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第三十五章 勇者よ。一刻も早く階段を登れ!

 デロスの国


 勇者ユウ・ナギノの一行は、深い森に包まれた国に到着した。

 夏の盛りが過ぎ、薄ぼけはじめた樹々の緑のあいだに家が点在している。

 山裾やますそへと続く長い階段を這わせる施設が遠くから見える。

  

「あれがデロス神殿に違いないな」

 そのままユウは馬車を進めた。

 通りに面する石造りの家のいくつかは、朽ち果てて廃墟になっていた。

 

 斜陽の場所。

 

 そうユウは感じた。


 デロスは、はるか昔に、天啓の門が出現し、勇者の手によって門の扉が開かれたという伝説がある場所だ。

 

 やがてこの国にトライアードの信徒たちが押しかけ、デロス固有の神殿の文化は失われた。

 

 しかし、デロスとトライアード教圏を結ぶ東西の経路が、ハーシュラームの異教徒によって分断された。

 

 三年前に精霊の巫女が現れるまで、ここは宗教的に重要な土地とみなされていなかった。

 

「ああ、神殿がある。デロスの住民が守ってきたのね」

 ソラナは馬車のホロから顔を出した。

 感極まって、彼女の声はうわずっていた。


 車を停め、昼食のために店に寄った。

「すぐ神殿に向かうの?」

 ユウの向かいに座り、ハムサンドを口にするエリオ・ソフィーが聞いてくる。

「まだ真っ昼間だから行けるぞ」

「巫女のところに突然行っても大丈夫かなあ」

 斜め向かいのアルト・プレヴィンが心配する。

 アルトは藍色のサテン織りのドレスを身にまとっている。

 ユウは最近、アルトと顔を合わせるのが恥ずかしい。

 

(もしかして、こいつは女かな。そんなはずはない。教皇がハーレムで俺に旅をさせるはずがない! 男か女か聞けるもんじゃない。気になるなあ)

 

「精霊の巫女ってさ、イグニスの娘だったりしない?」

 エリオ・ソフィーがにやついている。

「巫女まで俺の妹にする気か? 確かに、巫女は十歳くらいで幼い。巫女の誕生後にイグニスは死んでいる。ありえなくもないが、もしそうだったらさー、勇者イグニスはモテすぎだろ。この俺が許さねえよ!」

 ユウは机をごんと叩いた。

「みんな奥さんが違うことになるものね。父親の素質がユウさんに受け継がれているかもっ?」

 女らしく、はしゃいだ声をアルトが出す。

「いろんな女の人との間に子供がいるイグニスって、いやらしくない?」

 エリオがつづいた。

「俺とソラナの父を侮辱するな! 俺にそんなモテる素質はない! あったらお前が困るだろ」

「えっ」

 エリオ・ソフィーはぽかんとした顔になった。


 ユウのとなりでやりとりを眺めるソラナが笑った。

 ソラナはハチミツがたっぷりかかったホットケーキにナイフを入れた。

「私は、【きょうだい】に会うために、シエナの修道院を出たの。それがここまで来ることになるとは思わなかった。本当に、感謝します。ユウ、エリオ、アルト」


「ゴールはまだまだだ。神殿につづく長い階段を登った先に、巫女と会って、天啓の門を出現させられるかどうかだ」


 同じ店内に、陶製のジョッキにがれたビールを何杯もおかわりする男たちがいた。

 みんな頭や腕に包帯をまいている。

「ああ、オレたちは情けねえなあ、まったく」

 細い目をした坊主が、見かけによらないさわやかな声を出した。

 壁に松葉杖を立てかけている。


「あなた剣術大会にでていたわね?」

 エリオ・ソフィーが立ち上がり、男の席に向かった。

「あっちゃ、最悪に格好悪いなオレ」

 ディーノ・ガッティは顔を両手で覆った。あいにく、剣術大会でディーノはエリオ・ソフィーに敗れていた。

「あなた騎士団にいるの?」

「いいや、オレはデロスの近くに住んでいるから神殿の警備をやっているのさ。エリートの教皇騎士団もふくめ、巡回中に何者かに襲われたんだ。オレは足をムチでひっぱたかれてまだ痛む。しばらく足技が使えない。つえーよあいつは」

 怪我をしたディーノと騎士団員はもう酒に浸るしかない。


「どいつがやったんだ!」

 ユウが立ち上がった。

「おお。勇者さま。無事に到着されましたか。あんたならオレたちを襲ったやつを知っていると思う。オレたちの検問を軽々と突破した」

「ナンバー9か? あいつなら大会で倒した」

「違うね」

「誰だ」

「オレの名誉のために言わないでおく」

「ふざけたやつだ」

「【勇者の剣】があれば誰にも負けないさ。救世主さま。あんたしかいない。どうか、世界をお救いください」

 ディーノは酔っている。

「つきあいきれない。ひとつだけお前に聞くが、神殿にいる巫女は無事か」

「いまはキンスロット騎士団長が守っているから心配いらねーでしょ」

「あの野郎か。ますます信用できないんだよ! 俺たちに何の協力もしなかったし」

 ユウは手元の炭酸水のグラスを衝動的に飲み干した。

「バカユウ、声が大きいって」

 エリオがいさめる。


 ソラナは落ち着いて紅茶のカップを口に運んでいた。

「天啓の指輪を持つ人がこの地に来たってことね」

 席についたまま彼女はつぶやいた。

「指輪を持つ者? こいつらを襲った犯人か? 次は神器を持つ俺たちを狙ってくるんじゃないのか?」

「すべて推測よ。ああ、私にうわさの精霊さまが声をかけてくれればいいのに」

「もどかしいな。精霊の存在を確かめるために、まず巫女に会いにいこう」

「賛成」

 エリオも同意した。


 神殿のふもとまで馬車を走らせると、階段の入口に銀髪の男が立っていた。

「勇者の一行がやっとお出ましか。遅かったな」

 腰にカリバーンを差すレーゲン・キンスロットだ。


「遅いだって? 教団の走狗そうくに成り下がったお前は、いち早くデロス神殿を占拠したかっただけだろ」

「ははははは」

 キンスロットは笑い、ユウの侮蔑ぶべつを否定しなかった。

「騎士団の支援がほしかったんだぞ。いや、余計なお世話が無くて良かった」

 青い瞳でユウは騎士団長を睨む。

「無事に到着いたしました」

 天啓のサークレットを被るソラナがお辞儀する。

 シスター・ソラナは、シエナの修道院を出発したときと同じ服に着替えていた。


「教義によれば、天啓の門を出現させて扉を開くには、天啓の剣とサークレットのほかに指輪も必要なのだ」

「ああ、指輪の所有者が、お前の部下を襲ったようだ」

「ああ。一体何者だろうな」

 キンスロットは眉をひそめるが、ユウは演技をしているとすぐにわかった。余裕のある態度からキンスロットはすべてを知っているようすだ。


「街にディーノがいた。襲ったやつを教えてくれなかった。当然お前にも報告がいったはず」

「やれやれ、知りたいか? 大会に出ていたあの剣士だ。俺はまだここで姿を確認していないけどな」

「チズル・グラシエンラ。剣術大会で私と戦うはずだった、あの黒髪の女」

 エリオ・ソフィーがいち早く名前を当てた。

「エリオ嬢は感がいい。女剣士と対戦しなくて運が良かったですね」

 キンスロットはエリオに微笑みを向けた。

「でも、今なら倒せるかも」

 エリオ・ソフィーは刺突剣エストック・アザレアを抜いてみせた。

 全くの脈なしだ。


「神殿への侵入は許していませんね?」

 ソラナがキンスロットに念を押す。

「もちろんです。勇者ソラナ・シエナステラ。俺がここでずっと見張っています。ちょっとばかり用をたしに場を離れたがね」

「まあ」

「自慢の騎士団も街で酒浸りだし、警備はザルね。女剣士を神殿に誘導したようなものね。そのほうがあなたにとって都合が良さそうだものね」

 エリオ・ソフィーはキンスロットに何か企みがあるのを察した。


「キンスロット騎士団長。俺たちは巫女に会いに来た。案内してもらおう」

「よし、では参ろう。諸君、心の準備は出来ているか!」

 キンスロットは叫んだ。

 キンスロットは、カリバーンのほかに、鎖付きの鉄球と、ハヤテの剣を手にとった。

「……お前、相当チズル・グラシエンラを警戒しているな」

 

 ・・・・・

 

「どこまであるの? この階段」

 エリオ・ソフィーは太陽に照らされてにじみ出る額の汗を拭う。

「下で昼飯を食ったばかりだから腹が痛いぜ」

 ユウは右の腹部をさする。

「この階段は、初めてなら長く感じる。俺は何回か往復したから慣れている。ちょうど中間だ」

 キンスロットの足取りは軽かった。

「まだ、中間ですか?」

 アルト・プレヴィンもため息をついた。


「上から大きな男が来る!」

 エリオ・ソフィーの指の先に、トゲ付きの鉄球をぶるんぶるんと回しながら、階段をゆっくり降りてくる覆面男の姿があった。

「あいつはー、まさかっ」

 キンスロットが最も驚いた声を出した。

「ナンバー9だ」


「勇者諸君。久しぶりだ。キンスロットの隙をついて俺は神殿の階段を上っていた。神殿を制圧すれば俺に有利だからな。俺は天啓の剣にしか興味はない。巫女を人質にして天啓の剣をいただくつもりだった。しかし、ちょうどお前が現れたからターゲットを変更する」

 ナンバー9は突如、鉄球を放ち、先頭のユウは正面を見据えながら階を下った。

「貴様とハーシュラームで決着をつけるべきだった」

 ユウは天啓の剣に手をかける。

「上に通さないぞ。残念だったな。勇者の旅も、天啓の門も、巫女もすべておしまいだ」

 覆面の下から大男は笑い声を漏らした。


「あいつの自信の根拠はドラゴンスレイヤーだから」

 エリオ・ソフィーはエストック・アザレアを突き出した。

「よし、エリオいくぞ」


 ユウとエリオがナンバー9の間合いに入ろうとするが、鉄球の回転が非常に早く、隙をつけない。

「あいたっ」

 鉄球のトゲがユウの手の甲をかすった。

 鉄球の回転を避けて、ユウたちは階段をじりじり後退するしかない。


「頭を使え!」

 キンスロットが叫び、チェーン付きの鉄球を投げた。

 ナンバー9のトゲ付きの鉄球と絡み合い、二つの球は重みで落下し、そのまま傾斜にそって勢い良く転がっていった。

「冴えているな、騎士団長!」


「ぐははは。鉄球など前座にすぎん」

 ナンバー9はドラゴンスレイヤーを腰の鞘から取り出した。

「血塗られた火竜の爪牙そうがの餌食になれ!」


「ここは俺が引き受ける。お前たちは先にいけ」

 キンスロットがユウの前に出た。

「騎士団長……」

 キンスロットは鞘から伝説の剣カリバーンを取り出した。


「勇者よ神殿へ向え。この男を野放しにした責任は、教皇騎士団長の俺にある。俺がこいつを仕留める」

「ドラゴンスレイヤーの威力に屈しろ、騎士団長! 教団に復讐だ。俺が覆面をかぶっているのは、教団に焼きごてを当てられ、無残な顔にさせられたからだ。俺は教団を憎んでいるのだ」

「お前は、教会施設を荒らし、霊験のある遺物アーティファクトの盗みを繰り返していた。教父と警備兵を多数殺めた。捕まって死刑だったが、ナンバーズとして生きながらえた。もうお前はナンバーズではない。処断する」

「火竜の剣で八つ裂きにする」

「歴戦の王の栄えある霊剣カリバーンの威力を知れ!」

 ナンバー9とキンスロットが剣を交わした。


 一千年の時を過ぎてもなお火竜の熱い瘴気がみなぎるドラゴンスレイヤーと、北方の王に征服された民族の怨念がこもるカリバーンのつばぜり合いが始まった。


「勇者よ。一刻も早く階段を登れ! 神殿へいけ! あとで会おう!」

「任せたぞ」

 ユウたちは、キンスロットを残して駆け上がった。

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