第三十二章 東方の巫女再び
ダル・メイサとミリィは第十五、十六章、ディーノ・ガッティは第七章に登場。
東のデロスの国
ボルトキエル姉妹の家
ダル・メイサ・ボルトキエルがデロス神殿に戻る日が来た。
精霊が憑依する巫女として、体が消耗していたダル・メイサは、デロスの麓の豊かな自然の空気を吸い、遊んで元気になった。
姉のミリィは、ダル・メイサのえんじ色のツインテールに櫛を入れた。結び目に白い牡丹の花かざりをつけてやった。
「準備完了―」
久しぶりに巫女の衣装に袖を通して、ダル・メイサは鏡の前で回転する。
ミリィは、妹に不憫そうなまなざしを注いだ。
(またメイサは、神殿で怪しい香炉の煙にまかれるんだ。いつまで巫女を続ければいいのだろう。メイサに精霊が憑依するなんて、体にぜったい良くないよ)
ミリィは鏡の前に立ち、はしゃいでいるダル・メイサの頭の上で、自分の右耳のうしろ髪を×印に留めた。
次に、襟つきの白いシャツの上から、オレンジ色のジャケットをはおり、薄い灰色のタイトなズボンのベルトに付いたホルダーに短剣を差した。
家の扉を叩く音がする。
「誰か来たよー」
ダル・メイサが教える。
ミリィは、ポニーテールの少女、ブリジット・アンリ・パティの顔を思い出した。
「パティ……、じゃないよな」
パティは、教皇騎士団をデロスへ案内する役目を受けて、合流先のハーシュラームに出かけている。
「精霊の巫女さま。お迎えにあがりやしたー」
口調を崩しているが、さわやかな男の声だ。
ミリィが警戒して扉を開けると、藍色の薄い稽古着姿の、蛇のような目つきの坊主が立っていた。
肩や腕にはがっしりと筋肉がついている。
何度か面識があるが、ミリィは眼鏡の奥の瞳を、相手に合わせられない。
「ごくろうさま。巫女の護衛を頼む。朝飯は食べてきたか?」
「食べてきたから心配いらんぜ」
この男、武闘家ディーノ・ガッティは、アンリ・パティが留守の間、巫女のダル・メイサを守るようにと教団が送ってきた。
ディーノ・ガッティは、デロス近辺の村の出身で、ソードスワードの剣術大会に出場し、決勝トーナメントまで進んだ腕の持ち主だ。
「スウプカレーがすこし残っているよー。ミリィが作ったおいしいカレーだよ」
ダル・メイサが笑顔で男を家のなかに誘う。
ミリィは、妹の警戒のなさにあきれた。
初めてこの男が姿を現したとき、自分たちを襲いに来たと驚いたほど、ディーノ・ガッティの人相はミリィにとって良くはない。
「どれどれ? 味見してやろう」
「ないない。ほんのわずかしか残ってない!」
ミリィは、急いでカレーの鍋の蓋を閉めた。
教団のシンボルカラー、藍色の稽古着を身にまとう男。
気に食わない。
さらに勇者がデロスにやってくる。
精霊の巫女、ダル・メイサはどうなってしまうのか。
「これからしばらく家を空けて神殿で過ごすんだ。捨てるよりマシじゃねえか」
「特別だからな。まっていろ」
ミリィは調理場の残り火で鍋をあたためた。
「このスウプうめー」
ディーノ・ガッティは、たまねぎと肉のかけらしかない残り汁を、パンに浸して食べた。
「鳥足があれば良かったねえ」
ダル・メイサはディーノの食べっぷりを眺めていた。
三人は家を出た。
歩きながらディーノ・ガッティが勝手に話しはじめた。
「いやあ、昨晩のパーティは散々だった。飲みすぎて、女の誰とも話せなかったよ」
ミリィは無言で聞き流した。
「ミリィ、男と女が集まるパーティにさ、あんたも出てみないかい。ミリィなら、なかなかいいと思うのだ」
「な、何を言っている!」
ミリィは、ずり落ちた眼鏡を、あわててかけ直した。
「さっきのスウプカレーを作ってさ、パーティでふるまえばみんな喜ぶよ。オレはうまいと思った」
「そんなことするものか!」
「ミリィ。あんた、ずうっと巫女の世話をしていればいいってもんじゃないだろ?」
「巫女の前でお前、ふざけたことを抜かすな! 控えろ!」
ミリィの顔は真っ赤になっている。
「いいねー、パーティ。ミリィ、出てみなよ。楽しそー。メイサも行きたいなー」
歩きながらダル・メイサは笑っている。
「じゃあ、オレと行こうか? メイサちゃん」
ディーノは蛇のような目を細める。にっこりしているのだ。
(デロスの田舎街で、出会いパーティなんてくだらない。……そういうのに出られるのは、パティみたいな顔の整った女の子だ)
ミリィは下を向いて、×印の髪留めに触れた。
「ディーノ・ガッティ。お前は精霊の巫女の役目の重要さをわかってない。トライアードは聖人と認定しているのだ」
「巫女はメイサちゃんであって、ミリィはただの補佐役だろ」
今の言葉は、彼女にとって耳が痛かった。
「勇者がやって来る。勇者との対応は、幼いメイサだけじゃできない。姉がいなくちゃ」
「俺は、勇者がデロスに来る前に姿を消すからな。剣術大会のトーナメントで勇者と一緒に旅をしている女剣士にやられたんだ。あいつらオレの顔を知っているからな。出くわしたらバツが悪いんで」
蛇目の男なんか、いついなくなっても構わない。
「ディーノ。お前、勇者を知っているのか?」
「剣術大会で優勝したぞ。悪いやつではないよ」
「ふーん。そうか」
「女勇者もいるからな。美女だけどオレはなんか苦手だな」
「男の勇者は、歩みを遅くして女連れの旅を楽しんでいないだろうな?」
ミリィは勇者をいまいましく感じた。
パティが早く帰ってきてくれればいいと思った。




