を取られてまばらだ。

 とくに最前列は、客が遠慮しているのか誰も座っていない。

 ソラナは最前列の中央に座った。

 少年たちが、整列して歌っている。

 すると、彼の予告どおり、アルト・プレヴィンがステージの前に立ってソロを歌い始めた。

 白の半ズボンとシャツに、藍色のジャケットを着ている。

 快調に歌声を響かせていたアルトは、曲の二番に入る前にのどをつまらせた。

 眼前にソラナが座っているのに気づいたからだ。

 アルトの顔はみるみる赤くなって、身体が硬直していくのが見てとれる。

(がんばって)

 ソラナは目配せして励ましを送る。

 ソラナの応援もむなしく、彼の歌は止まってしまった。

 指揮者はたまらずに、アルト担当のソロパートを少年団に歌わせた。

 突っ立ったままのアルトは、少年たちの列にすごすごと戻って行った。


「聴きにきてくれたんですね。ソラナさん」

 合唱の催しあと、アルトはソラナを探して駆け寄った。

(たまたま。もののついでって言うのは失礼よね)

「ええ、あなたから貰った案内を頼りに来たわ」

 彼は、ソラナがせっかく来たのに、ソロパートの失敗をくやんだ。

「あれは古い言葉の歌だから、歌詞の内容が分る人はいないわ。大丈夫よ。指揮者がうまくフォローをいれていたしっ」

「……これから、ぼくは合唱団の打ち上げに参加する予定になっています。教父の説教がたっぷり待っているでしょう……」

 アルトの表情は、へこんでいた。

(助けてあげる)


「私はあなたを誘いにきたの」

 ソラナは片目をつむって剣術大会のチケットを差し出した。

「ええー」

 アルトのつやつやした頬が赤みを帯びる。

「今日は剣術大会の本戦が始まるわ。私の知り合いが出るの。一緒に応援につきあってくれない?」

「剣術大会ですか……」

 アルトは一瞬ためらった。武術方面にほとんど興味がなかったからだ。

「ソラナさんの知り合いが出ていらっしゃるのですか」

「うん。構わない?」

 自分の知り合いの男を応援して欲しいなんて頼んだら、嫌な顔をするかなとソラナは思ったが、アルトにそんな気配は全くなかった。

「ぜひ、ぜひ行かせてください」

 アルトのはしゃぎ声が館内に響いた。

「おい、アルト! 貴様、勝手に行動する気か」

 少年合唱団の教父が、遠くから彼を呼び戻そうとする。

「アルト先輩、彼女ですか!」

「めっちゃくちゃ、綺麗じゃん」

「ひゅうー、だな」

「クソ面白くない説教が俺たちを待っているのに、これからえらい美人とデートかよ」

 後輩たちがアルトをやっかみまじりにからかいはじめる。


「あいつは、もう時期声変わりするから、合唱団はお払い箱になる。ほらみろ、やめるつもりだから、女にうつつをぬかしているのだ。合唱でミスをしても何とも思っていない。大切な天啓祭で指揮者の私にまったく恥をかかせた。いいか。おまえらもあんな軟派な奴になるなよ。アルトは、女みたいな顔をしているから、なお女に受けがいいんだ。アルト・プレヴィン! お前はもう合唱団には来るなよ」

 教父はアルトにきびしく言い放った。


「大変なことになってしまったね……」

 ソラナはアルトに申し訳ないと思った。

「いいのです。そろそろやめるつもりだし、でもぼくは声変わりしないし」

 アルトは小声でぼそっとつぶやいた。

「えっ、いま何て?」

「いやあ、ふだんからぼくは女々しい、女々しいやつだと言われまくっているのです。じゃあ行きましょう。ソラナさん」

 アルトはにっこり笑った。その歳の少年にしては、ずいぶん色めいた面持ちだ。


 ソラナたちは剣術大会の競技場に向かう途中で、ひとつの教会に立ち寄った。彼女は無意識にその教会を選んだ。

 困った人に食事を提供したり、泊めたり世話する慈善教会だ。

 そんな教会でも、もちろん祈りの場は整えられている。


 アルトは、ソラナの真摯に祈る姿に見とれた。

 いや、その姿を誰もが目にすれば、心を動かされるだろう。


 教会の長椅子のひとつから、突然赤ん坊の泣き声が聞こえた。

 その声はソラナに自分の存在を知ってもらうために泣いているようだ。

「おー、よしよし」

 堅い長椅子に寝かされた赤ん坊はソラナに抱かれると、静かに泣きやんだ。

(この赤ん坊から何かを感じる……)


「ごめんなさいね」

 雑用をしていた中年の女がやってきた。

「この子は、ここで預かっているのよ。その子の母は、黒いマントに身をくるめた女でね、ここに泊めているけど部屋に物騒な武器を持ち込んでいるのよ。祭りが終わったら早く出て行って欲しいわあ」

「教会に武器を持ち込むなんて……、ふさわしくないですね。その女はトライアード教徒なのでしょうか」

 アルトは怪訝な顔をする。

「そうじゃなさそうだけど、泊る場所がほしかったみたいね」

「うーん。不審人物なら取り締まるべきです」

 アルトは言った。

「お嬢さん、ここは助けが必要な人に、信教に関わりなく開かれているのよ」

 中年の女は、藍色のジャケットと半ズボン姿のアルトをたしなめた。

 アルトは男っぽく見せるために髪をかきあげた。


 ソラナは胸に抱く赤ん坊にあることを試してみたくなった。

 天啓のサークレットを被せてみたくなったのだ。

 しかし、まさか、この子が天啓の神器を身につけられるはずがないと思い、世話人の女に赤ん坊を手渡した。

「それではごめんください。私たちは行く所がありますので」

 ソラナたちが外にでると、教会から再び赤ん坊の泣き声が聞こえた。

 それはソラナを必死に呼び戻そうとするかのような、大きな声だった。

 

次回、剣術大会が始まります。

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