第三十三章 星降るソラのもとに
デロスへ向かう山道
勇者ユウの一行は、ハーシュラームでしばらく息抜きをしたあと、カジノで得た儲けで商人のシマデ・ミカから馬車を購入した。
ユウたちとシマデ・ミカはハーシュラームで別れた。
「シマデさんはあの街で商売を続けるんだな」
御者台には、ユウ・ナギノとエリオ・ソフィーが並ぶ。
「ミカならまだカジノにいるでしょ? みんなゲームに面白いくらい勝てるようになったみたいだし」
「シマデさんは、俺たちの面倒を見なくても、もうやっていけると思ったんじゃないかな。それにしても、カジノのオーナー、セルジュ・ジリカは、商売あがったりだな」
セルジュが所有する、人々を賭け事に駆り立て、さらに運気を奪う『夢幻眩惑の剣』は、ユウが繰り回す『天啓の剣』によって、この世から消し去られた。オーナーのセルジュだけが儲かる仕組みがなくなったのだ。
「因果応報でしょ」
二頭の馬は山道を軽快に駆けていく。
砂漠の乾燥地帯から、うって変わって温暖湿潤な森の峠道を東に進んでいる。
樹木の濃い香りを含んだ風が吹いてくる。
もう、旅は終わってしまうの?
エリオ・ソフィーは思った。
ソードスワード家としての名誉と責任を負って、勇者の一行に加わったわけじゃない。
それはただの名目。
ただ、旅に出るユウとソラナのことが気になって、ついて来ただけ。
だって、私のユウだよ。いままでそうだったから。
でも、ソラナは好き。
ソラナと一緒にいると安心できる。
ソラナは愛にあふれている。その愛をユウだけじゃなく、私だけでもなく、もっと多くのものに与えていく。そんな気がする。
考え事をするエリオに、手綱を握るユウが話しかけた。
「油断はできないんだ。俺たちを狙っているやつがいる。ナンバー9だけじゃない。ソラナが店番をしたとき、マントに身を包んだ女が馬車に入り込んで探し物をしたからな」
「夜の警戒もしっかりやらないとね……」
そう言いながら、エリオの口からあくびが漏れた。
「昨夜はお前とアルトが夜警をしたから休め。今晩は俺とソラナで見張る」
「わかった……」
エリオ・ソフィーは、ユウの肩にダークブラウンのくせ毛の頭を乗せて目を閉じた。
・・・・
夜、ユウとソラナが馬車の外に出て、焚き火を囲んだ。
「今夜は、私とユウが当番ね」
道中で宿屋が見つからない日は、火を炊いて一夜をすごす。
「適当に寝ていいよ」
「ええ」
赤い薪がパチパチと火花を散らす。
ソラナは仰向けになり、夜空を眺めた。
きらめく星星は高く遠く、漆黒に吸い込まれそうな気持ちになる。
季節がめぐり、夜は冷えて風が冷たくなった。まだ、彼女はハーシュラームで着ていた薄い衣装のままだ。
デロス神殿に到着する前には、修道院を出たときのシスター服に着替えようと思った。
ソラナは顔を両手で覆った。
「どうしたの?」
不思議そうにユウが彼女の顔をのぞく。
「野外って慣れないわ。私、いつも修道院の中にいたし、馬車の移動でもホロの中にいたし、まったくの野天で一晩を過ごすなんて」
「怖い?」
「そういうものじゃなくて、なんか、天がとても大きくて、広くて……、その中に自分が溶けてしまいそうな感じになって……」
そばにいるユウは、ソラナが見つめる夜空に向かって天啓の剣を掲げた。
「人は自然から命を受けて、自然に命を奪われる。なるようにしかならないけど、こうして俺は勇者になって、天啓の門に向かおうとしている。俺たちは普通の人間じゃない」
「どうかな。私だって神様から特別な存在として見られたいけど……、やっぱり普通の人と変わらないのよ」
「俺は特別でありたい。この気持ちは隠せない。おかしいかな?」
ソラナは目をつむった。ユウの発言を肯定も否定もしなかった。
「この剣の感触、圧倒的な存在感は、かなりのものだ」
ユウは天啓の剣を大事に抱えながら、新しい薪を火に焼べた。
「俺は、こうしてソラナと旅ができて、家を出られて良かったと思うよ。俺はもう……、家に戻らないと思う」
そして、今度はユウが顔を手で覆った。
「ユウ……」
ソラナは、うずくまるユウの背中に手を置いた。
「俺が生活していたホテル・ナギノは……、俺が生まれた家だけど、俺の母さんが亡くなった家でもあるんだ。母さんはホテル・ナギノに住み込みで働いていた。俺を産んで間もなく死んだ」
「ええ」
ソラナは優しくユウの背中をさする。
「宿のおかみさんは俺の母親じゃない。だから、幼い俺を叱るとき、お前の母はお前を産んで迷惑なことをしてくれたとか、マスターは俺を娼婦の子だと呼んだりした。その言葉が俺の心をいつも引掻くんだ」
「でも……、ユウのお母さんは、ユウのお父さんと愛し合ったのでしょう」
「……」
まだユウは手で顔を覆っている。
「父親は知らない。母が死んだらすぐにいなくなったんだ。行きずりの客かもしれないんだ」
「イグニス」
ソラナはそっとつぶやいた。
「えっ」
ユウは顔から手を離した。
見上げた空には、幾筋もの星が流れていた。
大地に降りていた夜の帳が、にわかに明るく耀きはじめた。
「あなたのお父さんの名前。そして、私のお父さんの名前よ」
「えっ、えっ」
「私はあなたの妹」
ユウは絶句した。
「初めて会ったときに、伝えればよかった?」
焚き火に照らされて、ソラナ・シエナステラの藤色の瞳は、赤く不思議な色に染まっている。
「ソラナは俺の妹なのか……」
ユウはソラナとの出会いを思い巡らせた。
「いきなり宿屋に入ってきて俺の顔を覗き込んでいたよな。随分と変わった子だなって感じたよ」
「そう? 私はユウを見つけられて、とてもうれしかった。自分でも信じられなかった。ユウは、だいぶ照れていたでしょ、あと、私の胸とかお尻とかに視線を……」
「あー、あー、それ以上言わないで!」
ユウは顔を赤くして、ソラナの口を塞ぐ。
「大きな声を出して……、エリオさんが起きちゃうよ?」
「アイツに説明するのも、面倒だな」
勇者イグニス。
世界のあちこちに活躍譚を残し、近年にいつの間にか人々の話題から消えていった、謎の人物だ。
最期は、トライアード教団によって処刑された。
「勇者イグニスは、ソードスワードからシエナ王国に渡ったんだな……。生きていれば、天啓の剣はイグニスの手にあるはずなんだ。ソラナ、教団が憎くないのか?」
「ないわ」
ソラナはきっぱりと答えた。
「私は、幼い時からイグニスの子だって、修道院長から教えられたから。そして、イグニスの最期はああだったけど」
「教団を快く思えない。でも、若い教皇ヴァルダスティを憎むわけにもいかない。あいつの前の教皇がイグニスを処刑したんだから」
「ユウ、憎しみを行動の糧にしないで」
「ごめん。いろいろと考えてしまうな。教団のやつらが口にする精霊ってなんなんだ? 教団は本当に精霊の声を聴いている。あれはでっちあげでも、集団催眠でもない。精霊は天啓なのか?」
「デロスには精霊の巫女がいるわ。デロスに行けば、なにもかもわかると思う。私は、天啓と精霊は別のものだと思う」
「ああ、天啓はすべてに先立つものだからな。勇者イグニスは、天啓に導かれた存在だったのか、それとも……、見捨てられた存在だったのか」
「わからない」
「天啓の仕打ちはひどいぜ。俺とソラナの母親の命を奪った」
「ユウ……、ひとりひとり、神さまに対しての思いは違うと思う。でも、天啓の存在は唯一のものだと私は思う。私はユウに出会えたことで、また天啓を信じられるようになれた」
ユウは草むらに寝そべった。
自分の父親が勇者イグニスだった。
ソラナ・シエナステラが妹だった。
ユウの驚きによる興奮は、一晩中おさまらなかった。
・・・・・
「いやー、妹ちゃんだったの? 妹ちゃん」
朝、エリオ・ソフィーが狂喜してソラナ・シエナステラを抱きしめる。
「はい。私とユウは父親が同じです」
エリオ・ソフィーの喜びように、ユウはあきれた。
「おいおい、エリオ。ソラナは俺の妹であり、お前の妹ではない。俺は勇者イグニスの息子らしい。宿屋のおかみさんたちは俺の父をひどいやつだったとしか話していない」
「私の母もシエナの街で私を生んだあとに……。ユウも同じです……」
「俺が天啓のシリーズを扱えるのは勇者イグニスの血を引いているからだ」
「ふうん」
エリオ・ソフィーは、ソラナの頭を撫で回す。
「綺麗な髪よね……、髪の色も目の色も似てないね」
「ソラナの母親はよっぽど綺麗だったんだろうな」
「ユウのお母さんも金髪と青い眼をしていたのでしょうか」
「ああ、そう聞いたよ」
「いやー、二人とも似ていないですね」
アルト・プレヴィンが二人を見比べる。
「でも、不思議と相性がいいですよね」
アルトはつけ加えた。
「だって、兄妹だもんな」
ユウとソラナは照れながら視線を合わせた。
「あっ、あのさ。天啓の指輪を身につけられる人もいてデロス神殿に来るんでしょ?」
エリオ・ソフィーがやきもきして話題を変える。
「あの教皇が予言した。精霊の声とやらだ。どこまで信用できるかわからん」
「でもさ、男かな女かな? また妹だったらどうする?」
エリオはうきうきしてユウに軽く肘打ちを入れる。
「お前、ソラナが妹だからって、なんで嬉しがっているんだ?」
「うふ、うふふ」
エリオは笑っている。
「天啓の指輪を装備できる奴は、イグニスの子供って可能性が高い。おそらく年上だろうな。まったくイグニスはモテるやつだな」
「私は弟がいいですね」
ソラナはデロス神殿で、きっといいことがあると期待に胸をふくらませていた。




