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第三章 女剣士チズル

 

 散切り気味の長い黒髪、全身を黒いマントで包む女性がソードスワードのとある教会に入った。

「今帰った。預けていた子供を返してほしい」

 教会の神父は女性を個室に案内した。

 部屋のなかで、世話をしていた中年の女が懐に抱く赤ん坊を黒いマントの女に手渡した。

「旅の人。おつかれさまです」

「ありがたい。ここは助かる」

 黒マントの女性はかなり消耗している。

「どうぞごゆっくり。トライアード教は、『弱き者』の味方ですから」

 神父と中年の女は、微笑みとともに祈るポーズをとり、その場を去った。

「弱き者か……」

 ベッドに腰を掛け、女はふうっと深いため息をついた。


 マントですっぽり隠していた剣を彼女は取り出した。

 グリップが長く、両側に鋼の刃があるバスタードソードだ。

 これで本日、三名の剣士を叩き潰してきた。

 彼女の名は、チズル・グラシエンラ。

 歳は二十六で筋肉質の身体をもつ。

 出身は、ソードスワードから北部の森に囲まれた田舎カサデア国。


 市内の武道館で、天啓祭・剣術大会の予選が始まった。

 野外で行われる剣術大会の本戦は、準々決勝からの八名が出場する。


 シード枠は四つあり、あらかじめ、教皇騎士団長と、シエナ王国の騎士団長、ソードスワード市国長の娘と、その知り合いが出ると告示された。

 市国長の娘とは、エリオ・ソフィー・フォン・ソードスワードであり、その知り合いとは、ユウ・ナギノのことだ。

「シードだと? ふざけた連中だ。昨年は、小娘が優勝者だと? この大会はお遊戯だな」

 彼女は残りの枠を目指して戦い、予選出場者三十二名のうちの四名に残った。

 

 試合を振り返ると、予選の一試合目は、トライアードの騎士団員で、相手はスピアを持った騎馬戦ばかりをやっていたので、一対一の剣試合では楽勝だった。

 二試合目は僧兵で、女性相手に全く戦意を喪失し、これも楽勝だった。

 三試合目は、南の海を渡ってきた異教徒の半月刀の使い手で苦戦した。ただ、半月刀に慣れていなかっただけなので、つばぜり合いをするうちに相手が降参した。

 

 チズルはバスタードソードの刃の具合を確かめた。

 何ひとつ、傷、ほころびがなく、鍛冶屋から受け取ったときと変わりない。

 彼女はマントを脱ぐと裸同然のビキニアーマー姿になった。

 首には【指輪】を紐で通した飾りを身につけている。

 生まれて半年も立っていない赤ん坊は母親の胸をまさぐった。

 彼女は胸のアーマーをはずした。

 授乳しやすいようにこの防具を選んで身に付けていた。

 赤ん坊は左の乳首を咥え、右の乳房もぎゅっと掴んだ。

「ふふ、よく飲め。【勇者】の息子。おまえは天啓の神器を身に着けられる唯一の存在だから」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ユウ・ナギノが部屋に戻ると、シスター服の少女がドレッサーの前に腰を下ろしていた。

 彼女は去っていなかった。

 自分の帰りを待つ家族のように感じて、ユウの心は熱くなった。彼に本当の家族はいない。

「ただいま、ソラナ」

 声の調子が自然に穏やかになる。

 ソラナは立ち上がり、藤色の瞳を輝かせながら頭を下げた。

「服を洗濯してくれて、ありがとうございます」

 ロウソクの火にあぶりだされる、たおやかな彼女のシルエットに、ユウはすこしうっとりした。

 女神のような、巷の人間にはない美が、ぐっと胸に迫ってくる。

「ソラナ、飯食べたか」

「はい、食堂でいただきました」

 ユウの部屋に匿われている身で、それはリスキーな行為だ。

「おかみさんに不審な目で見られるだろ」

「おかみさん、忙しそうでしたよ。べつに、呼び止められませんでしたが」

「シエナステラの修道服を着ていたの?」

「いいえ、汚れたら困りますので地味な格好で下に降りました」

「まあいいや。じゃあ、俺は下のロビーで寝るから。じゃあな、おやすみ」

 ドアを開けようとしたユウの服の裾をソラナが引っ張った。

(何か用かよ!)

 ユウの胸が高鳴る。

「これ被ってみてくれませんか」

 ソラナは手前に輪の冠を差し出した。

「ああ、これね。ドレッサーの上に置いてあったやつだ。カッコいいよな。けっこう値が張る代物だろうな。俺の知り合いに美術家がいるから鑑定をしてもらえば?」

 彼女は静かに首を左右に振った。

「これはお金にはかえられない物です」

 ソラナは輪の冠をユウの頭の上に載せた。

「ん? あれっ」

 輪の冠と自分の頭が磁石の同極のように反発して通らない。

 無理やり力まかせにくっつけても、結局冠は頭から離れていく。

「不思議だ。手品みたいだ」

「私によこしてください」

 輪の冠はソラナの頭を通り、ぴったり額におさまった。

 藤色の髪の分け目に、菱形の青い宝石が光る神々しい姿だ。

「もしかして、それ、【天啓のサークレット】なの?」

 ソラナはうなずいた。


 天啓の神器を身につけられる者、これすなわち勇者なり。


(勇者の資格者が、ここにいる! 神器のサークレットを持ち出して、教団を騒がせているのはこの娘か! やっと話が繋がった)

「ど、どうやって、シエナステラから持ち出したの?」

「これと同じニセ物を作ってすり替えて、修道院を抜け出したのです」

「それから?」

「シエナからソードスワードを目指して山脈を越えるとき、異教徒のキャラバン隊と一緒に行動をともにしました」

 ソラナはうきうきして語る。


 海のある西のシエナ半島から山脈を越えて、東の内陸のソードスワードに出る。

 もう夏なので、峠の雪は溶けているが、馬車にのっても、ざっと五日はかかる。

 修道院からここまでの道中は、彼女にとって楽しい旅だったようだ。

「異教徒なんてあらくれ者ばかりじゃないの? ずいぶん大胆だっていうか危険だな」

「持っているお金を全部キャラバンの隊長に渡したので、道中は、私を守ってくれました」

 ひとつ手違いがあれば彼女の身がどうなっていたかわからない。

「ソラナは勇気があるな。山越えしたから服が汚れてたんだな」

「かもしれませんね。ずっとラクダに乗っていて、お尻が痛いです」

「ラクダかよ。えらい大変だな」

「これも全部目的があってのことです。私がソードスワードの国にやってきたのは、【天啓の剣】を扱える人を探すため」

「勇者を探すってことだな」

 ソラナの瞳がきらめいた。

「扱えるのはユウ・ナギノ。あなただと私は思います」

 言葉なく、ユウはソラナの瞳を見つめていた。

「どうしてわかったの?」

「私がこの【天啓のサークレット】をはめた時に、一度も会ったことのないあなたの顔が浮かんだのです」

「本当に俺の顔?」

「ええ、プラチナ髪に淡いブルーのキリリとした目、間違いなくあなたです」

 天啓が彼女にイメージを見せたのか。

「どうりで俺は初対面の時にソラナに凝視されたわけだ……。天啓って、やっぱり本当にあるんだな。正解だ。俺は天啓の剣を扱える」

「やっぱり!」

 ソラナは歓喜してユウに抱きついた。

「見つけた! 勇者ユウ・ナギノ!」

 柔らかい胸の弾力で窒息しそうになるのはまんざらでもない。

 これも天啓の思し召しだとユウは解釈した。

「偶然にして、必然。それが天啓です」

「まかせろ。天啓の剣は俺が手にする」

 

 誰の命令でもない。

 エリオからのお願いでもない。

 いま目の前にいるソラナからの要請でもない。

 俺は俺自身で、勇者になると決めた。

 いつ、勇者になるか。

 今しかない。


「大会に優勝して堂々と洞窟で剣を抜けば、れっきとした勇者の誕生ですね!」

 ソラナの期待に満ちたまなざしが眩しい。

(簡単に勝てるとは思わないけどなあ……、俺、優勝したことないんだよね。ベスト4が最高だからな。予選はすでに始まっている。ガチなやつが出てきそうだなあ……)


 ユウは、天啓サークレットを身につけられず、すこし悔しかった。

「勇者ってのは三種の神器のすべてを一人で扱えないといけないんじゃないか」

「私には剣を扱えないと思います。ユウが剣担当の勇者で、私がサークレット担当の勇者」

「はは。で、トライアード教団は、ソラナが持ち出したサークレットを探し回っているようだぞ」

 ソラナの瞳から一瞬光が消えた。

「もうバレちゃったのですか……。うかつだった。私、本当にうかつだ。ユウが知っているくらいだし」

 彼女はサークレットを外してため息をつく。

 彼女の行動が、教団の天啓の神器集めに拍車をかけたからだ。

「天啓祭を運営する市国長の娘から聞いた。まだ世間の人は知らないよ。で、ソラナは教団をまきこむ事態をつくっちゃってさ、どうして、そんな行動にでたの?」

「私は天啓のシリーズを扱える人を探す旅に出ただけ。ただそれだけです」

「そして、俺に出会えたわけか」

「はい」

「天啓の神器を扱える者は勇者となる。教団は勇者を応援して、【天啓の門】を開くのを目指す。ソラナはサークレットの勇者、俺は剣の勇者か……。【天啓の指輪】も探さないとね」


 正直、ユウは修道院を抜け出して旅に出たソラナを羨ましく思った。

 俺もこの宿から抜け出して広い世界に出たい。

「ユウ、あなたならやれると思います」

 ソラナは再び天啓のサークレットを頭にはめた。

 彼女の額の菱形の宝石が、ロウソクの火を力強く反射して輝いている。

 彼は両手でソラナの片手を包んだ。

「優勝を誓うよ。天啓の剣を自分の手にする。俺は勇者になるよ。天啓の門を一緒に開こう!」

「はい!」

 ソラナを自室に残してロビーのソファで横になるユウは、興奮のためになかなか寝つけなかった。



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