第三十九章 これっすよ。あっしが、みんなに与えたいのは
ハーシュラーム
デロス神殿から西へ出発した勇者ユウ・ナギノの一行は、ソードスワード市国へ向かう道の中継地である、砂漠の国ハーシュラームについた。
ユウたちは、ホテルが併設してあるカジノ・ハーシュラームに滞在して、身体を休ませることにした。
まだ、勇者ソラナ・シエナステラの消失は世間に明かされていない。
ユウと教皇騎士団長キンスロットは話し合い、表向きに彼女はデロスにとどまっていることにした。
しかし、キンスロットは早馬を走らせ、トライアード教団に、ありのままの事実を伝えた。
デロスを出てからずっとアルト・ブレヴィンは、ソラナの消失を悲しんでいた。
ホテルに入ってからも、アルトは風呂に入ってすぐにベッドに潜った。体を震わせて、しとやかな泣き声を漏らしている。
ユウはようやく、アルトは女だと気づいた。
ユウはアルトをそっとして、世間の様子を探るために、カジノに向かった。
遊ぶつもりはなかった。
ユウのあとをエリオ・ソフィーがついて来た。
・・・・・
ユウとエリオ・ソフィーが立ち入ったカジノは様変わりしていた。
油で灯る明るいジャンデリアのもとで、子供たちが駆け回っている。
長い耳がついた、うさぎの着ぐるみが子供にキャンデーや花を配っている。
子供たちが飴を舐めながら、スロットを回し、ボードの上でカードゲームを楽しんでいる。
「着ぐるみか……、露出の多い格好のお姉さんはどこにいった? 悪党の巣窟だったカジノが、こんな健全な雰囲気に変わるものなのか……」
前の妖気に満ちたカジノを、ユウはすこし気に入っていた。
ユウは、大きな身体に密着したタキシードを着て、客にドリンクのグラスを手渡す無精ひげの男を見つけた。
カジノ・ハーシュラームのオーナー、セルジュ・ジリカだった。彼の青みがかった髪はかなり白くなっている。
「セルジュ・ジリカ!」
ユウが呼びかけると、セルジュ・ジリカは、目を見開き、次に微笑みを返した。目のシワが目立ち、老けた印象を与えた。
「おう、勇者。天啓の門を開いたようだな。乾杯だ」
セルジュはドリンクのグラスをユウとエリオに差し出した。
「セルジュ、調子はどうなの?」
エリオが聞くと、セルジュは肩をすくめて首を傾げた。
「こんな、ザマさ。儲けなんて無いようなものだよ。【夢幻眩惑の剣】がなければ、俺はこんなもんなのさ」
「一国の王を僭称し、美女をはべらせ、オーナー室でふんぞり返っていたであろうお前が、一従業員の格好で働いているんだからな」
「ああ、俺の財産はなくなった。不正に溜め込んだ金を返せと、あちこちから詰め寄られてだな、いよいよ面倒臭くなって国王に金を寄付したよ」
見栄と欲の塊だったセルジュらしくない行いだ。
「どうして、あんたはそんなに変われたの?」
エリオ・ソフィーが彼にたずねる。
「それは、勇者に剣を壊されたからさ。あの剣に俺自身がとりつかれていたんだ。でも、俺がやったこと、すべてを剣のせいにはできないからな。でも、霊剣の力ってものはすごいのだ」
タキシード姿のセルジュは、エリオ・ソフィーの腰元に視線を移した。
「お、ドラゴンスレイヤーをお持ちで。すると、お嬢さんがナンバー9を……」
「いいえ、あの覆面男は……。キンスロットが討ったわ」
「キンスロット、騎士団長か」
セルジュと同じナンバーズだった覆面鉄球男は死んだ。そして、あいにくキンスロットの顔も知っている。
セルジュはかるく目をつむった。
「済んだことだな。お嬢さんの手にドラゴンスレイヤーが渡ったか」
「もともと私のものだから」
「あの美人のシスターはどうした?」
セルジュはソラナのことをたずねている。
「ソラナはデロス神殿にいるんだ」
「勇者二人が離れ離れは、さみしいな」
「ユウには、私がいるから」
両腰にエストック・アザレアとドラゴンスレイヤーを差すエリオ・ソフィーがウインクする。
「霊剣マニアだなあんた。天啓の剣の勇者も手放さないってかい?」
「あんたバカでしょ」
・・・・・
「あの、こんにちわっす」
ユウたちが会話している間に、ダークブラウンの髪をポニーテールにした少女が入ってきた。
「おお、パティ。お前、デロスに住むんじゃなかったのか」
セルジュは驚きでよろめき、グラスを乗せたトレイを落としそうになった。
「お久しぶりっす。あの、あっしは、このカジノで働きたいと思って勇者についてきたんす」
「お前にとって、このカジノにいい思い出があるのか」
「ゲームには負けまくりっすが、セルジュの旦那と対戦したダーツは楽しかったすね。いま、カジノを見て、その思いが強くなったっす。見てください。聴いてください。お客さんの笑顔、いままでいなかった子供たちの歓声、これっすよ。あっしが、みんなに与えたいのは、これっす。あっしにもお手伝いをさせてください」
「パティ……、それはもう喜んで。純粋にゲームを楽しむ場所になったんだ。パティのような腕利きのディーラーがいれば助かる。金庫にある金はなくなったし、これからの経営がうまくいくとは限らない。幸いにホテルのほうは流行っている。一緒に働いてくれるか」
セルジュ・ジリカは、トレイを持ったまま、右手でパティの手を固く握った。
「ディーラー服を支給してください」
「いまはない。バニー服で」
「いやっす」
「冗談だ。でもたまには着てくれ」
「気が向いたらっすかね」
「ブリジット・パティ。活躍する場所が見つかって良かったな」
「勇者様。忙しい中、こんな私のために、気をかけてもらって、すみませんした。ありがとう、ございます」
パティは後頭部に翻ったポニーテールを垂らして、ユウとエリオに深くお辞儀した。
セルジュは真面目な顔つきになった。
「俺のカジノよりも、ハーシュラーム国が大変なんだ。ラベラーダ王は、いくつかの有力な部族に挨拶回りに出かけていた。そんななか、カラーラ姫が街でさらわれたそうだ」
「いつだ」
「二日、三日前だ。俺がその話を聞いたのは今日だ。ラベラーダ王も外遊先から急いで戻っているだろう」
ユウは思った。
他国の情勢に首をつっこむ義理はあるのだろうか。
いちはやく、ソラナを取り戻す行動に移りたい。
しかし、腰に差す天啓の剣の重みをユウは感じた。
「俺は勇者だからな。ラベラーダ王と会いに行ってくるよ」
「カジノはいつでも遊べるからな。勇者しか頼れない。天啓の加護があらんことを」
柄もなくセルジュが祈りの言葉を捧げた。
「セルジュ。いま天啓と言ったな? 精霊じゃなくて」
「ああ、精霊は勇者のお前が倒したって。で、天啓の時代になったとかなんとか」
「世間はまだ錯綜しているな」
「精霊と戦った話を聞かせてくれな」
「いつかするよ」
ユウとエリオ・ソフィーは、セルジュとパティに見送られてカジノを出た。
目指すは王宮だ。




